08 初めてか?
猪のような姿をした赤目の大きな魔物、となると、剣兵や槍兵だけでは心許ない。投擲槍や弓も必要になる。
そもそも魔物とは、魔術師に言わせれば「異界の生き物」であって「この世の理屈」が通じない存在だ。
だが一般には、「獣とは違う、獣より少し賢い何か」くらいの理解をされていることが多い。実際、ハドローが話していたように、角や尾などが普通の獣と異なるだけで、いくらかは強いがその生態は大きく違わない。
しかし、なかには知能や力が桁違いの、異例の存在もある。
明らかに身体が大きかったり、赤く光る目を持つ魔物は、ただ「でかい獣」と思って対処すると痛い目を見ることになるだろう。
過去には、落とし穴に追い込んだつもりが明確に回避されたり、逆に人間が崖に誘導されたり、統率されたような群れの真ん中に誘い込まれたり、という事例も報告されていた。
「赤目の魔物が相手だってんなら、魔術師も欲しいがなー」
ヴァンディルガ皇軍では魔術師を登用しない――信用しない――が、傭兵上がりの兵士などは魔術師と連携を取って戦った経験もあり、味方であれば頼もしいことをよく知っていた。
「よー、アールニエ。お友だちの理術士呼んでくれよ」
これはよくない冗談だ。「ヴァンディルガ内の討伐にカーセスタの公務官の手を借りる」ことからして有り得ないが、「鋼嶺隊候補生が他国の公務官と『お友だち』」もよろしくない。もっともこれはルカの出自を皮肉ったものではなく、荒くれ者の考える「気の利いた冗談」だ。
「いもしない理術士より、あいつどうしたんだよ、対魔研」
「ツァフェンのことなら研究所に帰ったし、そもそも彼の能力は戦闘には不向きだ」
「けっ、使えねー」
簡単にルカが説明すれば、兵士は吐き捨てた。もし本人が聞けば、より攻撃的な嫌味を返すか、それとも全く相手にしないか、どちらだろうか。
「だいたい、この班が討伐に当たると決まった訳じゃない。おそらく、編成は別に組まれるだろう」
「そりゃ幸いだ。まともな指揮官にいてほしいもんな」
ナシムはぴくりとしたが、反応は返さなかった。実際、鋼嶺隊候補生は「班長」止まりで、指揮をする権限はない。
「ま、編成が発表されるまで、気を揉んだって仕方ないわな」
あくびなどしてハドローが言った。
「指揮官次第じゃ、金払ってでも降りるがね」
どっと笑い声がしたが、実際、ハドローやルカのような片手剣使いは、大きな魔物相手にはあまり役に立たないのだ。ある程度以上弱らせてから致命傷を負わせる役割という辺りである。
だが、もし指揮官が無能であれば、とんでもないタイミングで突入指示を出してくるかもしれない。ハドローはそういう警戒をしているが、この話の流れは「現在の班長は『まともな指揮官』ではない」「討伐隊長には別の人物が任命される」「万一にもナシムであれば降りる」と読み取れる。ほかの兵士たちはそれで笑ったし、ナシムの顔も明らかに不機嫌になった。
(やれやれ)
「弓や槍が主体になるだろう。僕やハドローは、任命されても後方だよ。出番はないかもしれないな」
ルカはすっと一般的な話に切り替え、指揮官云々の揶揄を終わらせた。
(次にナシムと同じ班になるときはいっそ)
(……「緩衝係」として任命してほしい)
役割であれば、不和に気づいていないふりで発言する、などという真似をしないで済む、と考えたのであったが、このやり方だからこそ不和が表面化しないということも理解していた。損な性分、とでも言うのだろう。
それから、およそ半月――。
赤目の魔物の討伐隊は、ルカが望んだほど早くはなかったが、軍という組織で考えるならかなり迅速に結成された。
ルカは隊員に志願し、一部に難色を示されたが、採用された。難色というのは、鋼嶺隊に求められるのはもっと華々しい活躍であることと、鋼嶺隊の相手に魔物は想定されづらいことの二点によった。候補生の任務として適切ではない、という考えだ。
しかしルカ自身が報告を上げた――もちろんナシムも巡回の報告書を上げていたが、循環業務の報告は軽視されがちだ――こともあって、その熱意が認められた。おそらくアルドリックが推してくれたのではないかとルカは思っていた。
「よう、候補生サマが地味で危険な討伐に組み込まれるとはな。罰でも食らったか?」
そう彼をからかうのはハドローだ。はたからはそう見えるのだ。ハドローはルカの性格を知っているから、志願したのだと気づいているはずだが。
「そっちこそ。金を払ってでも降りる、はどうしたんだ?」
ルカはおどけて返した。
「生憎、金欠でねえ」
特別手当が欲しいんだ、とハドローは言ったが、おそらくこれも冗談だ。指揮官には熟練の小隊長が任命されたし、槍兵弓兵も腕が確かな者ばかり。「実際以上の危険はない」と踏んだのではないか。それで危険手当がつくなら儲けものだ、くらいの気持ちがあるかもしれない。
