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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第九章

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07 間に合った理由

 ――サレント自治領に、細かい雪が舞った。

 三度目のサレント訪問となるミアンナとリーネは、カーセスタ外交使節所にたどり着くと、支給品の外套を脱いで一息ついた。


「もうすっかり真冬」

「まだ全然、冬のはじめですよ」

「信じがたい」


 ミアンナは首を振り、リーネは笑った。


 イゼリアから届いたのは、大まかに言えば、サレント自治領がミアンナ・クネル理術士の見解を欲している、という内容の手紙だった。

 前回の調査時にミアンナは、ほかの理術が行われたこと、テオザとは異なる本物の理術士がいることを説明したが、サレント側ではミアンナの理術と区別がつかず、対応できないという判断が下されていた。


 理術士というのはカーセスタの国家資格である。となると、サレントで理術士が罪を犯したとなれば面倒だ。サレントはカーセスタに協力を仰ぐ必要があるが、ヴァンディルガとの均衡のためにはカーセスタの責任を追及する必要も生じる。自治領庁はそれを望まず、見ないことにしようとしたのだ。


 しかしそれでは危険な術を行った人間が野放しになっていることになる。イゼリアはその点をサレントに繰り返し説き、ヴァンディルガとの共同調査でかまわないから調べさせろと主張を続けていた。

 しばらくサレントも決めかねていたが、現場側からも「どうやら本当にもうひとりいそうだ」と報告が上がってきた。テオザの供述が、文書棟での出来事についてはどうも曖昧で、急に詳細が話せなくなったり、少しつつくとすぐ前言をひるがえすなど、嘘をついている者特有の話し方をしていると言うのだ。


カーセスタ(こちら)が譲歩してまでサレントの治安維持に協力すると言っているのに、自治領の役人は頭が固すぎる」


 ひと通り情報を再確認したあと、イゼリアは不満を述べた。政治色の強い話になりそうであるため、リーネは客室で待機している。


「サレントとしては当然」


 二大国に挟まれ、武力でヴァンディルガに侵略されるよりはカーセスタの方がましだと考えていても、併合されてはたまらない。どの役人も、理術絡みの事件など自分の部署で起きてほしくないと思っている。


「だが実際、起きている。それに目を(つむ)ってどうする」

「それはそう」


 淡々とミアンナは認めた。


「それで私は、テオザを尋問できるのだろうか」

「詳細はまだ詰めていないが、お前自身が行うのは無理がある。同席もまず認められないだろう。おそらく、隣室で話を聞きながら不審な点を伝え、向こうがまとめて再度テオザに訊く、というのが妥協点じゃないか」

「回りくどい」

「同意はするが、これも『サレントとしては当然』だな」


 イゼリアはミアンナの台詞を使った。ミアンナは肩をすくめる。


「前回、帰る前に頼んだものは?」

「ああ、サレントにいる元理術士の一覧か。ちょっと待て……ほら、これだ」


 イゼリアは書類箱を漁って、一枚の紙を渡してきた。


「ここ三十年でサレントに移住してきた元理術士は五人。簡単な経歴を付けてある」

「有難う。……線が引かれているのは故人だろうか」

「そうだ。サテラというのが例の女の子の祖母君だな」

「存命なのは三人。ふたりは一年前後の経歴で、理術士としての実績はほぼない。引退ではなく辞任である以上、当然、式盤は与えられていない。もうひとりは理術局に二十年いたが、結婚を機に引退。式盤は求めず、こちらも廃棄済」


 内容を確認しつつミアンナはまとめた。


「前者は論外、二十年の熟練者も理術への思い入れはなさそう」


 書類を置いてミアンナが言えばイゼリアは少し面白がる顔をした。


「論外、とは?」

「一、二年の経歴であれだけ質の高い構文を書ける理術士なら、調律院が逃がさない」

「成程。思い入れがなさそうというのは?」

「長年魔力を流し続けた道具は、半ば自分自身のようにも感じられると言う。もちろん個人差はあるが、廃棄を選んだということは理術との決別でもある」

「思い入れがなくても構文は書ける」

「間違いない。ただ、あの構文は式盤に合わせた細かい調整まで行われていた。構文構成への興味をなくした者が書いたとするには、出来がよすぎる」

「主観だ」

「その通り」


 イゼリアの冷静な指摘をミアンナは受け入れた。


「住居は判っているんだろう? 主観的情報を増やすべく訪ねてこよう。もし企みがあるところに専理術士がやってきても全く動揺を見せないなら大したものだ」

「やる気のところ悪いが、それは少々行き過ぎだな。そもそも身辺調査は進めているし、事件前後に不審な行動はない」


 首を振って応理監は専理術士の提案を却下した。


「彼らではない、とするなら、住民ではなく訪問者という可能性。原則として理術士の出国には届出が必要だが、もし意図して隠そうとすれば難しくはない」


 休暇中の行先などは届ける必要があるものの、監視がつく訳でもない。関所で職を問われたとして、たとえば農民だと答えれば証立ては不要。手形を見せなければならない職種もあるが、そうした証明が求められる職のほうが少ないのだ。


