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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第九章

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06 同じ人ですよね

「収穫祭のとき、彼は私の式盤を見ていたが、偽盤は私のものとそれほど似通っていない。また、以前から色粉を探していた様子を思えば、別の式盤を手本にしていることは間違いない」

「協力していた理術士がいる……ということですね」


 ジェズルが補足した。ミアンナとジェズルは以前にもこういうことを話していたが、いまは詳細を知らない者もいる。彼らのために情報をまとめた。


「それがサレントで危険な理術を行使した人物と同じかどうかは判らない。何人もいるとは思いたくないが」

「テオザの交友関係は洗ったんだろ? 判りやすく友だちに理術士がいた、なんてことは、なさそうだな」


 レオニスが確認した。言うまでもないことのようで、必要な確認でもある。軽口ばかり言うようでも、そうした洩れのないレオニスは優秀な理報官だ。


「仕事上の付き合いがほとんどで、誰か親しい人物がいたと聞くことはできなかった。仕事以外の友人がいたとしても、職人仲間では見当が付かなさそうだ」

「私生活を調べますか? 自宅付近で聞き込むですとか」

ラズト支部(われわれ)の仕事とは言いがたい。業務外だと言うのではなく、より適任者がいる。そうした捜査も調律院で手配しているはずだが、こちらに報告があるかは判らない」


 ジェズルの提案にミアンナは首を振った。


「事件にいちばん詳しいのは、実際に調査をしてきたミアンナさんじゃないですか」


 リーネが拳を握りしめる。


「事情をみんな知る専理術士に情報が秘匿されるなんてこと、ないですよ」

「それはそれで、得た情報を誰にも洩らすなって指示がきたらミアンナ嬢がきついねえ」


 現状、ミアンナはラズト支部員たちにサレントで起きた全てを伝えている。少なくとも意図的に隠していることはない。彼らの見解もほしかったからだ。

 だがレオニスの言う通り。上から「この情報の公開範囲は専理術士にまでである」とでも言われれば、彼女はリーネにも話すことができなくなる。


「そのときは『話せない』と伝える」


 彼女は可能な範囲で誠実に答えた。サレントでの調査時にルカたちに見せた姿勢と同じだ。


「ともあれ、ハギがテオザから直接購入していたことが判明したのはよい点。出回っていた形跡はない。それから、あの精巧さからしても、いくつも作られているとは考えがたい。もうないか、悪くてもあとひとつ程度」

「根拠はあるんです?」

「ほかの職人の意見を参考にした推論」


 ジェズルの確認に、ミアンナはざっと説明した。

 何名かの職人にあれこれ尋ねたとき、木工師がいたので偽盤を見せ、この品質に仕上げるにはどれくらいの期間や費用がかかりそうかを尋ねた。


「外部の彫刻も緻密だが、何より、重さを足すために内部をくり抜いて重量のあるものを均等に詰めている点が肝だそうだ。少しでも偏ると重心がずれるため、地味な作業の割に時間と神経を使い、数を作れるものではないと」

「うへえ、内部に妙なもん詰め込んでないっすよね?」


 イストが首をすくめた。


「密輸に使うには、式盤は目立つだろ」

「それもそうか」

「そこも職人の意見を聞いた。おそらく融点の低い金属を溶かして流し込んであるか、砂などを固めているか……偏らせないことを重視するなら何かを隠して運ぶようなことは難しそうだ」

