05 偽盤
うわー見たかったなー、というのが、イストの第一声だった。
「ジェズルさんとミアンナ女史が兄妹ごっこ? そんな一世一代のおもしろ場面を見逃すなんて」
「『お兄ちゃん』呼びはなかなか新鮮だった」
真顔でジェズルがそんなことを言うのでイストは大笑いし、リーネはこめかみをぴくりとさせた。
「ミアンナさんが……演技をする貴重な機会を見逃すなんて……このリーネ不覚です……」
「お兄ちゃんと呼ばれて喜んでるのもちょっと許せないですね」という言葉はどうにか飲み込み、リーネはミアンナのことにだけ触れた。
「そんな話をしているのではないのだが」
ミアンナが真っ当に指摘すれば、全員――ジェズルも――「すみません」と言って姿勢を正した。
「だいたいは想定範囲内。『理術士の式盤』によく似せた『偽盤』を手に入れ、はじめは面白おかしく見せびらかしていたが、理術士なのかと尋ねられてつい『そうだ』と答えたところ、もてはやされてその気になった」
「とは言え理術の知識が全くないので、何か頼まれてもできることがないどころか、『それっぽい』ことすらできない。下手くそな手品や出鱈目の祈祷でその場を切り抜けるなどしていた」
ミアンナに続けてジェズルが話せば、聞き手たちは口を開けた。
「精神力強いっすね?」
「祈祷で切り抜けられたのも信じがたいです」
「全くだ」
イストとリーネの両方にまとめてミアンナは同意を示した。
「まあ、いつも切り抜けられた訳じゃないんだろう。巧く運んでいれば調律院支部のあるラズトになんてやってこない」
「あー、バレて逃げた先がここ? 運の悪い奴っすね」
「運がよいと言うべき。本格的に道を踏み外す前に捕まえてやれた」
イストの軽口にミアンナが言う。
「小金を稼ぐ程度のことはしていたらしい。無論、理術士を騙って金を稼ぐことは金額の大小に関わらず違法だが、それでもその程度で止められたことは大きい」
おかしな言い方になるが、もしあの男が「努力家」で理術や理術士、調律院についての勉強をして「本格的に」人を騙そうとしていたら。たとえば理術のように見える簡単な魔術道具を協会などで購入し、本物であると見せて多額の前金などを要求したら。そんなことをはじめる前に捕らえられたのは僥倖と言えた。
「問題は、その手の奴はまたやるってことだけどな」
レオニスが話に入ってきた。おおよそのことは既にジェズルから聞いているらしい。
「偽盤は取り上げた。少なくとも理術士の真似は難しそうだ」
ジェズルが肩をすくめる。
「その偽盤って、本当に……サレントの? あっ、もちろん、ミアンナさんの目を疑う訳ではないですけど!」
サレント自治領での無許可理術使用に関する事件。
装飾職人テオザは、かつてサレントで起きた事故で謂れのない嫌疑をかけられ、家族や仕事を失った。その後カーセスタに隠れ住むようにしてほそぼそと暮らしていたが、何をきっかけにしたものか、十年の時を経て復讐をはじめる。
最初は、当時関わった職人の家の壁を汚すという程度のことだった。だが最終的には、無差別の殺人未遂にまで発展した。
ミアンナとリーネはヴァンディルガの軍人のルカ、および対魔研究所員のツァフェンと協力してテオザを捕らえたが、直接テオザから話を聞く機会はなく、サレント側の主観が入っているであろう調書だけが情報源だった。
テオザがどうやって本物の式盤、それも構文が刻まれたものを手に入れたのか。もうひとつの設置型式盤を操作したのは何者なのか。そうしたことは未だ不明のまま。
サレントのカーセスタ外交使節所の首位たるイゼリア応理監からは、判ったことがあれば知らせると言われているが、いつ何をどれだけ共有するかはイゼリア次第でもある。
「サレントで拾った式盤は、偽物も本物も自治領に提出している。私の記憶にあるのは形状と大きさ、大まかな模様と、あとは」
ミアンナは自分の式盤を取り出し、縁の部分を撫でた。
「本物にはない模様のような刻印がここにあったこと。最初は制作上の誤りかと思っていたが、先ほどの偽盤にも同じものが刻まれていた。……何でも職人は、自分が作ったというしるしを作品のどこかに残すこともあるのだとか」
「まさか、その刻印がそうした『署名』だと?」
「その通り」
絵師が絵画に名を記すように、自らが作ったという証と、そして自負を。
「一応聞くけど、それが署名だとしても、『ふたつの偽盤が同じ職人の手による作品だ』ということにしかならんよな?」
レオニスが挙手をした。ミアンナはうなずく。
「そのことも確認済みだ。収穫祭の氷角鹿があまりに見事だったからだろう、町議会が次の催事にも使おうと残してあった。その片隅にも、同じ形のものが」
「おお……爺様どものケチが役に立った!」
「言い方」
おどけて言うレオニスを一応という調子でジェズルが注意した。
「先ほどの詐欺師、ハギという名だが、彼はテオザから購入したことを認め、調律院式理紋の偽造や所持が罪であることは知らなかったと繰り返していた。おそらく、そこは本当に知らなかったものと思う」
イストが同席していることを鑑みて、ミアンナは双理交織象紋の通称を使った。
「そもそもハギは、あれが調律院の紋章であることすら知らないようでしたね。知っていれば権威を利用したはず」
「先生」の家の紋章などと言っていた。あの時点では自分が罪に問われるなどと気づいていなかったはずだ。となれば、ごまかしたとは考えづらい。
「知名度足らんなあ、調律院!」
レオニスが茶化す。
「ビラ配りますかね」
イストも広報官らしい冗談を飛ばした。
「テオザが金に困っていて小物を売りにきたので買ってやった、この辺りもおおよそ事実と思える」
ハギも自分を正当化しているだろうが、仮にテオザを擁護して「ハギが売れとしつこかった」などと考えても、「テオザが偽盤を作り、ハギが買った」ことには変わりない。
「偽盤に関わるとなれば重要事項だ。本部にも報告はするが、ハギ自身の罪は大して問われないだろう。軽度の詐欺として短期間の留置、労働作業というところ」
理術に関わる事件であれば調律院が調査や罪状の確認を行い、刑罰の提案までを行うが、決定権はない。裁きは行われるが、重い罪や社会に影響の大きな事件でもなければほとんど形式的で、実際の決定権は町憲兵隊にあることが多い。
現状、調律院ラズト支部の統理官兼主理術士ミアンナと副統理官ゾラン、および副理術士ジェズルが検討してラズトの町憲兵隊に報告を済ませており、おそらく提案通りの罰が下されるだろうとみられていた。
「ハギの件はほぼ済んだとして、テオザの件がどうも終わらない」
ミアンナは唇を歪めた。
「テオザの人物像について、職人たちから聞いてある。あまり目立たない人物で、『魔術師嫌い』という評価をされていたのも、ほかに特徴がなかったためらしい。つまり、極端に毛嫌いしていたと言うよりは、好まないと発言したことがあった、という程度」
魔術道具の事故を思えば、そうしたことを口にするのも理解できる。周りがそういう形で彼の性格を際立たせ、テオザもそれを受け入れていた。
(どうでもよかったのかもしれないな)
ふとミアンナはそんなふうに思った。
テオザには何もなかった。本人はそう感じていた。
あんなに素晴らしい腕を持ちながら。




