第四章 ブーケ⑫
忠重さんは、まるで昨日の出来事のように淀みなく語った。
ちょうど珈琲が運ばれてきたので、取材は一旦休憩にした。
「秀一叔父さん、知っていたのね」
香織さんはホットミルクに蜂蜜を溶きながら、何か言いたげにしていた。
それはここに居ない誰か——
秀一叔父さんになのだろうか。
「お疲れではないですか?」
私が忠重さんをそう労うと「久しぶりに父を思い出して、悪い気はしないですね」と、はにかむ様に言ってカップに口をつけた。
「熱っ」
女中が淹れた珈琲を口に運んだ。
「慌てて飲むから」
兄の言葉に反発するように、私は再びカップに口をつけた。
やはり珈琲は熱くて、私は舌を火傷した。
兄は応接室の椅子に座ったままで、私を見ていた。
そしておもむろに口を開くと「母さんには想いを寄せていた相手がいたんだ」と言った。
思いもよらない言葉に耳鳴りがした。
まるで聞きたくない言葉を、大声で遮るように。
母親のそんな話など考えたこともなかったし、聞きたくなかった。
そんな私の気持ちなど意に介さずに、兄は続けた。
「——確証などどこにもない話さ。でも、少なくとも父さんはそう思っていた」
「だから物で母さんの関心を引こうと?」
私の僅かに怒気を孕んだ問い掛けに「少し違う」と答えた。
「半ば政略結婚だったってことは理解しているよな、お前も」
「ああ」
私は不貞腐れたように答えた。
「それでも結局は柘植家は倒れた。母さんの想いも虚しく——だ」
本当に考えたくもなかった。
他に好きな相手が居て、金の為に父さんと一緒になって......
その結果が兄と私だなんて怖気が走った。
あまりにもグロテスクな話だ。
「だから父さんは、流出した柘植家の品物を買い戻しているんだよ。守れなかった母さんの想い出を取り戻す為に。その中にあるかもしれないから——」
何が——
そう聞くのは無粋だと思った。
そして、あの日の母さんの言葉がようやく理解出来たような気がした。
——あなた、もういいのです。十分です
母さんは、父さんの気持ちの中に見つけたのだろう。
想い人と同じものを——
確証なんてない。
でも、二人の子供だから。
だから——
もう怖気は消えていた。