調査隊によって、魔物の居場所はだいたい掴めていた。その上で、説明された作戦はこうだ。
朝の内から魔物が寝ている間に罠を仕掛け、音を立てるなどして魔物を目覚めさせる。煙の籠りやすい地形であるため、風向きをよく確認してから燻し出すことも行う。
罠を設置した広めの空間におびき出したら投擲槍で罠に追い込む。巨躯の魔物を落とすだけの穴を朝の内にそっと掘るのは困難だが、足を取らせる程度の浅いものなら可能だ。
勢いを削いで、弓兵が毒を塗った矢を確実に打ち込む。普通の猪なら死に至る猛毒だが、強靭な魔物は痺れる程度かもしれない。それでも投網をかけられるほどには弱らせられる目算だ。
毒が効きはじめるまで数分、その間は遠隔で脚部を狙った追撃を繰り返す。とにかく動きを鈍らせることを優先させる。
大型獣用の頑丈な網を数名で用意、補助縄で引き寄せて対象を転倒させたら、槍兵や剣兵が接近してとどめを刺す。――こういった概要だった。
あくまでも基本的な計画で、想定通りにいかないことも十二分に考えられる。罠に気づいて簡単に追い込まれず、逃亡や反撃を試みることもあるだろう。その場合は毒矢だけでも何とか打ち込めれば勝算は高くなる。もし無理なら一時撤退だろうが、それは怒った魔物を集落の近くに作り出すことになる訳で、可能な限り避けたいところだった。
「あとは撤退路だな。俺たちが逃げる経路はもちろん重要だが、魔物が村に向かって逃げたりしちゃ洒落にならん」
歴戦の指揮官は生き延びることの重要性をよく知っており、「皇国軍人が魔物に背を見せるなどけしからん」などとは言わなかった。もしそんなことを言えば傭兵上がりの連中はとっとと軍から抜けるだろう、という懸念もあっただろう。
村までは少し距離があるので討伐に関する直接的な影響はほとんどないが、魔物が畑を荒らしに行く程度には近い。
逃げた魔物が村側へ行かないよう簡易的な柵で防止はするが、夜まで潜伏した魔物が村の畑を荒らしに行くことまでは止められない。魔物が何を「思う」ものかは判らないが、もし恨みのような感情や、人間にやられたと理解して仕返しをしようと考えるほどの知能などがあれば、村人が危険に晒されることも有り得る。
「逃がしたときの想定」をするからと言って、逃してしまうのは最悪の事態を招くと思っておくように――指揮官はそんなふうに締めた。
「魔物退治は初めてか?」
ハドローが真剣な表情のルカに尋ねた。
罠の作成に人手は要るが、気配が多すぎてもいけない。資材を運んだり穴を掘ったりするのには彼らも参加したが、あとは専門班の仕事となり、彼らは待機だ。
「やる側になるのは初めてだよ。討伐を見たことはある」
「へえ」
兵士は片眉を上げた。
「『見たことがある』も珍しいな」
基本的に軍の討伐は、人里から離れた場所で行うものだ。ごく稀に村や町へ侵入を許してしまうこともあるが、語り継がれるほどの大事件で、何十年に一度もない。
「やんちゃな子供でね。噂を聞いてこっそり見に行ったんだ」
しれっとルカが言うとハドローは声を上げて笑った。
「おまえさんにそんな悪ガキ時代があるとはな!」
品行方正に見える彼の過去としては意外だろう。
「バレてこってり絞られたよ。そのときの隊長さんにも、親父にも、対魔研にまでね」
なおそのとき彼を叱ったのはツァフェンではなく、別の担当だ。ツァフェンなら「おもろー」だの「やるねー」だので済ませただろう。
「いまでは僕も叱る側って訳だな。……こんなふうに」
ふとルカは振り返り、茂みをがさっとかき分けた。
「げっ!」
そこには村の「悪ガキ」がひとりいて、見つかったことに目を白黒させていた。
「興味深いのはよーく判るが、この先は危険だ。魔物を誘き出すための煙に巻かれるかもしれないし、暴れた魔物が君の隠れている方に向かうかもしれない。君の身を守ろうと魔物を取り逃がせば、次は君の村が、家族や友だちが危険な目に遭うかもしれない」
淡々と、しかし反論の余地を残さず、ルカは言葉を連ねた。
「帰りなさい。もし残っているのを見かけたら、次は説教じゃ済まさないよ」
「ちぇー……」
「不満」を絵に描いたような顔をして、子供は未練ありげにチラチラ背後を見ながら村の方へと戻っていった。
「……というようなことをガキの頃に言われたのか?」
面白そうに見ていたハドローが茶化す。
「『よーく判る』だけが僕の言葉で、あとはその通り」
正直にルカは答え、またハドローの笑いを誘った。
「おい、余裕だな」
ほかの兵士がそれを聞きつける。
「真面目にやれよ」
「お? お前も初めてか? 緊張しすぎてもいいこたねえぞ、ほれ笑え笑え」
「笑うか!」
面倒見のいいハドローは、表情の硬いその兵士を次の標的にした。ルカは苦笑してそれを見送る。




