第四章 ブーケ⑳
「百年の恋と百年の孤独——か」
「記事タイトルですか?悪くないですね」
助手席の上田さんが「詩人ですね」と最後に冷やかしを入れた。
「花は散るその瞬間も花なのですよ」
そう教えてくれたあの人の真摯な眼差しも、声も、温もりも......昨日のことのように覚えている。
記事の書き出しは決まった。
モノローグは創作だが、取材の結果の再構築だ。
清明祭は日々の労働に勤しむ従業員と、その家族の為に始まった。
この企業内の催しが、一人の少女の発案によるものだと多くの市民は知っている。
祭りに賑わう人々を横目に——
百年の恋と暖かい孤独を生きた二人の物語を、誰も知らない。
柘植菫子は幼心に身分や貧富の格差に疑問を持っていた。
そして彼女の聡くバランスの取れた感覚は、疑問を持ちながらも享受する側として体制を非難しないところにあった——
たてかべタウンは異例の重版が決まった。
クチコミから問い合わせが殺到した結果の決定だった。
上田さんの撮影した表紙と巻頭の柘植家の特集グラビアだけでも十分に価値あるものだった。
柘植家と日下家への配慮に苦心しながら書いた記事も読者に刺さってくれた。
問い合わせの多くが若い女性だった事は驚きだった。
「黒字だよ、遠藤くん」
編集長の笑顔など滅多に見れるものではなかった。
「来月はこんなの無いですから、部数はいつも通りにしないと返本の嵐ですからね」
釘を刺しておかないと、職場が無くなってしまうかもしれない。
その晩、上田さんと京子ママの店で会う約束をした。
「そうですね——わかりました」
少しの間が気になったが、約束をした。
「先に着いてると思うので、待たずに入ってください」
今思えば妙な言い方をしていた。
扉を開けてあの間と言い回しの意味を知った。
アンバーの照明の下、カウンターに藤さんが居た。
上田さんは「真一さん」と呼ばれ、何故かピラフがカウンターに置かれていた。
隣に座った私の前にも一皿。
「まぁ、空きっ腹は良くないですから」
上田さんの勧めで食べたピラフは、至って普通の冷凍ピラフだった。
「これは藤さんと真一さんの切っ掛けのピラフなんですよ」
京子ママが肩を震わせていた。
可笑しくてたまらない様子だった。
「なんだい、男寡に惚気けるのかい」
私がそう言って冷やかすと、藤さんは口元に指を遣って静かに笑った。
——懐かしい仕草と光景だ。
ああ、あの頃はまだ私は父親だった。
既に壊れた家庭を抱える父親だった。
別れた時、喪失感よりも開放感が大きく勝った。
恭介は、そんな感情を敏感に感じていたのだろう。
苗字を変えたのは「先に捨てたのは父さんだ」という意趣返しだったのかもしれない。
そてはもう、詮無きことだ。




