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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第九章

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09 約束

 マーナはふたりを招き入れ、タマラとマキは子供の学び会に出ていること、近隣でそうしたことを行っている賢人がいて、以前は義母サテラも教える側で顔を出していたこと、自分も夫の手伝いで帳簿付けをしているから計算を教えてくれないかと頼まれたが早口すぎて不評だったこと――などなど、茶の支度をしながら説明してくれた。


「おもたせで失礼しますけれど」


 昔気質の職人の妻はそう言ってミアンナの渡した菓子を卓に並べ、立派なお土産をすみませんねえ、とまたひとしきり話した。


「義母のことでしたね。交友関係をお聞きになりたいとか」

その通り(アレイス)。きちんと頼んだ訳でもないのに、タック殿は伝えてくださっていたか」


 確かあのとき、「話を聞くかもしれない」という曖昧なことを述べただけだったはずだ。タックはそれを妻に伝え、妻も頼まれごととして記憶していた。有難いことだ、とミアンナは思った。


「お話ししましたように、義母……サテラお義母さんは学び会で先生役をしたり、何かと頼られることのある人で。お友だちも多かったみたいですし、よく出かけてましたねえ。身体を悪くしてからは、めっきりなくなりましたけれど」

「ふむ。そのご友人たちについて、名前などお判りになるだろうか」

「すみませんねえ、お友だちが家に見えられるようなことはなくて。名前も顔もあたしにはちょっと」

「成程」


 マーナはタックの手伝いもしているとのことだから、自宅も半分仕事場のようなものなのだろう。サテラはそうしたことを気遣ったのかもしれないし、単に外で会う方が気楽だったのかもしれないが、どちらにせよ探すのは難しそうだった。


