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花物語  作者: 浅見カフカ


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第四章 ブーケ⑪

菫子さんの人生を解くのに欠かせない、もうひとつの鍵があった。

日下源治郎——

彼は何者で、何故、菫子さんを娶り、どう愛したのだろうか。


仮に——

仮に存命ならば百十歳。

これが意味するところは、彼を直接知る人間は数少ないということだ。

私は湯浅さんに連絡を取ると「香織さんにもう一度取材させてほしい。今度はお祖父さんについて」と仲介を依頼した。



取材場所には福寿楼を選んだ。

私なりの最大限の敬意だった。

当日、香織さんは年配の男性を伴って現れた。

そして「祖父のことなら父がよく知ってると思って連れて来ました」と、お父さんを紹介してくれた。

日下忠重くさかただしげです」

「たてかべタウンの遠藤です」

私はそう言って名刺を差し出した。

「タウン誌で父の話を載せるのですか?」

私の名刺をメガネを上げて、しげしげと眺めていた。


「基本的にはお母様のお話なのですが、やはりご主人の人生を掘り下げなければ語ることの出来ない部分もあると思うのです」

「はぁ、そういうものなのですかね」

忠重さんは、ややかすれた声でそう言った。

「夫婦とは比翼連理に例えられるように、片方だけでは成り立たないものです」

我ながら饒舌だと思った。

「ああ、思い出しましたよ。私の結婚式でも仲人さんが、比翼連理と言ってました」

忠重さんは納得した様子で、メガネの位置を直した。



父が会社を売却したのは、私が高校二年の秋だった。

「あなた、もういいのです。十分です」

そう言った母の姿が印象的だった。


父の散財が原因の売却だった。

当時は愚かな父親だと蔑んで、随分と反発をした。

その度に母が悲しそうにするのが、済まなそうにするのが分からなかった。


そんなある日——

大学2年の頃だったと思う。

年明け早々、安田講堂が堕ちた。

それを契機に、学生運動は収束しつつも過激さだけは増していた。


あれは戦争を経験した人間の嗅覚だったのだろうか。

いつもの様に仲間の元に行こうとする私を、初めて父が止めた。

「うるさいな、自分だって好き勝手やらかして会社を手放したんだろ!!あんな斜陽の紡績会社を残してナンセンスなんだよ」

そう言った私の頬に、激しい熱と痛みが走った。


私は目を見開いて驚いた。

同様に父も驚いた表情だった。

私の頬を平手打ちしたのは兄だった。

あまりの驚きに逆に冷静になった。

鬼の形相とはこのことかと、赤く上気したその顔色と吊り上がった目と眉の様子を、ただただ見ていた。


「ちょっと来い」

兄は私の腕を力の限りに握りしめて、放り込むように応接室に突き入れた。


「父さんが何故、会社を手放したか——」

静かに語り出した兄に「散財の結果だろ」と、私は吐き捨てた。

「母さんの為だ。母さんの為の散財だ」

「結局散財じゃないか」

「そうだな。でもな、死んだお祖父さんの——。母さんが暮らした家の想い出を買い戻していたんだよ」

一瞬だけ言葉に詰まった。

首の後ろが硬直するような感覚。

それを解くように激しく首を振ると、再び言った。

「想い出をどうやって買うんだよ」

兄は憐れむ様に私を見た。

そしてため息をいてゆっくりと、そして小さく首を振った。


祖父が亡くなった理由は自死だった。

自死の理由までは分からない。

ただ、祖父の——

柘植家の莫大な遺産の多くは人手に渡ったことから、私にも察することは出来た。


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