04 誰に提供された?
聴取室の隣部屋は、複数の人間が聴取の様子を監視することを想定されていたが、二国の使者四名とアダワロ、それから強面の尋問官という六人には少々手狭だった。
ミアンナはサレントのふたりに理術の使用確認、およびヴァンディルガ側にも断りを入れてから流動構文を用い、部屋の空気を穏やかに循環させることで快適さを保った。
「専理術士がそんな雑用するの、おもろー」
「ツァフェン殿っ」
「焦らなくていいよナシムくん、まだ誰もきてないでしょ」
「そうではなく!」
「エンテ殿、こちらは気にしていない」
「専理術士が雑用」という無礼に聞こえる台詞に若者が慌てたのは判るが、ツァフェンの言動にはあの一日で十二分過ぎるほど慣れている。ミアンナは軽く手を振った。
「いまは互いに、目の前の問題に集中するのはどうか。多少の言葉尻は聞き流そう」
「あ、ああ、私もそれがいいと考える」
こほん、とナシムは咳払いをした。彼女らには見えなかったが、いちばん後ろに立つ尋問官はナシムとツァフェンを順に見て顔をしかめ、「ヴァンディルガは大丈夫なのか」という懸念を見せていた。
ほどなく、合図があってテオザが連行されてくる。部屋と部屋の間にある硝子板は少し汚れて擦り傷のようなものもついていたが、話の通りに向こうを明るく、こちらを暗くすることで、被尋問者にこちらのことをわかりづらくする仕組みがしっかり働いていた。
(……憔悴したな)
収穫祭のときは、ごく普通に見えた。長年やっている仕事に取り組んでいたためもあっただろうが、ミアンナと言葉を交わしながら立派な氷角鹿の飾り看板を何でもないように取り付け、ラズトのいちばん高いところに掲げた。
次に見たのが先月の捕縛時。「少し偏屈だが自分の仕事に誇りを持っている職人」といった様子はなりをひそめ、全く表情がなかった。「してやった」という満足感も「あとちょっとだったのに」という悔しさも怒りもそこにはなく、つまらない用事を終えて帰るときのような、何も感じていない顔。
(いまはすっかり弱っている。諦め……いや、少し違うだろうか)
少し考えてからミアンナは、紙にさっと筆を走らせ、ツァフェンに見せた。
『どんな感情が視える?』
「此方はねー」
の、「こ」の部分で鋼嶺隊候補生が瞬発力を見せ、ツァフェンの口をふさいだ。幸いにして向こうの扉が開いたタイミングだったため、不審な声は気づかれなかったようだ。
『浅慮だった、助力に感謝』
と、ナシムに礼を伝え、その紙をミアンナ自身の隠しにしまう。どう考えても浅慮――或いはわざと――なのはツァフェンだが、ここはナシムを持ち上げる貴重な機会だ。
『緊張、恐怖、不安』
それから、ツァフェンが表情だけで雄弁に「めんどくさい」と語りながら記したものを見せてくる。
(当然の感情ではあるが……ツァフェン殿がそんな当たり前のことを書くだろうか)
これはツァフェンを信用していると言うより、そんな当たり前のことについてわざわざ「書く」という労力を使うだろうか、という疑念だ。
大きな罪を犯し、捕らえられて日々尋問を受けていれば、緊張も恐怖も不安ももう飽きるほど覚えているだろうこと、言うまでもないはず。
(この先自分がどうなるかが見えなければ、怖れは増すだろうか)
(捕まることを覚悟の犯行であれば、そうした感情は最初から薄いということも考えられるが)
テオザにはまだそれがある、とツァフェンは言ったのか。それとも、あのとき感情が見られなかったことを思うと、じわじわと怖れが出てきたというところなのだろうか。
どちらにせよ、有用な情報とは言いがたかった。
聴取室では老尋問官が穏やかに挨拶をし、テオザがわずかに頭を下げていた。確かに関係性が作られているようだ。
「夕飯はどうだった? 昨日の芋料理は食べたかい。食堂で人気の一品だよ」
何やら雑談からはじめるようだ。ぽつぼつとテオザも返事をし、彼らの立場で可能な世間話が続いた。
ナシムが顔をしかめている。早く本題に入れ、とでも思うのだろうか。
「……あの」
話が途切れたとき、ふ、とテオザが口を開いた。収穫祭で聞いた威勢のよさは全くない。
「何なんだ、それ」
彼が視線をやったのは、尋問官が持ち込んだ書類束だった。
「いつもよりずいぶん多い」
「ああ、これか」
尋問官は上から数枚をめくった。
「大したものじゃない。これまでの君の供述と、関連する事件の資料、関係者の供述と、それらをまとめたものだ。まとめると、ほんの三枚だけ。この大量の資料がだよ。笑ってしまうじゃないか」