「理術士訪領の記録もあるが、目的や期間など、不審な点は見当たらない。企みがあれば偽装くらいはするだろうが、それを現時点で見抜く材料がない以上、ここは手がかりにならない」


 淡々とイゼリアは現状を説明した。


「誰が。何のために」


 ふっとミアンナは、ジェズルの言葉を思い出した。


「無差別の殺傷が目的だったのか。それとも目的の人物がいた? 或いは混乱を招きたかった。ほかには、テオザを陥れるため、ということも有り得る。世間に理術を怖れさせるため、とも……」

「おいおいどうした、ミアンナジェーラ・クネル」


 イゼリアが苦笑を浮かべた。


「材料のない状態でいくら推測を重ねても妄言以上にならない。私も教えたが、お前は最初からそれくらい判っていただろう」

「ああ……そうだな」


 ミアンナは首を振った。


「ああ、全く、その通りだ」


 そこでミアンナは言葉を止めた。イゼリアはじっと娘ほどの年齢の少女を見る。


「焦っているな」

「焦って……?」

「ああ。その感覚は焦りと無力感からきている。早く解決しなければ、と」

「なくはないが……」


 イゼリアの分析にミアンナは首をひねった。その様子にイゼリアは苦笑する。


「自覚がないな。たまには年長者の観察眼を信じろ。お前はテオザを捕らえながらも主犯格を逃したと思い、自分が至らなかったと考えている」

「実際、そうだ。あの場でもうひとりの理術士に気付けるとすれば私だけだった」

「気づいたじゃないか」

「遅かった」

「被害は個室の扉と換気機構だけだ。誰も怪我ひとつしていない。お前は間に合ったんだ」


 イゼリアは慰めているつもりはない。ただ事実を述べた。ミアンナはしかし首を振る。


「誰が何のためにやったのか。せめてどちらかだけでも判明しないと次の手が打てない」


 静かに彼女は続けた。


「手をこまねいている内に、また起きるかもしれない。次は間に合わないかもしれない。イゼリア、私はそのことが……怖いのだと思う」


 それはミアンナが滅多に口にしない不安だった。イゼリアは立ち上がるとミアンナの近くに立ち、その細い肩にそっと手を置いた。


「間に合った理由を思い出せ、ミアンナ」

「理由?」


 ミアンナは背後に立った形のイゼリアを振り返る。


「お前はひとりで真相に迫ったのか?」

「いや……」

「天秤を背負うのはお前だけじゃない。この件に限っては何と、ヴァンディルガの軍人までが天秤の担い手に。対魔術研究所は協力したのか怪しいが」


 ぱっと両手をあげてイゼリアはおどけた。


「公正に言えばツァフェン殿も仕事をしていた」


 実に公正にミアンナは判断した。イゼリアは笑う。


「もし次があるとしても、間に合わせるためにみな動いている。自治領との調整は私が行い、理術士の入出領記録や過去の理術使用の洗い出しなども外交使節所の面々が行った。お前はラズトでお前の仕事を行いながら、ふたつ目の偽盤まで見つけた」

「それはたまたま、ラズトに偽物がきただけ」

「運も力だ」


 ミアンナの指摘をイゼリアは軽くいなした。


「間に合わせよう。私たちで」

「――同意する」


 ふ、と肩の力が抜けたように感じた。その様子を感じ取ったか、イゼリアも微かに笑んだ。


「今日はもう休め。身体が冷えたせいで頭も固まったんだろう。風呂で溶かしてこい」

「……判った」


 「非論理的だ」などとは言わず、ミアンナは大人しくうなずいた。イゼリアもうなずき、それから思い出したように付け加える。


「温かい食事も用意しよう。本当に……寒さというのは、奇妙なまでに人を沈ませることがあるからな」


 イゼリアの視線が窓の外を向く。夕刻にちらつきはじめた雪が、いつの間にか強まっていた。


―*―


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