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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第十章

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02 偉いよねー


 サレント自治領庁舎前。

 予定時刻のおよそ十(ティム)前、ふた組はほぼ同時にたどり着いた。

 厳密に言うなら、白髪の対魔術研究所員はふらふら歩いて少し遅れ、同行者をハラハラ、またはイライラさせていた。


 ナシム・エンテ。

 ルカと同じ鋼嶺隊候補生。ルカより年上に見える。


(年齢は資料になかったが、おそらく二十二、三。候補生は早くて二十五歳くらいから任命されるらしいことを思えばかなり早い方だが、それより若いルカ殿がいる)

(比較されることに過敏である可能性が高い)


 明らかに緊張した様子のナシムを見ながらミアンナは、間違っても「ルカ殿はこうだった」などと言わない方がよさそうだと判断した。


「やっほーミアンナくん、数旬ぶりー! ルカくんじゃなくて残念でしょー」


 ツァフェンが先制を決めてきた。攻撃先、と言って悪ければ、からかう相手はミアンナではなくナシムだ。気の毒な候補生は、ツァフェンの奔放すぎる第一声に目を白黒させている。


「情報が共有されているのであれば問題はない。お初にお目にかかる」


 仕方なくミアンナはまずツァフェンに返し、それからナシムに向けて名乗った。


「ヴァンディルガ鋼嶺隊ナシ……候補生ナシム・エンテだ。専理術士殿においては、理術に詳しいと聞いている。協力していければと考える」


 どうもぎこちない、中身のない挨拶が返ってきた。「専理術士が理術に詳しい」は「鋼嶺徒は剣が得意だ」くらい曖昧で、取りようによっては無礼な発言だ。ミアンナはただ聞き流すことにした。


「エンテ鋼嶺徒とお呼びすればよいか」

「あ、ああ、かまわない。クネル理術士」

「では状況を確認したい。前回の無許可理術使用事件に罪状はいくつもあるが、最も大きなもの、かつ不穏な言い方を避けて『文書棟破壊未遂事件』としたいが、如何(いかが)か」

「え、ああ……その」

「いいよぉー。無差別殺人未遂でも何でもいいけどね、此方は」


 ナシムがちらりとツァフェンを見たので、親切にも、或いは意地悪くも、ツァフェンが了承した。


(わざと話を逸らされることがあろうと、ツァフェン殿と話す方が早そう)

(とは言え、そうもいかないな)


「今日はテオザの尋問を直接聞き、式盤を手にした経緯や別の理術士がいた可能性を探っていきたい」


 ミアンナは考えながら話した。いま考えることで思考に揺らぎが生じ、隠しごとをしているという揺らぎを気づかせないで済むのではないかという戦法だ。魔族相手に効果があるのかは判らないが。


「お聞きとは思うが、テオザが手にしていたものとは別の式盤が存在し、実際に理術が使われた。テオザが行うことは不可能なやり方であり、理術士が関わっていることが推測されている。テオザはそこについて認めておらず、自分がやったとしているが、証言がふらついていて誰かをかばっている可能性が考えられている。それを探りたい、ということで同意いただけるだろうか」

「ああ、そうだな、それでいい」


 ナシムは「判っている」という様子でうなずいた。


「ほんとー? ナシムくんてば、ちゃんと判ってる? 資料ざっと読んだだけでしょ。ルカくんに話も聞けてないしさー」


 これはナシムへの言葉に見せかけて、ミアンナへの攻撃、或いはちょっかいだ。こう言わせたいことは判っている。


「アールニエ鋼嶺徒と話されなかった、と言うのは?」


 ミアンナは素直に乗った。実際、聞きたくないと言えば嘘になる。


「その、アールニエは……」

「あのねー、ルカくん、怪我しちゃった! ウケる!」


 ナシムがどう言おうか迷う間に、ツァフェンが全く面白くないことを面白そうに言った。ミアンナは片眉を上げ、リーネは両手を口に当てる。


「『ウケる』で済む程度の負傷、ということだろうか」

「意識不明の重態だよお」

「ツァフェン殿! その言い方は、その、過剰ではないか……確かに一日ほどは意識がなかったが、目を覚ましたし、大事を取って休んでいるというだけで」

「ナシムくんも嘘つけないタイプ! おもしろ!」


 ツァフェンは手を叩いて喜んでいる。


(これは、ツァフェン殿による情報提供と思ってよいだろうか)


 ルカの不在について触れ、ルカの状況を知らせるとともに、ナシムの人物像も伝えてきた。


(単にエンテ殿や私の感情を見て楽しんでいるだけかもしれないが)


「その、魔物との戦闘が生じて、その際に不測の事態があった。そのため、私が代行している」

「立候補したんだよね、偉いよねー」

「……ツァフェン殿」


 ナシムは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


(案の定、エンテ殿はルカ殿への対抗心が強いようだ。悪い言い方をすれば、彼の負傷を好機と見たか)


 ミアンナは癖のように「ナシム・エンテ」の枠を埋めていった。


「確かにアールニエ鋼嶺徒から直接は聞いていないが、そこは前回の調査に携わったツァフェン殿が同行するということで……」


 フォローしてくれるはずのツァフェンが初手から暴れている状況は、気の毒に、若き候補生には困惑の種だろう。ルカと違って、ツァフェンのことをほとんど知らなさそうだ。魔族であることも知らない可能性がある。


「――ああ、すみません、お待たせいたしました!」


 既に二国の使者が揃っていることに気づいたのだろう、庁舎内から慌てて人が走り出てきた。ミアンナたちには見覚えのある顔だ。


「アダワロ殿。問題ない」


 やってきたのは前回の調査時にも関わった自治領の役人だった。過去の魔術道具事故――テオザが冤罪をかけられた出来事――の担当官で、いまは文書棟の管理者だったはずだ。


(文書棟の事件ではほぼ当事者だと言うのに、再び担当を任されているのか)

(確か、文書棟の総点検を担っているとも言っていたが)

(……気の毒なことだ)


 魔術事故の担当者時代はきつすぎて思い出したくないと言っていたアダワロは、テオザに「冤罪をかけた役人代表」として狙われ、現在の仕事場を標的にされた。もし実際に死者が出て、その原因が「換気機構の整備不良」とされたら、彼の責任問題になっただろう。

 直接的に脅迫された訳ではないが、むしろ被害者として聞き取りを受ける側に近いくらいだ。そんな彼が担当すれば私怨が入りかねないが、自治領ではよほど手が足りないと見えた。

 初対面のナシムとアダワロが名乗り合って挨拶をすると、アダワロは庁舎に四人を案内した。


「初期の聴取は町憲兵隊で行いましたが、いまは身柄を庁舎内の治安部門に移しています。早速ご案内いたしましょう」


―*―


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