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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第十章

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05 協力者の存在

「そうなのか? だが調律院では事態を重く見て、当人を王都へ招聘する手はずだとか」

「あの……あの女の子か? 本当に違う! おれが捕まったとき、おれを追いかけていただろう! 共犯の訳がない!」


(私に気づいていたのか)


 あのとき無反応だったのは虚脱状態に近かったためだろうか。それとも、自分を隠したかったため。


「どんな理術士であるかは言えない。きみの発言が揺れている以上、あまり情報を渡しちゃいけなくてね……」


 老人は躊躇うようなふりをした。ミアンナであると断言すると、このあと齟齬が生じるかもしれない。実際ミアンナがテオザに対峙する可能性も皆無ではないのだ。

 もっとも、老人がそこを懸念したと言うよりは、テオザの不安を煽る目的だろう。


「テオザ、本当にラズトの理術士は違うのか? もし冤罪なら、晴らしてやらなくちゃ気の毒だな」


(……成程)


 テオザ自身のような冤罪の被害者をまた作っていいのかと、それは老人の感想に見せかけた脅しであった。


(なかなかの法螺だが、ここまで築いた信用が、テオザに疑いを抱かせない)


 出鱈目だと彼が言うのは老人を疑ってではなく、式盤を売ったハギが出まかせを言っているという糾弾だ。

 老尋問官は、こうしたときにしれっと誤誘導をするため、いままで事実を重ねてきている。その結果として、ろくに交流のないハギより信用されているのだろう。

 〈圧と信〉のふたりだけと接して半月ほど。情報源がそこしかなければ、そうなっていくのは不思議でもなかった。


「……少なくとも、あんな若いお嬢ちゃんじゃ、ない」


 かすれた声でテオザが告げた。


(引き出した)


 協力者の存在を認めた。隣室の空気が締まる。


「話してくれるのか」

「それは……」


 老尋問官が次にどう出るのか、それともテオザが堪えきれず洩らすのか、みな身を乗り出して――。


「あのさあ! いいこと教えたげようか!」


 全員がぎょっとした。聴取室のふたりはもとより、隣室のミアンナもリーネも、強面の尋問官も。今度はナシムも間に合わず――それとも先ほどはわざと押さえられたふりをしたのか。ツァフェンは精鋭隊候補生の手をまるで武闘の達人のようにするりと避けた。


(ツァフェン殿、何を言う気だ)


「お前がさあ! 地下で殺そうとしたやつらいたじゃん! 判る? お前のせいで死ぬとこだったニンゲンがいたこと!」


 声は間違いなくはっきり届いていて、テオザは少し狼狽した。


(倫理観を問うのか?……まさかな)


 強面の尋問官が小声で制そうとするが、もちろん無理だった。体格差からしても力ずくでツァフェンを排除しようとすれば可能かもしれないが、立場的にサレントには難しい。


「お前さあ! 自分の子供がどうしたか判んないんだよね! どうすんの? 閉じ込められてたのがお前の子供だって言ったら!」


 とんでもない爆弾発言がやってきた。まさか、とミアンナが尋問官を見る。大男はふるふると首を振った。「否」なのか「知らない」なのかは判別できなかったが、「応」ではない。


「う、うそだ」


 テオザの声は震えた。老尋問官は慌てて書類をあれこれめくっている。いまの話を確認しようとしているのか、それとも状況に合わせたとっさの演技なのか、少なくとも焦っている様子はテオザを動じさせた。


「お前、女が死んだ腹いせに自分のガキを殺すところだったかもね! ウケる!」


 これでもかとばかりに強い言葉が勢いよく出てくる。リーネとナシムがよく似た表情でハラハラしていた。ミアンナはツァフェンとテオザを順に観察する。


(何か知っているのか? それとも〈嘘つき妖怪(シャック・ハック)〉ぶりを発揮しているだけ?)


「うそだ! おい、いま喋った奴! おれの前に出てこい、嘘だと言え!」


 通声孔の存在に気づき、テオザは激高した。


「やっだねー」


 ツァフェンはひらひらと手を振る。


「――ツァフェン殿」


 引きどきだ、とミアンナは小さくツァフェンを呼んだ。白髪の男はこれ以上ないほどにやにやとしている。全くもって少しも笑える場面ではない。


「もう一個だけ言うね」


 これはミアンナを含む隣室の者たちと、テオザと両方に宛てた一語だろう。ツァフェンにしては親切だ。


「お前が協力者だと思ってるそいつ、ほんとはお前のこと憎んでたんじゃない? わざと仕組んだんでしょ。それでお前はお友だちだと思ってんの。ほんとウケる」

「出鱈目だ! あの男には別の目的があった!」


 机を強く叩きながらテオザは怒鳴った。尋問官たちがはっとする。


「はい。此方の役目これくらいでいい?」


 肩をすくめるとツァフェンは扉に向かった。


「お、おい!」


 ナシムが慌てて呼び止める。


「もーやだよ、こんな狭いとこ。此方、外に出てるから。リーネくんもくる?」

「え、あの、ええと……」


 場は完全に混乱していた。ミアンナはリーネに向かって小さくうなずき、ツァフェンについていくよう促す。ナシムは完全に顔色を失っていたが、一緒にこの場を去る訳にはいかないと思ったようだ。おろおろしながらも部屋に残った。


