11 そうでなければよいと
そのままミアンナとリーネは文書室に案内された。
「専理術士はこの部屋全体と、あちらの扉の奥まで閲覧権限があります」
その部屋は広くはなかったが、天井まである高い棚がびっしりと設置されており、少しかび臭かった。
「すご……ここから記録を探すんですか?」
「支部の担当官にいてもらいたいところだ」
もちろん、ウィントン資料塔担当官が素早く書類を取り出せるのは、資料塔が自分の持ち場だからだ。そこはミアンナもよく判っているが、それでも王都の文書管理課にいたウィントンなら、書類を探すコツを彼女よりずっと知っているだろう。
「ご要望の記録については在処をお伝えしますのでご心配なく」
ワコもまた、慣れない者が目的の書類を探し出すのは困難であると理解しているようだった。
「助かる」
ミアンナは簡単ながら心のこもった言葉を返した。リーネもほっとした顔を見せる。
「とは言え、入出領の記録簿というものは生憎とありません。外交使節所が管理することではないので」
言いながらワコは棚と棚の間にミアンナを案内する。
「通常、理術士が循環的な公務でサレント自治領へやってくるのは、王都からの定期便……物資や所員への手紙、それから給金と言った貴重品を運ぶ際の護衛、という形になります」
ワコは手紙と給金の価値を並べた。故郷を離れて長い者たちならでは、だろうか。
「確かに、ラズトを通っていくな」
ミアンナが着任してからも何度か定期便があり、汎理術士が支部に挨拶をしていった。
「受領品の記録はありまして、そこに同行した理術士の名前が記されています」
それがこちらです、とワコは棚を示した。
「次は、あまりいませんが、個人的にやってくる者。たいていは外交使節所に顔を出します。滞在期間にもよりますが、理術を使うことになるかもしれないから先に使節所を通して申請をしておこう、という考えが一般的です。おそらく理術局で共有されている情報でしょう」
決まりではないが、やっておくと便利だというので倣う理術士が多いということだ。
「ここにやってこなかったとしても、関所でカーセスタの公務官であることを名乗れば、自治領から連絡がきます。『悪さをさせるなよ』という牽制ですね」
「それを避けて名乗らない者も?」
「いるでしょう。隠す気であれば隠せます。理術を使わないなら理術士を名乗る必要もない、という判断は合理的でもありますね」
「同意する」
ミアンナがうなずくと、少々意外だったか、ワコは目をしばたたいた。
「申請の記録がこちらになります。クネル専理術士のものが最新ですね、当然ですが」
「五年前のものはどの辺りだろうか」
「三、四……これです。そう多くないので数年で一束にまとまっています」
「受領品の記録とこちらの両方を閲覧したい。持ち出しても?」
ワコが差し出した紙束を受け取りながらミアンナは尋ねた。
「外交使節所内であれば問題ありません」
答えてからワコは、所内のどこかを指すようにした。
「そうしたものを広げやすいのは執務室でしょう。共有の部屋でよろしければ、空いている机がありますのでご案内できます」
「助かる」
イゼリアの優秀な秘書官に、ミアンナはまた礼を述べた。
共有の執務室には幾人かの所員がいて、ミアンナらの姿に少し驚いた顔をした。
彼らはもちろんミアンナのことを知っている――ラズトの統理官兼主理術士がやってきていることも、無許可理術の調査をしていることも、ごく若いことも――ので、見知らぬ少女たちがやってきたとは思わない。ただ、イゼリア不在中であったために一瞬だけ裏を考えたのだ。
つまり、視察めいたことが行われるのではないかとか、応理監には言えない仕事を言いつけられるのではないかという類である。
だが秘書官のワコが同席していることや本人たちが書類を抱えていることから、すぐ「何か調べものだな」と理解し、「手が入り用なら協力しよう」という空気になった。
「すまないが場所を借りる。何か頼むことがあるかもしれないが、おそらく生じないので、自身の仕事を進めてほしい」
視線を感じ取ったミアンナがさっと述べると、彼らは了承して指示通りにする。ワコが眼鏡の位置を直しながら微笑んでいた。
「わたくしの出番はありませんでしたね」
「うん? ああ、すまない。余計なことを言ったか」
ワコに任せるべきだったか、とミアンナは秘書官を見た。
「いえ、さすがは応理監の秘蔵っ子、と」
「大したことはしていないし、秘蔵された覚えもない」
ミアンナは少し眉をひそめて否定した。イゼリアはいったい何を吹き込んでいるやら、と思ったのである。
「ワコ殿も仕事に戻っていただいて問題ないが」
「お気遣い有難うございます。では一旦戻りますが、ご用があればいつでもどうぞ。応理監室の左の部屋におりますので」
そう言ってワコは去り、ミアンナが机を見るとリーネが既に必要箇所を広げて出していた。
「五年前の紅の月露の旬五日でしたよね、サテラさんが亡くなられたの」
「ああ、早速有難う」
素早い準備にミアンナが礼を言うとリーネは首を振った。
「ワコさんみたいに、てきぱきやりたくて……」
「空いている机」と言っていたが、壁際に設置されたその大きめの卓は、隠れてしまった壁の掲示物から判断すると、普段は置かれていない。つまり、わざわざミアンナのために用意されたと推測できた。また、ここで作業をすれば壁側に向かうことになるため、声を張らない限りは話の内容がほかの公務官に聞こえることもないだろう。
リーネもそうしたことを見て取り、ワコに敬意を抱いたようだった。もっとも、そんな本音をつい洩らしてしまう辺りがリーネらしい。
「普段からリーネもやってくれている」
ミアンナはそう言って書類に目をやり、リーネは照れ笑いを隠した。
「この時期に個人で訪問している理術士はいない。少なくとも申請のために訪れてはいない」
「ううん……隠す意図があったなら当たり前ですかねえ……」
もどかしそうにリーネが言う。
「隠す意図があっても、隠すとは限らない」
小さくミアンナが言えば、リーネは首をかしげた。
「どういうことですか?」
「……そうでなければよいと思っていた」
ミアンナは息を吐いた。
公務官のような外見。当時、六十代ほどの老人。気さくな物言いで、一歩間違えば「胡散臭い」と感じられる雰囲気。
亡くなった元汎理術士の女性のもとに「約束」のためにやってきたという人物。
その印象は、ミアンナが直接は知らない、とある人物の印象と一致して感じられた。
ただ、考えすぎかと。
「これを」
静かにミアンナは、記録の一箇所を指した。
それは紅の月露の旬一日の受領品記録だった。目にしたリーネは両手を口に当てる。
そこには同行理術士としてはっきりと、「ラズト支部統理官兼主理術士ハイム・トラルガ」と書かれていた。
[第十章につづく]




