第四章 ブーケ⑰
「これ、電動ですかね?」
脱穀機からプーリーが、寂しげに飛び出していた。
「昭和初期は電動が出回ってるね。新潟辺りはいち早く導入していたと聞きますよ」
「新潟が、ですか」
「当時の新潟は東京を凌ぐ人口を抱えていたらしいですよ」
驚いた。
新潟の人口も遠藤さんの知識量も。
「プーリーが繋がる先が、モーターか発動機かの違いだけど......握手の相手が居ないのは孤独だね」
「国井商店は米穀店だったのですかね」
「米を扱ってたのは間違い無さそうだけどね」
遠藤さんは他の棚や引き出しを、丹念に調べ始めた。
興味は他に移ったようだ。
「上田さん、こっち!」
遠藤さんの声が大きく響いた。
佐々木さんがこちらを向いたので、つい苦笑いで会釈をした。
「ここから壁の厚さが違うんだ」
私が傍まで来るのを待って、遠藤さんは言った。
「増築したようですね」
三段のステップで上がった先の六畳くらいのスペース。
四人用のテーブル席が二つ置かれていた。
「床が高くなっている所と低い所で、きっと厚い壁があったと思うんだ」
私には遠藤さんの意図する所に、見当がつかなかった。
遠藤さんはそんな私に説明することなく、カウンター席に戻って行った。
私も仕方なくその後を追っ席についた。
「佐々木さん、ここで将棋の駒のようなものを見たことはないですか?」
すっかり冷めてしまった珈琲に口をつける遠藤さんに、少し嫌な顔を佐々木さんは向けた。
「遠藤さん。サービスするので、一杯だけ熱いうちに召し上がって欲しいです」
これは店主としての最大限の抗議だろう。
「これは大変な失礼しました」
遠藤さんは本気で恐縮したのだろう。
顔を赤くして平身低頭の姿を示した。
「こちらは一旦下げますね」
そう言って私のカップも下げて行った。
そうだった、私も同じだった。
急激に頬が熱くなるのを感じた。
パントリーの奥から戻った佐々木さんの手にはホーローの看板があった。
「店のイメージに合わなかったので」と差し出した看板には確かに駒が描かれていた。
「どうして?」
きっと目を大きく見開いていたと思う。
「ここは米等の雑穀や豆なんかも扱っていただろうけど、質店も営んでいたと思うよ」
「どうして分かるのですか?」
「ひとつは増築された厚い壁の部屋。あれは質草を保管する蔵だよ」
「壁の厚さが根拠ですか?」
遠藤さんは会話を続けようとして動きを止めると、珈琲に口をつけた。
店主はその様子を可笑しそうに目を細めて見ていた。
「昭和二十五年に質屋の法律が変わったんだ。その中に防火や鼠害防止を含む改正があるんだよ」
「買収された年ですね」
「そうだね。でも発布は施行の前に余裕をもって行われるから、二十四年とかには増築されたんじゃないかな。床が高くなっているのは鼠害、つまりネズミ対策だね」
(新聞記者が凄いのか、遠藤さんが凄いのか)
私が知識量に脱帽していると「この駒の看板はなんの意味ですか?」と店主がホーロー板を掲げて見せた。
「それは江戸っ子の粋と言うか洒落っ気だね」
遠藤さんは人差し指を立てると解説するように話を続けた。
「将棋は相手の陣に入ったら駒を裏返して金として使えるんだよね。歩兵や桂馬、香車に銀——つまり、ここに持ってくれば金になるよって意味なんだ」
「えー、なにそれ。将棋は知らないけど面白いです!!」
佐々木さんが拍手をしてクッキーを差し出した。
「いいお話聞けました。お茶請けにどうぞ」
洒落た器に乗せられたラングドシャだ。
私の分まで出して頂いた。
「ここの建物のオーナーって、連絡取れたりしますか?」
遠藤さんの質問に佐々木さんは首を振って答えた。
「不動産屋さん経由で借りているので、オーナーさんの名前も知らないんですよ」
「そうでしたか」
遠藤さんは肩を落としてそう言った。
「次は、どうするんですか?」
店を出てそう聞いた声に被せるように『カン』という乾いた音が響いた。
「ゲートボールか」
遠藤さんは音の方向へ足を向けた。
「当時から住んでる人はいるかな」
弾むような声と足取りだった。




