03 文書棟重大事故未遂事案
ツァフェンは前回同様、庁舎のなかに入るのは嫌だと駄々をこねたが、ミアンナが巧く調整した。
つまり、アダワロを巻き込んでツァフェンをきちんと招いてもらい、かつ、「前回の詳細を知るツァフェン殿か同席されないとエンテ殿がお困りだろうからぜひ『お願い』したい」と述べたのだ。仕方なさそうにツァフェンはうなずき、ナシムは目を見開いていた。
「まず、尋問の担当者が現況をお話ししますので、情報をご確認ください。その後は聴取室の隣室でテオザの様子をご覧いただきます」
聴取室と隣室の間には硝子板があり、聴取室を明るく、隣室を暗くすることで、一方的に監視することができるのだと言う。こうした仕組みは一般的だ。さすがに町憲兵隊の詰め所などにはないが、国の施設になれば珍しくない。
また、音声は通声孔を通して聞く。天井の高さや壁の材質などを工夫して、音がこもらないようになっているが、生憎とこちらは双方向だ。必要に応じて聴取室へ指示や質問を行うこともあるものの、原則として隣室では沈黙を保ち、筆談で意思疎通や相談をする。カーセスタなら理術を使って音声を届けるため、ここに関しては少々不便に感じるところだ。
(とは言え、理術を提案する訳にもいかない)
対魔術研究所員に見せたくない、というのもあるが、何より、「理術で情報をねじ曲げた」などという難癖を付けようと思えばつけられてしまうからだ。それは避けたい。
「文書棟重大事故未遂事案(換気機構の破壊未遂・故意の疑い)」というのがサレント側で正式に採用された名称であった。「文書棟事案」で通っているようだ。
ミアンナは「事件」と仮称したが、サレントがそう言いたくないのであれば合わせても何も問題ないと考えた。
尋問の担当者は強面の大男と優しげな老人で、原則的な〈圧と信〉の体制をとっていることが窺えた。大男が怒鳴るなどして威圧をかけ、老人が「すまないね」などと言いながら寄り添って供述を引き出すという形だ。あまり品のよいやり方とは言えないが、効果が見込めることも確かである。
「お伝えしております通り、罪責確定者はほぼ自身の犯行を認めていますが、一部の要所では黙秘し、供述に不自然な点もあります」
大男が書類を提示した。
「『式盤』を最初は古道具屋で見かけて購入したと言っていましたが、どこの店かと聞けば旅の行商人だったから判らないなどと話を変え、価格も曖昧でした」
男は続けた。
「模造品を作った動機は、職人として作ってみたかったなどと抜かし……失敬、述べておりましたが、サレントに持ち込んだ理由となるとだんまりで、紋章の偽造がカーセスタで重罪になることを伝えれば『知らなかった』の一点張り」
「知らなくても罪だ」
「でしょうな」
ミアンナが指摘すれば男もうなずいた。
「もうひとつの、えー、設置型でしたか、そちらについてもふらふらしておりますね」
老人も言う。
「入手元は、携行型の式盤と同じ場所または同じ相手から購入した、合わせて買うと安いと言われただけ、などと酷いものです。使うことにして自分で置いたと言うものの、どの棚に置いたかは覚えていない。構文が消えていることについても、一度きりしか使えない構文なのだとか」
「聞いたことがない」
この場で誰より詳しい専理術士が言えば、周りもうなずいた。
構文は刻み込んで長期的に使うか、理術士が魔力で毎度書き込むかのどちらかだ。一度使ったら消えるなどという仕組みは存在しない。一時的に消えたように見せる目眩ましならば可能だろうが、少なくともあの式盤にはそんな仕掛けはなかった。
「そのほかの大まかな点……動機は復讐、家庭を壊されたことを恨んでいた、サレントで暮らしていた元妻のために耐えていたが、死んだと知って自暴自棄になった、などは一貫性があります」
「自暴自棄になったにしてはずいぶんしっかりした計画だがな」
老人の説明に大男が感想を述べる。
「元妻が亡くなったことを何故知ったのかは話しただろうか。つまり、誰から聞いたかを」
「手紙を送ったんだそうです。妻と子に向けて、会いたいと。そうしたら、訃報とともに送り返されてきた」
「成程」
うなずくミアンナの背後でリーネがほっと息を吐いたのが判った。少なくとも「ハイムがテオザを動かすべくわざわざ妻の訃報を伝えて復讐を煽った」という最も悪辣な可能性は消えたからだろう。
ツァフェンがちらりとリーネを見た。何か見て取ったものか、いつも通りの薄笑いからは読み取れない。
「まあ、こうした調子ですので、全てを正直に話していないことは明らかですし、共犯者がいることを我々はほぼ確信しています。が、手がかりがない」
「そこで前回の調査に携わられた理術士殿のご意見をお聞きしたく」
改めて担当者たちはミアンナに依頼した。続けてナシムとツァフェンを向き、整合性の確認とやらを依頼する。板挟みは面倒なものだな、とミアンナは同情した。
「状況から、協力者が理術士、または理術士のごく近い存在であることは大いに考えられる」
「理報官とかってことー?」
まずミアンナが言えば即座にツァフェンが問うた。リーネがぴくりとする。
「構文が残っていないのに理術が発動したということは、その場で術を行った者がいるということ。理報官は理術を行えない」
「そんなのわかんなくなーい? 理術士の近くにいる内にやり方学んじゃうかもよ?」
「魔力があってそれだけ知識を積めたなら理術士の資格を取ることを考えるだろう」
「それで落ちてひがんだとか!」
「仮定が過ぎる」
ツァフェンはぽんぽん手玉を投げ、ミアンナはひとつひとつ丁寧に打ち返す。気の毒に、ツァフェン節を初めて聞くサレントの尋問官と、おそらくは不慣れなナシムはハラハラしているようだ。
「もっとも、私が想定した『理術士にごく近い者』も、『学んだが資格を取るには至らなかった者』ではある。ただし、可能性としては低いと考えている」
あれだけ質の高い構文を書ける者が試験に通らないとは思えなかった。試験のあと奮起して精度を高めたのだとしても、それならやはり受け直す方がいいだろう。
もとより調律院は、そうした人物――つまり、「試験に通るには至らなかったがある程度以上の知識が認められる者」を何らかの形で調律院に関わらせることが多い。ツァフェンの推論の通り、知識を悪用させたくないからだ。
「今日は、これまでのテオザの供述をまとめ、発言が揺れていることを改めて指摘します」
〈信〉役と思われる老人が書類を整えた。
「誰かをかばっていると半ば決めつけて話すつもりです。何故なのかと。かなり関係を築けてきましたので、そろそろ何か聞けるでしょう。もし見込み違いであっても、こちらが強く断定すれば表情くらいには出るはずです」
どうにも熟練らしい見立てをして、老捜査員はミアンナたちを順に見た。質問や意見はあるか、と言うのだろう。
「お任せする。こちらでは筆談で相談するが、状況によっては声を出して貴殿を呼ぼう」
「それで結構です」
「わ、私もそのように」
「ぜひお願いします」
何とか参加しなければ、という調子でナシムが不自然に入り込んだ。老人はさらっと受け止めたが、ツァフェンがぷっと吹き出して台無しにした。
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