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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第十章

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06 奇妙な信頼

「少なくともテオザは運命を信じ、男と親しくなる。やがてテオザの器用さを知った男は『これを模すことはできるか』と……式盤を」

「やはり、その、問題の男は……り、理術士なのか」


 言いにくそうにするところは小心と人の好さの狭間だ。


「公正に考えればその可能性が非常に高い」


 尋問の前にも言ったことだが、状況は変わらなかったことを再確認するのも重要だ。ミアンナはうなずいた。


「式盤の入手経路は限られる。かつ、構文を刻んで理術を操れるとなれば、理術士ではないとする方が難しい。仮にその男ではなかったとしても、必ず理術士が一枚噛んでいる」


 淡々と理術士は説明した。

 以前、熱量構文で塗料缶を破裂させた事件の際、彼女は「理術士のやり方ではない」と判定した。だが、ただ缶を破壊する目的ではなく、熱量構文ひとつで複数の事件を作り出したことを思うと、非常に理術士らしいと思える。


「それから、気になったのはここだ。男は、天秤の意匠を敢えて崩すように指示してきた、と」

「調律院の紋章だったか。偽造は罪になると読んだ」

その通り(アレイス)。国の機関を表すものだ。鋼嶺隊の紋章と同じような扱いだと思ってくれていい」


 ツァフェンは「鋼嶺隊の紋章を偽造した人間が極刑になった」というようなことを言っていたが、それは暗殺未遂といった出来事も含めた話だ。しかし、そうでなくとも、国の機関を騙ればただでは済まされない。


「わざわざ形の異なる模造品を作る理由は判りきっているのでは? 罪を逃れるためでしょう」

「誰が?」


 ミアンナは問い返した。ナシムは「え?」という顔をする。


「依頼によるものだろうと、偽造は罪。意匠を崩せば、テオザの罪は生じない。『詐欺師』が騙した相手の罪状を慮っているとすれば、均衡が合わない」


 少し顔をしかめてミアンナが話せば、ナシムはうなった。


「まさか、本当に友人関係だったと?」

「判らない。絶対に違うとも言えない。とにかく、シャッハの意図が読めない」


 「誰が」「何のために」。

 前者には、仮名であろうと「シャッハ」という名が入った。

 「男」「理術士」「四十半ばのテオザから見て十以上は年上」。ミアンナが持つ「ハイム・トラルガ」の枠に入っている情報と一致はしている。だが、その可能性はまだ弱いとも強まったとも言えない程度だ。


 模造品の制作は仕事の依頼であったので金銭のやり取りも発生した。シャッハはいい客で、支払いを遅らせたり値切ったりすることはなかった。「式盤のことは誰にも言うな」と禁じられたことは気にかかったものの、深まった信頼の前にはささいなことと思えた。


「ふとした折にシャッハから出る過去への後悔……親しい人物を救えなかったという痛みにテオザも少しずつ触発される。どうしてこんなことになったのか、自分は何も悪くなかった、あの冤罪さえなければ、と」

「逆恨みだ」

「『逆』とは言えない、当時の彼は間違いなく被害者」


 ナシムの言葉にミアンナは訂正を入れた。ナシムは咳払いなどする。


「強いきっかけがあって計画を立てた訳でもない。いつしか、自分と妻を不幸にした者たちには罰が下るべきだと思うようになっていった」


 こうしたことをテオザが上手に語った訳ではない。訥々と話すのをミアンナがまとめているだけだ。そこで、齟齬がないかをナシムに聞いてもらっているという状況である。


「その『気持ち』にシャッハは賛同し、彼らは計画を練りはじめる。主導はシャッハ」

「シャッハは最初からそのつもりで? とんでもない悪党だ」

「そこも判らない。何年もかけた計画にしては杜撰(ずさん)


 理術を使えば式盤や構文の提供者が問題になることくらい、シャッハも判りきっていたはず。理術に頼らないやり方を考えようとはしなかったのか。


「何のために」


 呟くようにミアンナは言った。


「テオザによれば、シャッハは文書棟の地下室に用があった。テオザはシャッハが何か調べ物でもするのかと思ったなどと言っていたが、それならいつだってやればよかった。地下は原則立ち入り禁止だが、資料自体は依頼すれば閲覧できる。人死にが出るほどの騒ぎを起こす必要はない」


 テオザ自身もやったように、文書棟には偽名でも入れる。不用心だとミアンナは思うが、これまでサレントでは大きな問題がなかったのだろう。


「それでもテオザは、シャッハに対していまだに奇妙な信頼を残している。『人死にが出そうな騒ぎ』を起こすとは聞いていたが、絶対に誰も死んだりしないとシャッハが言っていた、と」


 いや、とミアンナは自身の言葉に首を振った。


「信頼と言うより、すがっていると言うべきか。テオザはアダワロ殿に一泡吹かせられればよかっただけ。無差別殺人未遂は、彼の許容量を超えていた。息子の話を出されて、初めて危険だったことを理解したかのよう」


