08 ひとつ、提案が
リーネがぱっと椅子から立ち上がった。
「ミアンナさん! おかえりなさい!」
出先の客室で「おかえりなさい」もないものであるが、リーネの表情にはその言葉がよく似合った。
「からいの、大丈夫でしたよね!」
「からいの?」
「あっ、たったいまお使いの人がきて、お食事出しますからって確認されたんです」
「刺激で来たか」
「え?」
「イゼリア殿が、今夜は冷えるから食事で暖まれと」
ミアンナは必要なところだけ説明した。有難いですね、とリーネはうなずいた。
「どうでした? 応理監のお話。新しい情報ありました?」
「ヴァンディルガ側の回答が前回までと違って少し遅れているそうだ。明日から動くのは無理かもしれない」
「ルカさんなら飛んできそうなのに」
「彼らが決めて行動できる訳じゃない」
「それもそうですね」
イゼリアは要請している側だというのもあってすぐにラズトへ連絡を入れたが、ヴァンディルガがどうしたかは判らない。
ミアンナたちは知らないものの、ヴァンディルガ駐在軍事連絡室の首位である鋼監将オルグラン・テリヴァスは、サレントやカーセスタに言われてほいほい動くなど沽券にかかわる、などと思うタイプの人物だ。正式な調査ならまだしも、「終わった事件」という認識なら、わざと反応を鈍くして相手の苛つきを誘う、というような真似をしてもおかしくなかった。
「おそらく明日は待機になるが、こちらだけで調査をする訳にもいかない」
ヴァンディルガの対応が遅れたのが悪い、と言い放っても正論だが、喧嘩を売ることもない。向こうが明らかに引き伸ばしているとなれば別だが、まだ常識的な範疇である。
「じゃあどうします? ここでわたしにできるお仕事あるかなあ」
お休みにして遊びに行きましょう、とはならない辺り、彼女たちはどうも十代の少女らしくない。それとも、まっすぐなところがとても若者らしいと言うべきなのだろうか。
「理術関連の業務があるとは思えないが、確認してみよう。ただ、もし何もないようなら」
ミアンナは考えるように口に手を当てた。
「ひとつ、提案がある」
―*―
翌朝――。
サレント暮らしの長いイゼリアの読み通り、明け方まで降った雪はわずか指先ほどに積もり、町を白く染めた。
「これくらいなら小雨と変わらない、ってナダルさんが」
「リーネの見解は?」
「霧雨くらいですかね」
「世界は広い」
ミアンナの暮らしていた王都付近では降雪自体が珍しい。ラズトでもそろそろ雪がちらつきはじめたが、積雪はまだだった。
「雪靴、買いに行きます? これくらいだと却って滑りやすいですし」
「リーネも必要?」
「わたしはそれなりに慣れてますので、コツは知ってます」
「熱量構文で、とも思ったが、過日を思うと私が理術を使い続けるのは悪手でもある」
前回、閉じ込められた者たちを助けるためにミアンナが使った理術と、何者かが換気機構や扉を冷却した理術。サレントではその区別がつかない。
つまり、申請済みのミアンナが術者であれば無許可使用者はいない、ということになったのだ。この上なくおかしな話だが、「決まり」を悪い形に作用させるとこうなる。
「あの、熱量構文って、もしかして弱い構文を使い続けて足元を溶かすみたいなことです?」
「概ねそういうこと」
「さすがミアンナさん! そんなことができるなんて!」
リーネは目をキラキラさせた。ジェズルが普通の理術士には非効率だと言ったように、ミアンナだからできることではある。
「それにしても、靴のこと、ワコさんにお店聞いてくればよかったですね」
前回の調査中、制服姿は隠密や追跡に向かないということで私服を購入したが、そのとき彼女らを着せ替えて楽しんだ、もとい、いろいろな服を案内してくれた外交使節所員が秘書官のワコだ。
「あっ、そう言えば見ました? お部屋の衣装棚」
「いや?」
「あのときワコさんが見立ててくれた服が入ってましたよ!」
その説明にミアンナは少し口を開けた。
「……前回の食事中、イゼリアが『買ってやる』と言って聞かなかったが、本当に買ったのか」
「お礼言わないとです!」
「着る機会のない服をもらっても困る、と言ったのに」
「ミアンナさん、ほらこういうときは?」
「……素直にもらう」
「はい!」
にっこりとリーネは笑んだ。
本格的な雪靴を履くほどではない、としてミアンナは靴底につける滑り止めだけを購入した。もう少ししたら必要になるだろうが、ラズト支部の首位らしく、「できればラズトの町で購入したい」と考えたのもある。
「約束のない訪問にはまだ少し早いな」
「お土産でも買うのはどうですか?」
「いい案」
リーネの言葉にミアンナはうなずいた。
「どんなものが好きかなあ、タマラさんにマキさんに……」
「今日はお母上、マーナ殿に用がある。彼女向けのものも必要だろう」
「うーん、やっぱりお菓子とかですかねえ」
「凝ったことをするより、結局そうしたものが一番いいと聞く」
彼女たちはこれから、少女タマラの家を訪れる。
タマラは前々回の無許可理術事件を起こした少女で――いや、あれは「申請が遅れただけ」であり、事件ではなかった、ということになったのだった。
真摯な対応をし、申請にも最後までつき合ったことでタマラはミアンナらに懐き、またきてほしいと話した。前回も訪問したが、それは過去の魔術道具事故について大工の父親に話を聞くためであり、遊びに行った訳ではなかった。
今回は「遊びに行く」――という名目で、タマラの母マーナに聞きたいことがあるのだ。
少女の好意を利用するようで忍びないが、全くの口実で終わらせるつもりもない。リーネはタマラほど年頃の少女が好きな手遊び歌を覚えてきたなどと話し、「お姉さん役」を引き受ける気満々だった。
「まあまあ、理術士さんに助手さん! しばらくぶりじゃありませんか!」
マーナは「理報補官」という一般に馴染みのない役職こそ覚えていなかったが、顔はきちんと覚えていて、歓迎してくれた。
「先日はお留守中に失礼した」
「ああ、ええ、聞きましたよ。ずいぶん子供たちと遊んでくれたそうで」
その言葉を聞いたミアンナがリーネに視線を送る。リーネは照れ笑いを見せた。
「今日も昔の事故のお話ですか? 主人は打ち合わせに出てまして。ええ、もうこんな天気ですから現場も止まりがちでしてね、本格的になる前に仕上げるために日程を詰めるんだとか」
「ああ、いや」
職人の妻の弁舌をミアンナはそっと遮った。
「今日は、マーナ殿にお話を伺いに」
「あたしですって? あたしが何を理術士さんにお話しできますかね?」
マーナはきょとんとして、それから手を叩いた。
「ああ、ああ、思い出しましたよ。聞いてます聞いてます。お義母さんのことでしたね!」
「助かる」
切り出し方を考えていたミアンナはそう言ってうなずいた。
「まああたしったら、恩人の偉い人を寒いところに立たせっきりで。さあさあ入ってください、ちょうど休憩にしようとしていたところなんですよ」