「ミアンナ殿は偽盤をふたつ手にされていますが、どちらも不自然な重さではなかったのですよね」

「疑いの目で精査しなければ気づかないだろうと感じたほどだ。無論、重心がおかしいと感じることもなかった」

「ミアンナ女史が言うなら相当っすよね……」


 ほえー、とイストはまた妙な声を出した。


「支部で調査を進めるかはともかく、カーセスタとして重要なのは、偽盤の手本となった本物の式盤と、それを提供した人物、それからサレントでテオザに協力した理術使用者」

「同じ人ですよね。同じ人が式盤を見せて、サレントで危ない理術を……」


 不安そうにリーネが細い声を出す。


「そう考えるのが自然ではあるけれど、確証はない」


 「もちろん同じ人物だろう」と言って安心させたい思いはミアンナにもあったが、油断はできない。


「少なくとも組織立った動きには見えません。ただ、個人であってもテオザに協力する理由は一切不明です」

「昔からの知り合いとか?」

「親しい人物は判らんって話だったな」


 イストが言ってレオニスが首を振る。これはあくまでも「判らない」であって、否定し切れるものではない。職人仲間と全く関わりのない相手であれば、彼らには見えなかったかもしれないからだ。


「わたし、気になってることがあるですけど」


 そっとリーネが挙手した。みなが注視する。


「カーセスタで細々と暮らしていたテオザさんに、サレントで暮らしていたかつての奥さんの訃報を届けたのは、誰なんです?」


 その質問にみなは顔をしかめた。


「十年経っての凶行は、別れた配偶者の死がきっかけだ、という推測はあるが、仮にそうだとするなら『何故知ったのか』という点が不明だな」


 ジェズルが両腕を組んだ。


「テオザがサレント内の誰かしらと綿密なやり取りをしていた痕跡はない」


 ミアンナがまずそこを押さえた。


「そもそも死亡時から年数が経っている。考えられるとすれば、共通の知人が知らせたか。だとすれば、わざわざ探し出して知らせるほどの仲だったか、或いは……」

「――何者かがその悲報でテオザを動かしたかもしれない、と?」


 言葉に迷ったミアンナのあとをジェズルが引き取った。全員が顔をしかめる。


「それってのは……テオザの境遇を知って、別れた奥さんの幸せとか、もしかしたらまた一緒に、なんて彼の希望を砕き、親切顔で復讐計画を手引きした悪党がいるってことっすか?」

「本当にそんな奴がいたとしたら、悪意の塊だな」


 イストがまとめつつ唖然とし、レオニスが苦々しく言った。


「でも、そこが一致すれば、ですよね」


 リーネが不安そうに言った。


「伝えたのは別の人……たとえば奥さんの友だちかもしれないですし」

「もちろん、亡き妻の友人や、彼らの境遇に同情した者がたまたまテオザの居場所を知り、善意で知らせたというようなことも十二分に有り得る。現状、そこの情報は皆無だというだけ」


 ミアンナはやはり公正に話した。


「てか、正直どうなんすか? 離縁した相手とまた一緒になりたいと思ったりするもんなんすか?」


 イストが視線を送ったのは、ずっと黙って聞いていたゾランだった。


「おい、イスト……」

「かまわんよ」


 ジェズルがやめろと言いかけたが、ゾランは苦笑して手を振った。


「そうだな、正直に言えば数年ほどは『あいつも後悔しているんじゃないか』『戻ってきたらまた一緒にやろう』くらいのことは思っていたな。だが私の場合は典型的な離縁理由……仕事ばかりで家庭を顧みなかったというものだ。どう考えても悪いのはこちらだし、テオザとはかなり事情が違う」


 参考にはならんだろう、とゾランは肩をすくめた。「なんかすんません」とイストはそこで謝った。


「うーん、それにしても気分の悪い話だな。悪意や計画性への嫌悪感を別にしても、全体がもやっとしすぎてる」


 両腕を組んでレオニスが感想を述べる。


「『誰が』『何のために』、推測でもいいからここが立たないと、形が見えないな」


 ジェズルも同意する。


「推測ならばいくらでも立てられるが、材料のないまま立てたところで妄想に近い憶測だ。この辺りにしておこう。聞いてくれて助かった」


 結論の出ない場を締めようと、ミアンナが立ち上がりかけたときだった。

 コンコン、と空いている扉の戸枠を叩いた者がいた。


「もしかしたらお待ちかねじゃないのかい」


 庶務担当官マグリタが、手にしていた封書を示した。


「サレントのイゼリア・ホウラン応理監から、ラズト支部統理官殿宛てだよ」


―*―


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