01 理術士を名乗る人物
十一番目の月も後半を迎えた。降雪はまだ多くないが、曇天の日がほとんどだ。
そんな朝方の冷えた道で、ふたりの人物が歩きながら話をしていた。
「いや、それはさすがに非効率なのでは」
「しかし、複数の外套を購入して管理する手間をかけるより、微弱な熱量構文を使い続ける方が楽ではないだろうか」
「それはミアンナ殿だけです」
カーセスタ王国北西端、調律院ラズト支部の主理術士と副理術士は、理術士らしい、かつ気の抜けたやり取りを真面目な顔で行っていた。
「確かに王都では一枚外套があれば事足りましたが、この付近だと季節に合わせて三枚は欲しいですね」
「冬のはじめと半ばと……」
「終わりにまた、ぐんと冷えるんですよ」
指折り数えたミアンナに、ジェズルは顔をしかめた。
「こっちにきて五年になりますが、実際のところ、私もまだ苦手です」
「やはり支部の暖房機構を調整しよう。より早く暖まるように」
「ミアンナ殿仕様になると、後任が困りますね」
「む」
彼女は何も自分が天才だなどとは思っていないが、ほかの理術士より理術の扱いが早く、かかっている負担も少ないようだ、くらいの自覚はある。確かに自分にやりやすいように理術機構を変えてしまうと、ほかの者に迷惑がかかることは理解できた。
「とは言え、設置型式盤の範囲を無理なく広げられないか、セフィーヌ殿に相談しましょう。『廊下は寒くてもいい』という現状は、私も腑に落ちませんので」
「完全に同意できる」
大きくミアンナはうなずいた。
「それにしても、偽理術士、ですか……」
ジェズルは寒さの話題を追えて、重要な話に戻した。
――ラズトの町に理術士を名乗る人物がやってきたが、どうも様子がおかしい。そんな知らせが支部に入ってきたのは昨夕のことだった。
調律院の支部があるこの町の住民は、ほかの田舎町より理術に詳しい。と言っても「理術士とは国の資格である」とか「理術には式盤を使う」とか「彼らは役人の一種である」とかいう基本的なことだ。しかし、そうしたことが知られていない地域では「職業の一種」と捉えられていたり、「どこかに店舗や商会がある」といった誤解も珍しくない。
その自称理術士は、金で依頼を受けていることをほのめかしていたらしい。実際の理術士を目にする機会も多いラズトだからこそ、「それはおかしい」と気づいたのだろう。
「もちろん理術を『売る』ことは禁じられていますが、そもそも理術士でない者が理術を使えるはずもないのに」
「そうだな、魔力があれば近いことを行ってみせるのは可能だろうが、理術士を騙る意味はなさそうに思える」
魔術師としての技能があるのなら魔術師をやっているはずだ。理術士だと嘘をつく意義は感じられない。
公務官のふりをして信用を得てから騙そうとしている、という可能性はあるが、そのつもりなら「金で依頼を受けた」とほのめかすのは悪手だ。
理術士の試験に挑んだが合格しなかった者、という可能性も考えられなくはない。しかし、どうしたって「理術」を使うには式盤が要る。
「まさか不正に出回っている式盤がまだあるとは思いたくないが……」
「サレントの事件ですか」
ミアンナが呟くのにジェズルも苦い顔をした。
統理官は、自治領での出来事を支部員に説明し、出どころ不明の式盤がふたつもあったことや、事件に関与した理術士がいることなども全て共有した。大変由々しきことであると全員が思ったが、なかでも理術士には衝撃の強い出来事だ。ミアンナとジェズルはことあるごとにその話をした。
サレント自治領ではイゼリア応理監がすぐ調査に乗り出した。ヴァンディルガが思う以上に、カーセスタでは大ごとだ。調律院の本部でも式盤の出どころについては非常に気にかけている。
ミアンナは知らないことながら、ルカがアルドリックに話したように、理術士の倫理をはじめとする「正しさ」に頼った仕組みは危うい。巧く回っている間は素晴らしいものだが、崩壊がはじまれば早いだろう。
「何か判明すれば知らせる、と応理監は言っていたが、逐一報告は無理な話。しばらくは何か判ったかどうかも、不明のまま」
「仕方ありませんが、もどかしいですね……」
何度話しても、着地点はだいたい同じだ。材料が増えないままでは当たり前でもある。そうと判っているのについ話題にしてしまう、というのは彼女たちには珍しいことと言えた。それだけ気がかりだ、とも。
「ともあれ、まずは偽理術士の件。本物ふたりの前で何を言うのか見せてもらおう」
「騙し討ちのようで少々気が引けますが」
厳しく言うミアンナにジェズルがそんなことを付け加えたのは、私服姿でやってきているからだ。「理術に興味がある一般人」を装えばすぐに釣れるしボロを出す、と提案したのはレオニスだが、理術を詐欺に使うなど天秤を背負う者として許しがたい、とミアンナも乗ったのだ。
「調査のためだ、ジェズル殿……いや、ジェズル『さん』」
「確かに、友人を装うなら相応しい呼称が必要ですね、ミアンナ……さん」
呼び捨てにするか少し迷った結果、ジェズルも同様にしてきた。理律違背を気にかけたか、はたまたリーネの気配でも感じ取ったか。
「まずは偽理術士……『理術士殿』がいないところで、関わった方に話を聞きましょう」
ジェズルの言葉にミアンナはうなずいた。
―*―




