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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第八章

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09 悪い偶然

(さて、僕も気を引き締めよう。こうした大がかりな作戦に参加するのも初めてだ)


 彼の実戦経験としては、ねぐらの判明していた山賊を一網打尽にしたことと、連続窃盗をしていた盗賊を待ち伏せて捕まえたこと、町でたまたま掏摸(すり)をひっ捕えたこと、それくらいだ。役割の異なる複数の班と連携するようなことは経験がなかった。


(とは言え、隊長の指示に従って作戦通りに動き、不測の事態があれば臨機応変に行動、という基本は変わらない)


 この辺りの割り切りと覚悟ができる点が、軍人向きだと言われる所以(ゆえん)でもある。ルカ自身は知らぬことながら、ミアンナも彼の決断や行動の早さに何度も感心していた。


「そろそろだな」


 槍兵たちが動きはじめる。弓兵は別の地点で既に待機中だ。


「ルカ、お前は自分で決断できるな?」

「何だい、突然。『不測の事態』の備えか?」


 首をかしげてルカはハドローに問うた。


「俺ぁ、さっきの奴を見ておく。視野が狭くなって号令前に飛び出すタイプだ」


 先ほど彼らを咎めてきた兵士をちらりと見て、ハドローは囁いた。


「判った。僕は大丈夫だと思う。そっちは任せたよ」

「了解」


 気軽に片手を上げ、ルカはハドローが離れるのを見送った。

 ピイ――という笛の音がする。作戦開始の合図だ。ルカは軽く屈伸した。


(風向きはよさそうだ。煙の臭いと……音も聞こえてきた)


 彼らの出番はまだ少しある。と言ってものんびりしていられるほどではない。

 動き出せば、一瞬だ。

 少ししてから笛の音が短く三度続いて、魔物がおびき出されたことを知らせた。合図に合わせて投擲槍が風を切る。そしてドドドド、という轟音。重量のある巨大な生き物が地を揺らしていた。


(弓隊)


 強弓が適確に魔物を追い立て、広場に向かわせる。すぐに彼らの目にも、その姿が明らかになった。


「ヒッ」

「これは、大物だ」


 ハドローが面白がるように呟き、隣の兵士は顔面蒼白となった。


(すごいな、冗談みたいにでかい)


 「大きい猪」と判ってはいたが、大げさに考えて二倍ほど、人間の肩ほどの体高と思っていた。だが想定以上だ。成人男性をゆうに超える。


「あの浅い穴で足止めになるかね?」

「速度くらいは落とせるだろう」


 ルカは剣を抜いた。


「網が放たれたら僕らの出番だ。合図に遅れるな」

「おうよ」

「あ、ああ……」


 ルカは冷静に、ハドローは熟練らしい余裕で、ほかの剣兵たちは少々おののきながらもそれを見せまいと剣をかまえる。

 バキィ、と落とし穴の踏み板が割れる音が響き、ゴオオというような鳴き声が続いた。続けざまに毒矢が放たれる。その多くは魔物に命中し、作戦は順調に進んでいた。


「よし、野郎、もう数分でぶっ倒れるはずだ」

「作戦中の数分は長い、焦るなよ」


 ハドローのような慣れた者たちが若手に声をかける。その言葉は有用で、次の動きがあるまではルカでさえじりじりしたが、不安なく待つことができた。

 もっとも、大型の魔物討伐はしょっちゅうあるものではない。ハドローたちも見せているほど余裕がある訳ではなく、自分自身に言い聞かせていたものかもしれなかった。


「ルカ、あれが倒れたら登れるか?」


 そっとハドローが囁いてきた。ルカは片眉を上げる。


「無茶言ってくれる。網を手がかりにすれば何とかできるとは思うけど」

「可能だったらでいい、ここ、重点的に狙ってくれ。早く済むはずだ」


 ハドローは自分の首筋から首の後ろをとんとんと叩いた。


「やれそうならやってみる。期待はしないでくれよ」


 早く息の根を止めようという意見には賛成だ。


「俺がやらせた、と言うから」


 勝手な行動だと咎められないようにしてやる、と「兄貴分」は言うが、ハドローにそんな権限はないし、そもそもルカが乗ったなら同罪だ。


 もともとルカは頭部側担当なので、立ち位置に問題も生じないだろうが、近くの組には「好機があればそう動くかもしれない」と共有した。

 目立ちたいのか、と唇を歪める者もいたが、多くは「やれるんならやればいいんじゃねえか」くらいの温度感だ。ルカ自身は気づいていないが「アールニエなら本当にやるかも」という期待もありそうだった。