数枚の紙をひらひらさせながら老人は言葉の通りに笑う。テオザは黙った。彼自身の供述が少ないことを示唆されていると、気づいたようだった。
「できればもっと空白部分を埋めたいがね。きみの協力がなくては如何ともしがたい。相棒は、『もっと締め上げれば吐く』なんて言うけれど、恐怖から出た供述なんて私は信用しないんだ」
暗い隣室で大男が唇を歪めた。〈圧〉役は悪役になりがちだ。
「きみの言葉からできたこの『物語』」
老人は紙を示す。
「きみ自身、判っているだろう。いくつも矛盾がある。きみひとりでは無理なことも。――ほかに必ず、登場人物がいるはずなんだ」
テオザは黙ったままだった。
「協力者について告げれば、その人を裏切ることになると思っているんだろう。だが本当にそうだろうか。その人物の罪をきみがかぶることは、本当に恩返しになるのかい」
「……何のことか……」
「テオザ」
そっと老人は名を呼んだ。
「きみの物語には、書かれていない人物がいる。それは協力者のことだけじゃない。きみが犯行を行った動機……家族のこともほとんど記されていない」
テオザは黙ったままだったが、わずかに身を固くした。ミアンナはツァフェンを見る。対魔研の男は嬉しそうにしていた。テオザの感情が動いたのだ。
「伝える必要はないのかい。きみの家族への思いを。我々の推察じゃない、きみの言葉で。こうしてサレントへ戻ってくるために、誰が助けてくれたのか」
ナシムが身体を捻り出した。まだ進まないのか、と思っていそうだ。
「きみがカーセスタで偽の式盤を売っていたことも判っている」
これはミアンナ側が今回提供した情報だ。テオザは初耳のはずで、動じたか、両手を組み合わせた。
「買い手は、きみに高額で売りつけられたと」
これは嘘だ。テオザが顔を上げる。
「そんなことはしてない」
「売っていない?」
「……売った。ただ、工芸品として適切な金額だ」
「サレントへ渡る費用が必要だったんだな? 奥さんに会うために」
ナシムとツァフェンが揃って首をかしげたので――案外波長があっている――ミアンナは紙に「墓参」と書いた。
(エンテ殿は想像力不足、ツァフェン殿は……習慣の違いだろうか)
合間にそんなことを考えた。
「いくら必要だった? たくさん売ったのか?」
「作るのには手間がかかる。形になったのは試作品ひとつと、持ってきたものだけで……」
「ひとつだけで費用に足りたのか?」
「工芸品としての価値以上の価格はつけていない」
テオザは繰り返した。そこには職人の誇りが残っているようだ。
「では資金提供者が?」
「……多少の貯えはあった」
「ふむ、不足分を補おうと思って売った?」
「そうだ」
「誰かが『売れる』と助言した?」
「いや……自分で……」
急に返事が遅くなる。嘘をつこうとしているのが素人のミアンナにも明白だ。
「式盤の見本は誰に提供された? その人物が、この品質なら売れると教えたんじゃないのか? 試作品を売って計画資金の足しにしろと提案したのでは?」
(渡航費用から計画資金にすり替えた)
老人の切り込みをミアンナは興味深く見ていた。
「きみから偽物を買った人物が、きみと話していた人物を目撃している」
(嘘)
「誰であるかの特定も済んでいる」
(大嘘。男か女かも判らない状況。ここからどう進めるのか)
老人が何か仕掛けようとしている。ミアンナはテオザの反応を見逃すまいと注視した。
「――調律院ラズト支部の現役理術士だそうだ。町では大騒ぎだよ」
思わずミアンナは目を見開いた。リーネも同様にしているだろう。
「ラ、ラズトの?」
テオザも口を開けた。
「出鱈目だ。ラズトの理術士とは、収穫祭のときに少し作業を一緒しただけで」
その脳裏に浮かんだのはミアンナの姿だったようだ。
「そこで縁ができたんだな?」
「違う、ほんのひと月かふた月前のことだし、その後姿を見かけてもいない」
「本人も否定しているが、目撃者は前からその人物を知っていて、間違いないと」
「ハギのやつが理術士を知ってる訳があるか! 式盤が何かも知らなかったんだぞ」
(その通り)
老尋問官がどう話を運んでいくものか、ミアンナは芝居でも見ている気持ちになっていた。
彼の想定しているのはミアンナか、それともミアンナ以外にも理術士がいるだろうと考えてか。ジェズルが思わぬ役を当てはめられて目を白黒させる様子が頭に浮かんだ。