「身体を悪くされたってことでしたけど、お友だちはお見舞いにもいらっしゃらなかったんですか?」


 リーネが尋ねた。


「本人が断ってたみたいでね。あたしらに気を遣ったのか、弱ってるのを見られたくなかったのか……」

「確認していなかったが、サテラ殿の夫、つまりタック殿のお父上はどうされているのだろうか」

「ああ、亡くなってますよ。そっちの関わりも思い当たらないですねえ」


 先回りしてマーナは答えた。


「学びの会を開いている人物についてお伺いしても?」

「それでしたらタマラに聞いてもらうのがいいと思いますね。もうすぐ帰ってきますから」

「そうさせてもらおう」


 うなずいてミアンナは出された茶杯を手にした。味の強いクラル茶は、思考をすっきりさせてくれそうだった。


「そうそう、お見舞いというんじゃないですけれど」


 思い出したようにマーナはぱちんと手のひらを打ち鳴らす。


「病床にあるサテラさんを訪ねていらした方がいましたよ。確か亡くなる何日か前で……約束があるなんて言ってましたっけね」

「約束?」

「いえね、最初はあたしも胡散臭いかと思って。こう言っちゃなんですけど、死の床にある老人のところにきて『約束を果たせ』なんて、借金返済の督促みたいじゃないですか」


 そうは言っても追い返せず、サテラに確認したところ、確かに約束をしていたのだと言う。そこでマーナは男を家に上げたが、男はサテラと少し話してすぐ帰って行った。

 何者なのかサテラに尋ねても答えは得られず、彼女はそれから数日後に亡くなった。その後は葬儀の手配やら何やらで忙しくなり、そのことはすっかり忘れてしまったのだとか。


「あとになって思い出したとき、うちの人にも訊いてみましたけどねえ。心当たりはないってことでしたよ」

「どんな人物だったかご記憶か。年代だとか、背格好だとか」


 ミアンナは質問を続けた。関係があるかどうかは、詳細を聞いてみないと判らない。マーナは思い出そうとするように眉根を寄せた。


「胡散臭いとは言いましたけれど、見た目に限ってはきちんとした人でした。雰囲気は、そうですねえ、お役人さんみたいな」

「役人……?」

「いえ、制服を着てたというんじゃないですけどね。きちっとしていて。そういう雰囲気ってあるじゃないですか。ミアンナ理術士さんにも似た雰囲気がありますよ」

「公務官のようだった? たとえば姿勢だとか話し方だとか、そうしたことだろうか」

「ええと……あんまりしっかりとは覚えてはいないんですけれどね……品のいいと言うか……」


 マーナは曖昧に言った。


「年代はサテラお義母さんと同じくらいだったと思います。六十代くらいに見えましたね」

「ふむ……」

「そうそう、話し方って言いました? わりと気さくな感じだったんです、堅さがなくて。思い出しましたよ、だから却って胡散臭く感じたんです」


 矛盾しているようだが、「公務官のよう」「気さく」「約束」といった要素が重なったことで、「口の巧い詐欺師」めいた印象になったと思えば、判らないでもなかった。


「五年ほど前に六十代程度……公務官のような外見と、気さくな物言い……」


 とんとんとん、とミアンナは指で小さく卓を叩いた。

 頭のなかをふっとよぎる影があった。


「――ただいま!」

「ただいまー!」


 そのとき、玄関の方から元気な声がした。


「あれ、お客さん?……あっ、ミアンナさん、リーネさん!」

「りじゅつちさん!」


 帰ってきたタマラとマキ姉妹は、ふたりの姿を見つけて満面の笑みを浮かべた。タマラには恩人であるし、マキも最初こそ「おねえちゃんを連れて行かれる」と警戒していたが、前回リーネが一緒に遊んだことによって友だち認定されたようだ。


「タマラ、鞄を置いたらミアンナさんにケンブさんの話をしてあげて。ほら、学び会の責任者のおじさん」

「え、学び会の? よくわかんないけど、わかった」


 母の説明不足には慣れていると見え、タマラは素直にうなずいた。


「あっ、これ『露華石』です!?〈星雫〉亭の!」


 言われた通りにしてすぐ戻ってきたタマラがまず注目したのは、卓上だった。


「あ、うん。よく知ってるね」


 リーネが選んだ手土産が、「露華石」という菓子だ。果汁の入った色とりどりの結晶菓で、シャリッとした歯触りが特徴的な、可愛らしい品である。


「新しくできたお店で、いますっごく話題なんだよ! リーネさんが選んだの? お洒落!」

「えへへ……あの、買ってくれたのはミアンナさんですけど……」

「ふたりから」


 どちらからのものでもない、両者からであるとミアンナは伝えた。


「母さん、食べていい?」

「お昼がまだだろう、少しだけにするんだよ。それから、マキにもあげなさい」

「はーい」


 元気に返事をして結晶菓に手を伸ばすタマラを見ていると、あの日はよほど恐怖に固まっていたものと改めて理解できた。


「ええと、ケンブおじさんのことでしたっけ。でも、あたしはあんまり知らないです。おじさんはあたしたち子供とは話さないし」


 聞くと、何も子供を無視する居丈高な人物という意味ではなく、子供と関わるのは自分の役目ではないと線を引く思慮深い人物という様子だった。


「先生がこられなくなったとき、たまに教えてくれたりもするけど、だいたいは代わりの先生を探してくれたり。あとは、みんなで使ってる文具がだめになったら直したり、新しくしてくれたりする人って感じです」

「管理、運営を自分で行っているのか」


 会を開いているというのは、場所を用意したり教師役を雇ったりしているということだろうが、実務にも携わっているというのは少々意外だった。


「こう言っちゃなんですけれど、儲かる仕事じゃありませんからねえ。こっちが求められるのは経費程度ですよ、有難いですけども」


 マーナが口を挟んだ。成程、とミアンナはうなずいた。

 子供たちという未来への投資。そうした志であれば、立派な人物と言える。


「タマラさんや子供たちとは話さないって言ったけれど、先生と話していることはあるのよね。どんな印象の人? 優しそうとか、厳しそうとか」


 リーネが尋ねると、タマラは少し考えるようにした。


「まじめ? な感じ。先生たちがよくそう言ってる」

「タマラ殿はどう感じる?」

「えっと、やさしい感じ? 怒ったりはしなくて、怖くはない」

「成程。有難う。ケンブ殿のご自宅は判るだろうか」


 ミアンナはタマラに礼を述べ、母娘の両者に質問をした。


「学び会の本宅だよ」


 タマラが答える。


「本宅?」

「離れを貸してくださってるんですよ」


 マーナの補足にミアンナは目をしばたたいた。


「それは、また」


 ろくに金も取らず、運営管理に場所の無償提供まで。善人と言うのか酔狂と言うのか。


(少なくとも表面的には、悪意は見受けられないな)



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