02 最低の詐欺師
ミアンナ・クネルはあまり感情を露わにしないが、何も感じていない訳ではない。
もっともそのときは、リーネが見たらぎょっとするほど、「気持ち」が表情に出ていたかもしれない。
「ほう……病気を治して、礼金を」
「そういう話をしてたよ。理術士が病気なんて治せるのかって聞いたら、高位の術士なら可能だとか何とか」
話を聞いた食事処の給仕は、相手が調律院の専理術士、つまりカーセスタ王国有数の「高位の理術士」であることに気づかないまま言った。ミアンナのことはかなり知られてきたが、それでもラズト住民の全員が彼女の顔を知っている訳ではない。
「理術士が医師の真似事をするとは聞いたことがないな」
素知らぬ顔で言うジェズルは眼鏡を外していた。彼はミアンナより顔を知られているが、眼鏡の有無でかなり印象は変わる。「眼鏡の理術士」という認識が強ければごまかせるという目算だ。
「だよなあ、俺ぁ眉唾ものだと思ったね。よそじゃ騙せたかもしれんが、ラズトを舐めてもらっちゃ困る」
鼻を高くして言う給仕の様子は、支部員にも誇らしいものだ。ラズト支部があることを住民が喜んでくれている。
「ただ、式盤を持ってたからなあ。理術士なのは理術士なんじゃねえかって話してた。フルシが調律さんに聞いてみるって言ってたけどほんとに行ったかな、あいつ」
ジェズルがちらりとミアンナを見て小さくうなずいた。フルシというのが昨夕調律院にやってきた人物で間違いない。
「その理術士に興味がある。今夜もくるだろうか」
「何か依頼ごとでもあるのか? やめときなよ嬢ちゃん。ニイちゃんも止めてやりな」
ミアンナが言うと善意の住民は、何も知らない少女が理術詐欺にあっては気の毒だ、と首を横に振った。
「何も依頼はしない。ただ、私は理術に興味があって、どんな構文を使うものか尋ねてみたいんだ」
「構文? ふうん、理術士を目指してるのか? なら調律院に行ったほうがいいと思うがな」
真っ当な助言をしてくる相手に素性を隠しているのはいたたまれなかったが、ここで明かせば向こうがいたたまれなくなるだろう。理術士たちは礼を言って話を切り上げ、感謝を兼ねて持ち帰り用の軽食を購入した。
「もう少し聞き込みますか。酒場辺りのほうが噂になっているかもしれない。ただ、私の顔は確実に知られていますが」
酒を主に提供する店はラズトに少ない上、その手の女将は客の顔を覚えるのに長けている。
「素直に調律院として尋ねに行こう。その方が、もし今夜に当人がやってきても知らないふりをしてほしい、と頼みやすい」
――金銭的なことを言うなら、酒場にとって調律院は「太い客」とは言えない。男性陣が行くことは行くが、どちらかと言うと「地元との交流」という仕事の色が濃いし、たとえば支部の慰労会のようなものでも開くときは発注もするが、決して回数は多くない。
だが店からすれば、「国のお役人さんと軍人さん」によくして悪いことはないし、彼らは酔って絡んだりしない「品のいいお客さん」でもある。加えて言うならレオニスの愛想の効果もあって、女将は彼女たちにたいそう好意的だった。
「よそからきた理術士ね! うちにはきてないけど、話は出てたわよー」
うんうんと大いに女将はうなずいた。
「みんな、何だか調律さんたちと違うって感じ取ってて、警戒気味だったわ。やっぱりそいつ、野良の理術士ってこと?」
先入観を持たれないよう、ただ「見たことのない理術士がきたか」という問いかけをしたのだが、「みんな警戒していた」と返ってきたということは、話を合わせている訳でもなく事実なのだろう。
「理術士は資格なので、どちらかと言えば『無許可理術使用者』だろうか」
カーセスタ内でこの言葉を使うとは、と少し皮肉に思いながらミアンナは述べた。
「あーそうだったわね。理術士ってことは国に所属してるってことだったわね」
うんうんと女将はうなずく。
「そうだ、話を聞くなら……ギータ、ちょうどいいところにきたね!」
振り返った女将が誰かを呼んだ。
「何すか、女将さん……うん? 婚約宴の依頼とかですか?」
野菜の木箱を運んでいた男は雇われ人か運び人か、何にせよ「店側」の人物だった。制服姿でないミアンナとジェズルは、酒場に宴席を予約にきた恋人同士とでも思われたようだ。
公務官相手なら理律違背を指摘するところだが、ふたりはただ否定した。リーネがいなくて幸いである。
「馬鹿だね、調律院の理術士さんたちだよ」
「あっ、そうか! こりゃ失礼」
見覚えがある気はしたんだ、とギータは言い訳をした。
「いえ、制服でないですからね」
ジェズルは相手をフォローした。
「ちょうどいいと言うのは、もしや?」
「そう、あんた、よその理術士と話したって言ってたろ」
「あー」
何を求められたか大まかに把握したギータは気まずそうな顔をした。
「あの、調律さんたちを無視しようってんじゃねえですよ。ただ、病気を治せるなんて聞くと、家内の持病もよくなるかと」
「理術は病を癒せない」
まず、専理術士はきっぱりと言った。
「また、それを手伝えるのは医師や薬草師といった人物であり、彼らとて必ず癒せるものではない。理術に限らず、確実に病を治すと口にする者がいれば、それは人の弱みにつけ込む最低の詐欺師だ」
珍しくミアンナの言葉に熱がこもった。ジェズルは眼鏡の奥の目を見開き、ギータに至っては恐縮で小さくなっている。
「へえ……」
「ああ、何もあなたを叱責しているのではないですし、罰したりすることもないですよ」
すっとジェズルはフォローに入った。
「ただ、いまの話は覚えておくと、きっと今後、役に立つでしょう」
「へえ、どうも……」
ギータは曖昧に言った。ミアンナは息を吐いた。
『必ず』
『治りますとも』
遠い日に聞いた声が蘇った。彼女はそっと首を振る。
「すまない。ジェズル殿の言う通り、あなたを非難したのではない。その理術士を騙った者について、どうか聞かせてもらいたい」




