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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第十章

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07 いいとこ見逃したよお

「じゃあこれまで何を……」

「うんとねー、対魔研の秘密任務だよん」


 明らかに出鱈目だが、そう言われればナシムも強く出られない。


(とは言え、ツァフェン殿だ。口から出まかせのようで逆に事実、という可能性も少なくはないな)


 どうあれ、「秘密任務」を彼女が詮索する理由はいまのところない。だいたい、ツァフェンに言う気がなければ「お願い」しても洩らさないだろう。


「秘密任務には触れないので、確認をひとついいだろうか」


 ミアンナが言えばツァフェンは片眉を上げた。


「なーに? 聞くだけは聞いてあげる」

「テオザの息子の話はどこから? 何か視たのだろうか」


 その問いにツァフェンはきょとんとし、それから吹き出した。


「ウケる! 此方は『そうだったらどうする』って聞いただけじゃんね!」


 あまりにも酷い発言が返ってきたが、想定内でもあった。ミアンナはうなずくにとどめる。根拠はなかった、と判ればそれでいい。


「此方、ああいうはっきりしない奴って嫌いなんだよねー。焦ってたの、いい気味」


 不謹慎なことほど面白がる様子を見せるツァフェンだが、テオザに対してはずっと辛辣だ。まさかこの男が「犯罪者は許しがたい」などという思想を持っているはずもないことを思うと、何であれ、視えるものが気に入らないのであろう。


「ねーねー、聞いてあげた代わりに、此方が出たあとで判ったこと教えて?」

「勝手に出たくせに……」


 ナシムがつい呟く。かまわない、とミアンナは応じる。


「大まかには、『協力者がいた』『五、六十代の男』『名はシャッハと自称』『五年ほど前からの知り合い』『式盤の提供者でもある』『シャッハの動機は依然不明』、こうしたところか」


 ミアンナは指折り数えながらまとめた。


「ふーん、それって」


 ツァフェンの薄黄色い目がぎらりと光った。


「おじーちゃん理術士ってことだね! 心当たりない? ミアンナくん!」


 一気に斬り込んできた。ミアンナは肩をすくめる。


「理術士の引退は早い。四十過ぎほどから辞する者が珍しくない。元理術士としても、特定は難しいところ」

「ふーん? ミアンナくんにはいないの? 師匠みたいな人とか」

「徒弟制ではないから」


 答えながらミアンナはラズトの偽理術士を思い出した。「理術を覚えるにはまず弟子入りする」などと的外れなことを言っていたが、外からはそうした制度で回っていそうに見えるのだろうか。


「私の専理術士歴は短い。調律院本部で関わったのは現役の理術士ばかりで、生憎、引退した人物との交流はない」

「ふーん?」


 その説明をどう思うものか、ツァフェンはじろじろとミアンナを眺めた。


「やめろ、失礼だろう」


 ナシムが止める。礼儀を重んじるところは近衛の候補生らしい。


「ミアンナくんから隠しごとの匂いがするなー」


 ツァフェンはナシムを気にもとめずにミアンナの周りを回りはじめる。まるで猟犬だなとミアンナはそっと思った。


「名を聞いたことのある引退理術士を幾人か思い浮かべてはいる。だが、ただ年代が合いそうだというだけの段階で伝えても無意味だと考えた。もし、これが隠しごとだと言うのなら隠していることになる」

「もちろん、もっともな判断だ。話す必要のない段階だと私も思う」


 理屈として納得したか、それともツァフェンの無礼を相殺しようと考えてか、ナシムがうなずく。


「具体的な人物が浮かび上がれば共有する。共同調査なのだから」

「ほんとー? たとえば、もしカーセスタのお偉いさんの弟とか、そんなでも共有してくれんのー?」

「……禁じられれば判らない」


 少し考えてから答えると、ツァフェンは手を叩いて笑った。


「ウケる!」


 「必ず伝える」とでも言っておけばいいのに、という辺りだろう。状況や相手によってはそうしたやり方もあるが、殊、この対魔術研究所員に下手なごまかしはどう考えても悪手だ。ミアンナにはそう思えた。


