04 もし望むなら
「――では方向性を定めよう。私は『理術を覚えるにはどうしたらいいのか』を知りたいと思っていることにする。ジェズル殿は『理術士の噂を聞いて妹を連れてきた兄』でどうか」
「少し年齢差がありますが、無難ですかね」
ミアンナとジェズルの年齢差は十ほどある。とは言え、親戚だの何だのと余計な設定を作るよりそれでいいだろうとジェズルもうなずいた。
「ただ、支部に理術士がいることをもう知っているかもしれない。何故そちらに聞かないか、ということになればどうしますか」
「『調律さん』なんて親しげに呼んでも彼らは所詮お役人で、そんなことは自分で調べろとすげなかったんだ」
「それは酷い」
さらりと言うミアンナにジェズルは顔をしかめてみせる。
「だから旅の理術士様ならご親切に教えてくれるかと思ったんです」
ミアンナが口調を普段より幼くするのをジェズルは苦笑を堪えて聞いた。
「……向こうが何を言うのか、段々楽しみになってきましたよ」
―*―
リッケの宿は「少し大きめの家」という程度で、三、四組も泊まれば満室になりそうな規模だった。
ミアンナは髪を少し乱して服を着崩し、ジェズルも同様にして眼鏡を外した。知り合いなら間違いなく気づかれるが、曖昧な印象だけの相手ならごまかせるだろう。
現に宿の主人はふたりに気づかず、旅人を呼んでくれた。
姿を見せたのは話の通り、三十代から四十代ほどの男で、話にあったように「旅路にあると思えば」薄汚れた衣服も不自然ではなかった。
「あの、理術士様でおいでですか」
ミアンナが問えば、男は何だかばつの悪そうな顔をする。これは、嘘への罪悪感と言うより、ミアンナのほうが――多少乱雑にしたところで――小綺麗なのは間違いないためだろう。育ちのよさそうな少女から「様」と呼ばれたことへの困惑だ。
「あ、ああ、そうだが」
それから気を取り直したように男は咳払いなどする。
「何かな。依頼ごとならば聞くが理術は安くない。払うのはそちらかな」
ジェズルに視線が行く。おかげで、とんでもない台詞にミアンナの目が吊り上がりかけたのは見られなかったようだ。
「いや、妹が理術を学びたいって言うんでね。どこでどうするのか聞かせてもらいに寄ったんだ」
ジェズルはすっと「兄」の位置に立った。そう簡単に払う気はないぞ、というような態度を取ってみせる。
「理術を?」
男は目をぱちくりとさせた。思いがけなかったのだろう。
「ええと、そうだな……ふ、普通は理術士に弟子入りする」
「弟子入り」
返ってきた言葉を彼女はただ繰り返した。相手の目が泳ぐ。
「お、おれは弟子を取ったことはないが、そうだな、師匠を紹介してもいい」
「まあ、ご親切な」
ミアンナは笑みを浮かべながら、自分の顔が引きつっていないのは奇跡だと考えた。
「紹介料でも取るのか?」
ジェズルは吝嗇な兄の演技を続ける。
「そんなことなら、話はなしだ。帰るぞ、ミア」
雑な偽名が出たが、この場限りなのだからかまうまい。言いながらジェズルはミアンナの手首を掴んだ。
「待ってよお兄ちゃん。まだ何も聞けてない。それに、必要ならあたしが出すって言ったじゃない」
言いながらミアンナはその手を振り払う。もちろんジェズルは軽く掴んでいただけなのですぐに引き離せた。
この言葉は話を続けるためでもあるが、相手を測るためでもある。この男は成人したかどうかの少女を騙して金を取ることに躊躇いを覚えるのか、それとも。
「いや、師匠は……王都だ、王都にいて。すごく偉い先生で、弟子になりたいと言ってなれるもんじゃないんだ」
途切れ途切れながら、男は言葉を紡いだ。
(いまのは罪悪感によるのか、それとも「紹介料」を取るのは無理だと判断して引いたのか)
(どちらにせよ、上手な詐欺師という訳ではなさそうだ)
ミアンナたちは探る目的で話を聞いているから余計な指摘などはしないが、もし本当に何かを尋ねにきていたなら、どうもはっきりしない「理術士」の物言いに疑念を抱くだろう。
「残念です」
口に出しては、彼女はただ落胆したふりをした。
「あの、ではせめて、式盤というものを見せてもらえませんか? 理術士の証だと聞きます」
「え? ああ……見せるだけなら」
男はもぞもぞと身体をゆすると懐に入れていた円盤状のものを取り出した。ミアンナはぐっと身を乗り出し、熱意を持って「式盤なるもの」を見ているふりをする。
いや実際、熱意はある。
「まあ、何てすてき。金属風に仕上げる色粉は、ずいぶん上手に働いたのですね」
「……何だって?」
「これを作られたのはどんな方ですか? さぞかし名のある職人の方だと思いますけれど」
「職人? ああ、まあ、その……」
「おい、依頼して作らせようなんて考えてないんだろうな」
ジェズルから巧い札が渡される。
「職人への紹介料だってご免だぞ」
「そ、そうか、そうだな、紹介料なら職人のほうからもらうさ。嬢ちゃんからは取らないでおこう」
「なんてご親切な」
ミアンナはぎゅっと拳を握った。感動でもしているように見えるだろうが、気を落ち着けているというのが正しい。
「どちらで依頼すればよいのですか? 王都でしょうか」
「いや、そこまで行かないよ。一日二日離れた程度の、小さな村だ」
「あら、この紋章のようなものは何ですか?」
それからふと気づいたというように、天秤の意匠について尋ねる。
「え? ああ、これは……職人、いや、さっき言った偉い先生の、しるしだ。その職人が知っていて、作るんだ」
「先生の? では、ご家系の紋章ということですか?」
「そ、そこまで知らんが、そうなんじゃないか」
少女がぐっと顔を寄せて聞いてくるので、男はしどろもどろになった。
「――調律院式」
すっと、ミアンナの声が低くなった。
「双理交織象紋の偽造、および偽造品の売買、偽造と知った上での所持は、厳罰に処される」
「へ」
男は目をぱちくりとさせた。もう兄役はしなくていいのか、とジェズルは眼鏡をかける。
「作った職人はテオザ。サレントで見たものと同じ。職人のどういう誇りか……縁の模様に見せかけて、自身の署名が刻まれているようだ」
「な?」
「貴殿は双理交織象紋のことは知らなかったと見える。それでも町憲兵への連絡は必要だろう。とは言え、調律院絡みの事件となればどうせ支部にくることになる」
「……は?」
「改めて。洗いざらい話を聞かせてもらうとしよう。ああ、もし望むなら理術について『教え』てもいい」
調律院直属専理術士にしてラズト支部統理官兼主理術士は、そう言って自身の式盤を示した。
―*―