 覚悟の上の犯行、という印象も弱まった。捕まる覚悟はあったとしても、死亡事故まで起こすつもりは、少なくともテオザにはなかったと見える。


「実際には死ななかっただろう、というのは確かに推測できます」


 ナシムは「自分も何か言わなければ」という様子で言葉を発した。


「冷却構文で換気機構を弱め、扉を凍結させて閉じ込めたんですよね」


 読んだ書類を思い出すように視線をうろつかせながらナシムは言う。「熱量構文」だが、ミアンナはやはり指摘せずただうなずいた。


「換気機構が完全に止まったとしても、個室の広さからして、そんなすぐに倒れることはない。異常事態には誰かしら気づき、救助までに死に至ることもまずなかったでしょう」

「成程」


 確かにその通りだ。ただ、あとになったから言えることでもある。

 あのときは、内部に何か毒物があるような危険性も皆無ではなかったし、個室にいた者たちは閉じ込められたと気づいて恐慌状態に陥りかけていた。あのまま何十分も閉じ込められていれば、たとえ死ななかったとしても何かしら後遺症のようなものを抱えた可能性もある。


「ならば、問題はないと?」


 そうしたこともわざわざ述べず、ミアンナはただ問うた。ナシムは少し詰まった。


「いえ、その……罪は罪かと」


 もごもごと曖昧なことを付け加える。


(どうにも表面的な返答が多い)

(ルカ殿に対抗するなら、もう少し図々しいほうがいいだろうに)


 何もルカ・アールニエが自己中心的だと言うのではない。ただ、彼が秀でているのは身体能力のみならず、しっかりと自己を持っていることからくる精神力の強さだ。

 それと争う気なら、損をしないことばかり考えているようなナシムの性格は不利だろう。


「ここまできたらテオザにもう大きな隠しごとはないはず」


 ミアンナはナシムの枠を埋めることをやめ、ただ話を続けた。


「協力者。式盤の入手経路。それが判明したからには、追及することも増える。テオザは器用に嘘をつける性格ではなさそうだし、話しはじめた以上、肉体的にも精神的にも追い詰める必要はない」

「だから今日はここで区切りだと?」

「そうなる。訊きたいことはまだいくらでもあるが」


 シャッハの特徴。頼まれて作った式盤の詳細。シャッハの目的について、ほかに思い出せる話はないか。細々とした問いも含めたら、いつまでも列挙できそうだ。


「テノと言ったか、自治領ではテオザの子供のことも調べることになりそうだ。神殿から里子に出したという話だったことを思うと、難しいだろうが……」


 テオザと別れたエレノが連れた幼子テノは、エレノの死後、神殿が引き取った。だが、父であるテオザが頼み込んだところで、神殿はその生死すら教えない。彼らからすればテオザは、「子供を捨てた親」だからだ。

 そこに複雑な事情があろうと、一度子を見放した親はまた同じようにするかもしれないと、神官たちはそれを強く警戒する。


「事実、テオザには開示されなかったんですよね」

「そのようだ」


 実際、テオザはテノを探しに神殿を訪れたらしかった。エレノ亡きいま、唯一の家族だ。しかし神殿はテノの生死さえ父に教えず、彼は最後の希望をなくした。実際に犯行に至るまでは、そうした経緯もあったようだ。


「子供のことは、いまのテオザにとって、いちばんの急所。そこを使って結果的に話を引き出せたとは言っても、ツァフェン殿のあれは無茶が過ぎる」

「それは、その……しかし、話を引き出せたことは大きい」


 さすがに使者として同行してきているツァフェンを悪く言うことはできなかったか、ナシムはミアンナの言葉をそのまま借りてフォローを試みた。


(せめて言い換えを考えられなかったのか)


 そんなことを思いながらミアンナは首を振る。


「尋問官が築いた関係性を微塵に打ち砕く危険性もあった。テオザがあの尋問官も含めてみな敵だと判断すれば、話を聞けるどころではなかった」

「あー、ミアンナくん、また此方のこと悪く言ってるでしょ!」


 高い声がする。ミアンナは肩をすくめ、ナシムは顔を引きつらせた。


「ようやく終わったの? 長かったねぇー、此方はサレントを五周するとこだったよお」

「過剰」


 サレントの町は大きくないが、全周を回るなら一、二刻はかかる。そもそも、そう判りやすく一周できる道などもない。ミアンナは冷静に指摘した。


「だいたい『一周』の定義は」

「定義とかウケる! 場を和ませようって此方の気遣い、ミアンナくんには判んないかあ」

「和むとは思えない」

「わー、今日も無感動お化けだね!」


 その応酬にナシムの顔色がなくなっていくのが判った。少々気の毒ではある。


「ツァフェン殿、連絡室へは」

「戻ってないよお。やだもん、嫌味野郎の縄張り行くの」

「ばっ……鋼監将に対して何てことを」

「通じた! ナシムくんもあれのこと嫌味野郎だって思ってんだ! ウケる!」


 ツァフェンは手を叩いて喜んでいる。ナシムは懸命に否定した。


(前にもそうしたことを言っていたな。ヴァンディルガ側の対サレント施設、駐在軍事連絡室の首位は鋼監将オルグラン・テリヴァス……だったか)


 イゼリアから話を聞いたことはあった。応理監は鋼監将を「豪快な見た目の割に言うことがせせこましい」と両断していた。もう少し言葉を濁してはいたが、要はそうした内容だった。そのときミアンナは理律違背を指摘したが、「傾向の話だ」で済まされた。


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