 笛の音と太鼓の音が重なった。魔物が転倒した合図だ。実際、ほぼ同時に地響きのようなものも伝わってくる。

 槍兵に続いて、剣兵たちが狩場へなだれ込んだ。鬨の声が上がる。

 巨大な猪は左向きに倒れていて、頑丈な縄網をかけられていた。まだもがいてはいたがその動きは強い眠気を堪えているかのようにずいぶん鈍く、見る間に弱っていく。


「牙と後脚には注意しろ!」


 隊長かそれとも別の誰かか、忠告が飛ぶ。

 槍が振るわれ、剣が振るわれ、魔物は地の底から響くような声を上げた。血の流れる不快な臭い。


「ルカ!」

「やってみる」


 彼は剣を一旦納めると、血に濡れた網縄の強さを確認した。それから一瞬で飛び上がる。見物する余裕などない兵士たちの間からも「おお」というどよめきが上がった。


「気をつけろ! まだ動くぞ!」


 魔物は身体をゆすり、首を振り、刺しこまれた刃やら上に乗った人間やらを振り払おうとする。ルカはぐっと重心を落として軸を安定させながら再び剣を抜いた。近くにいる者たちには見えないが、距離を取っている投擲槍隊や弓隊は、巨大な魔物より信じられないものを見たような顔をしていた。


「やっべ! 何だあいつ!?」

「よく落ちないな!」

「あの制服……候補生か!」


 鋼嶺隊は精鋭部隊として知られるが、それにしても尋常でない。そもそも近衛というにはずいぶん荒々しい。彼らは次々に驚愕の声を上げていた。


(急所はこの辺りか!)


 大きな動作は均衡を崩すことに通じる。ルカは小さく、しかし鋭く身体をひねって勢いを作り出し、魔物の首筋に剣を突き刺した。魔物はまるで呪うような低く太い鳴き声を発し、激しく身をよじる。ルカの上体がぐらりと揺れ、遠隔部隊から思わず悲鳴のような声が上がった。しかし彼がすぐに体勢を立て直したのを目にして、今度は安堵の息が洩れる。


「手ぇ止めるな!」


 近接部隊でさえルカの動きに気を取られ、思わず眺めてしまっている若手がいた。熟練が叱責する。慌てて彼らも再び剣を振るい――。


「あっ」


 悪い偶然だった。魔物が暴れ、擦り切れかけた網目が、振り下ろされた剣の下にあったのは。

 ブチブチブチ、と嫌な音がした。

 魔物は拘束が緩まったことをすぐ理解し、頭上の厄介な虫――ルカを今度こそ振り払おうと立ち上がる。


「まずい! 下がれ、下がれ!」

「弓隊!」


 怒号が入り乱れ、隊長の指示が飛ぶ。


「毒は効いている! 焦るな、時間を稼いで――」


 そうした地上での混乱はルカのもとにまで届いていなかった。彼はまだかろうじて固定されている縄を見つけて掴むと、暴れる魔物にしがみついた。


(耐え切れるか……!?)


 時間との戦いだ。とは言え、あまりにもルカの分が悪い。巨大な生き物の上という安定しない足場で、その足場は強烈に暴れているのだ。


「目だ!」


 そのとき、誰かの声が聞こえた。


「目を狙え!」


 ルカは広刃の剣を投げ捨て、腰から短剣を引き抜いた。


戦神(ラ・ザイン)よ!)


 一か八か、彼は足を踏み締め、前方めがけて飛んだ。どのみち、このままでは落下は避けられない。倒れた魔物の下敷きにでもなれば、圧死する。賭けだった。


「くっ」


 届かない――短剣を魔物の赤い目に突き刺すことは不可能だった。


「ルカ!」


 気づいた誰かが悲鳴のような声を上げる。ハドローだったろうか。

 その光景を見ていた者は自分の目が信じられなかった。

 ルカ・アールニエは魔物から落下しながら短剣を投げ、それが狙いあやまたず魔物の左目を貫いたのだ。

 魔物は一際大きな咆哮を上げた。

 全身の剛毛が一斉に逆立ち、重音を立ててその場に崩れ落ちる。

 土埃が舞った。


「終わっ……た……?」


 毒が回ったのか、それともルカの短剣がとどめになったのか、どちらにせよ魔物は少しだけ痙攣して、それから完全に動かなくなった。


「――ルカ!」


 いち早く駆け寄ったのはハドローだ。


「おい! 救護班!」

「こっちだ、早く!」

「担架だ、こいつを運べ!」


 若き鋼嶺隊候補生は、大地に倒れ伏したまま、ぴくりとも動かなかった。


[第九章へつづく]


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