「んじゃもう帰ろっかナシムくん」

「え、あ、そうだな」


 ツァフェンがしれっと主導を取った。


「あ、そーだ! その前に」


 踵を返す素振りを見せながら、ツァフェンは再びミアンナを振り返る。


「ナシムくん! ミアンナくんに言うことあるよね!」

「は?」


 ミアンナは一瞬警戒したが、ツァフェンの矛先はナシムに向かった。ナシムは目をしばたたく。


「いや……ないが……」

「うっそだー、めちゃくちゃミアンナくんのほうに意識向いてるよ。言いたくて言えてないことがあるって」

「いや……」

「もー。此方がミアンナくんのこと呼ぶたびに反応してるじゃん。ここまで言わなきゃ駄目ぇ?」

「それは……」

「何だろうか」


 ツァフェンの意図もナシムの意識も読めないが、話の流れとしてミアンナは尋ねた。ナシムは何もないと言うが、ツァフェンが絶対にあると譲らない。


「遠慮することないって。素直になりなよ-」

「む……」


 少し間を置いてから、ナシムは咳払いをした。


「よろしければ……クネル理術士を名でお呼びしてもいいだろうか」

「……かまわないが」


 またか、と思わないでもなかったが、ルカのときのようなさらっとした感じとは少し異なるようだった。


「いや、そのつまり、敬意だ。今日数刻のやり取りで、女性だと言うのにとても聡明であると感じ、敬意として名を呼びたいと」

「かまわない、と言っている」


 「女性だと言うのに」があまりにも余計だが、ヴァンディルガでは普通の考え方であるという知識もある。


「で、では……ミアンナ殿」


 どうにもぎこちなく、ナシムは彼女を呼んだ。ルカと違って呼び捨てにはならないようだ。


(あれがヴァンディルガ流かとも思ったが、ルカ殿の距離の詰め方は珍しい方だった可能性も出てきたな)


「では、こちらもナシム殿とお呼びするのがよいか」


 そんな思いはおくびにも出さず、彼女はただ確認した。


「こ、光栄だ」


 こほん、とナシムはまた咳払いをする。空気が乾燥してきたな、とミアンナは思った。


「――ミアンナさ……クネル理術士!」


 そこにリーネが姿を見せた。彼女たちが揃っているのを見て、少し小走りにしてくる。


「遅いから様子を見にきました! 済んだんですね……何ですかこの空気は」

「乾燥している」

「え?」

「いや、今日の分は済んだ。明日に向けて、大まかにまとめていたところだ」

「リーネくん、いいとこ見逃したよお」


 ツァフェンの顔に「余計なことを言うぞ」と書いてあった。


「いいとこ?」

「ナシムくんがミアンナくんに告白」

「は!?」

「してない! してないっ!」


 ドスの効いたリーネの低音と同時に、ナシムの慌てた否定が飛んでくる。


「互いへの敬意から名で呼ぶ提案があったので応じたところ。だからリーネもいつも通りでいい」


 ごく普通の温度でミアンナが正しい説明をする。ツァフェンはニヤニヤして、ナシムは汗を拭くような動作をしていた。


「敬意……ふぅん、敬意」


 ぼそりとリーネは呟く。納得していないようだ。


「あー、面白かった! 最高のおやつありがとね、リーネくん。今日の締めに――」


 「今日の締めにぴったりだった」というような台詞をツァフェンは最後まで口にしなかった。いや、できなかったと言うべきか。

 そのとき、ズン――という重低音が響き、彼女らの足元を揺らしたのだ。


「何だ!?」

「え、地揺れ……!?」

「――構文!」

「地下だねえ」


 ナシム、リーネ、ミアンナの叫びにツァフェンがゆるりと被せた。


「庁舎内! リーネはここに。状況が判り次第、外交使節所へ報告を。ナシム殿、同行を頼む!」


 式盤を取り出すとミアンナは素早く指示した。


「う……はい!」

「え? しかし庁舎内ならサレントの管轄で……」


 不服を堪えて応じたリーネと違って、ナシムは「サレントの問題だ」「勝手に入れない」などと言おうとした。もっともでもある。


(あれこれ言っている暇はない)


 何であれ異常が発生した、緊急事態の可能性がある、事情を確認したり許可を得ている間に術者が逃げる――いや、そんなことより、救助できるものもできなくなるかもしれない。

 そうしたことを瞬時にミアンナは決断したがナシムはそうではなかった。それだけだ。

 責める気も蔑む気もない。鍛えた男手があれば助かることもあろうかと思ったがそれが見込めない、それだけの。


「――ミアンナ! いまの音は!?」


 そこに、知った声が届いた。


「な……どうしてここに!」


 ナシムの驚愕した声。


「わあールカくん」


 ツァフェンははしゃいだ声を出す。


 暗い色の髪と濃い青の瞳。

 それは確かに見覚えのある鋼嶺隊候補生、負傷のため調査にこられなかったはずの、ルカ・アールニエであった。


「同行してもらえるか」

「もちろんだ」


 どうしてだの、怪我はいいのかだの、そうしたことも後回しだ。ミアンナは短く言い、ルカはうなずいて、ふたりはどちらからともなく同時に庁舎へ向かって駆けた。


―*―


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