(「あの男」、それに「目的」)


 重要な情報が、断片ながらも突然ふたつ出てきた。ツァフェンのやり方は無茶苦茶だが、結果的には功績と言えそうだ。


(男、か)


 ツァフェンが席を外したいま、ハイムのことを考えても何かを察知される心配はなくなった。だが、下手に考えて気を逸らすことも避けたい。ミアンナは再び集中した。


(男だという情報は、およそ二分の一に絞られたというだけ)


 何もハイムに近づいたとは言えない、とミアンナは公正に判断した。


「……あの男、というのは?」


 テオザはしばらくがなり立てていたが、当のツァフェンはもういない。彼自身もそれを悟ったのだろう、怒鳴るのをやめて、乱れた呼吸を整えようとしていた。

 そこにそっと、老尋問官が問いかける。


「さ、さっきのやつは何なんだ? 話を聞いてた奴がいたのはかまわねえ、誰なのかも訊かねえ、ただ本当なのか? う、嘘だよな?」

「――あの男、というのは?」


 老人は静かに、ゆっくりと繰り返した。テオザが気圧されるのが判る。


「テ、テノ……息子の、ことは」

「きみが誠実さを見せてくれたら、きちんと確認して伝えよう。どうかな」


 ここにきて老人は情報の交換を申し出た。相手の欲しいものを与えるからこちらにもよこせ、というのも尋問のやり方としてあまり品がよくないが、やはり高い効果が見込めることがある。


「……わかっ……わかった……」


 テノの父はうなだれ、それからぼつりぽつりと話しはじめた。



 ――ミアンナとナシムが聴取室の隣部屋から出たのは、もう日も傾き出した頃だった。

 長くなりそうだと思った時点で、リーネには外交使節所へ戻るよう伝言を送った。ナシムも同様にしていたが、ツァフェンが果たしてそのまま素直に駐在軍事連絡室へ帰ったかは判らない。少なくとも庁舎の外で待ってはいなかった。


「同席に感謝する、エンテ鋼嶺徒」


 まずミアンナはナシムに「挨拶」をした。彼の人となりはいくらか見えたが、ふたりで話せばまた違うものもあるかもしれない。仮にもルカと同じように精鋭隊候補生として認められている若者だ。


(とっさの対応に弱いのは経験が浅ければ当然のことでもある。一面的に判断するべきではない)


 もう少し様子を見よう、という考えもあった。


「あ、ああ、こちらこそ。その、クネル理術士はさすがの専門家だ。質問の内容やタイミングなど、参考になった」


(何も尋問の専門家ではないのだが)


という言葉は飲み込み、ミアンナは会釈などした。


「少し情報をまとめたい。お付き合いいただけるか」

「もちろんだ」


 まとめてくれ、と言われなかったことにナシムが安堵しているように見えたが、これはいささかミアンナの意地悪い見方だったろうか。

 庁舎前の広場は見通しがいい。事件の話をしても盗み聞きされる心配はなかった。念のためにこちらを見ているような人物がいないことを確認してから、ミアンナは話しはじめる。


「『その男』……おそらく偽名だろうが、聞いた通りの名『シャッハ』と呼ぶとしよう」


 テオザの協力者、その人物はシャッハと名乗ったと言う。

 出鱈目ばかり口にする〈嘘つき妖怪(シャック・ハック)〉を思わせる響き。ツァフェンの言動にその言葉を思い出した直後だっただけに、類似を感じ取った。偶然かもしれないが、意図的であるとすれば嘘つきであることを自ら宣言している訳で――どうにもモヤモヤする名乗りだ。


「テオザが妻の訃報を受け取ったのはこちらが思っていたほど最近ではなかった。五年近く前のことで、最初は後悔こそあれ、恨みを晴らすようなことは考えていなかったようだった」


 犯罪者だと思われた自分と離れたのだから問題なく暮らしていると思い込んでいたが、そう簡単ではなかったらしい。むしろ「本当だったから逃げたのだ」などという噂も立ち、妻子の生活は困窮した。そんなことなら迎える算段をすればよかったと悔やんだ、とテオザは話した。


「シャッハとは、テオザが妻の訃報を受け取ったあと、冥界神(コズディム)の神殿で会った。親しい者を亡くした同士と判り、少し話をした。彼より十以上は年上の人物で、テオザの境遇を知ると我がことのように憤り、そんなことは許されないと言った」

「……正直、おかしな話だと思う」


 ナシムが唇を歪めた。


「何というか、詐欺師の手口のようだ」

「同意する」


 ミアンナもうなずいた。

 似た境遇だと言って近づき、寄り添うふりをする。どうも意図的な匂いを感じ取ってしまう。


「もっとも、そうした偶然が絶対にないとも言えない。〈名なき運命の女神〉は時にとても悪戯だ」


 理術士から吟遊詩人のような言葉が出てきたためだろうか、ナシムは目をぱちくりさせた。


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