07 赤い目の魔物
「ルカ、ちょっときてくれ」
ナシムはその様子を気にすることなく、ルカを呼んだ。
「何かあったか」
「目撃者の話を聞くことになった。俺だけでもいいんだが、お前の判断も聞きたい」
「判った。待機隊はどうする」
「もちろん、考えてあるさ。……先行隊長、少しの間、隊を見ておけ」
少し視線をうろつかせてから、ナシムは年嵩の斥候兵に声をかけた。
「サンザ、頼めるか。長くて数十分程度だと思う」
ルカが続けた。サンザは片眉を上げたが、余計なことは言わず、了承の印に軽く手を上げながらルカに目線を合わせてうなずいた。
「目撃者というのは、魔物の?」
「もちろんそうだ。数日前の夜と、その前にもあったらしい」
「被害は?」
「出ていない。だからまだ調査段階で、討伐隊が組まれてないんだ。それくらい判るだろう」
「ああ、そうだな」
せかせか歩くナシムについていきながらルカは応じた。
「ナシムが主体で話をするんだろう? 僕は気づいたことを補足する形でいいのか?」
「ああ……いや、逆だ。俺がお前をフォローする」
「判った」
もしここにツァフェンがいれば「どっちの立場が上に見えるか考えたでしょ! おもろ!」とでも言うところだが、対魔研の男はおらず、こうしたナシムの自意識を感じ取って嫌な顔をするキーリーもいない。ルカはただ了承した。
「ああ、鋼嶺徒様」
村人たちは軍人の区別をあまりつけないが、ルカたちは制服が異なるので、「普通の軍兵より偉い人」と判断するようだった。
制度としては、鋼嶺隊候補生も無階級と変わらない。しかし実際には確かに、こうして班長を命じられるなど、「少し上」として扱われている。
「目撃者というのは?」
ルカが尋ねた。村人は新顔の彼に向き直る。
「へえ、こいつです」
と言われて前に押し出されたのは、成年前の十二、三歳と思しき少年だった。
「子供だと?」
背後のナシムを振り返らなくても顔をしかめているのが判った。ルカはさっと進み出る。
「名前を伺っても?」
「ワ、ワモ」
少年は少し緊張している様子だった。
「ワモ殿。見たことを聞かせてほしい」
「えっと、一昨日の夜、畑で……あの、うちの畑を見に行ったら、でかい影があって。暗いから距離が判らなかったんだけど、すげえ近いと思った。猪なら音を鳴らすと逃げるから、足を踏みならして大声を出した。そしたらそいつ、逃げないでこっちを見て」
少年はごくりと唾を飲み込んだ。
「目が、真っ赤に光ってた。そのとき、近かった訳じゃなくて、めちゃくちゃでかいんだって気づいた。襲ってはこなかったけど、悠々と引き返して……普通の猪じゃない」
「六日ほど前にもあったんですよ。荒らされた畑に、異様にでかい足跡が残ってた。たまにいる『ヌシ』の類に踏まれたんなら吉兆って言いますがね、赤目の魔物なら話は別だ。砦に報告させてもらいやした」
村の大人が補足する。
「赤い目の巨大な魔物だって? 本当に見たのか?」
ナシムの疑う声音は「子供の出鱈目だろう」と告げていた。それがあからさまだったので、ワモ少年がむっとした顔になる。
「本当だよ! そんな嘘言って何になるってんだ」
「どうして夜にわざわざ畑を見に行った? 悪さでもしようとしたんじゃ」
「夜に行く理由があったんだろう? 見回りは大事だもんな」
ルカはナシムの言葉にかぶせた。ここで少年を怒らせて、それこそ何になると言うのか。
「隣町に野菜を売ってきた帰りに、様子を見てきただけだ! 誰だってそれくらいやる!」
収穫物を荒らされれば生活に関わるのだ。獣や山賊を警戒するのは、畑仕事に携わる者なら当たり前のことだった。
「話してくれて有難う」
ルカはかっとなった少年に、変わらぬ温度で話しかけた。
「赤い目をした猪の魔物は大きかったんだな? 作物も荒らされた?」
「……しっかり食われた。いちばん力を入れて育ててたところだから、腹が立つ」
ぼそぼそと少年は返した。
「六日前にもあったと言っていたが、君はそのときも見た?」
「見てない。でかいのがいるらしいって話になって、だから畑を見に行ったんだよ」
「成程。しかし君自身が無事でよかった。獣にせよ魔物にせよ、普段は逃げるような生物が人間を襲うこともある」
ワモに目を合わせてルカは説いた。
「でも」
「作物が大事なのもよく判る。だが、無茶をして大怪我を負えば? 守れなかった作物以上の被害になる」
少年はうつむいた。
「君のやったことが間違いだと言うんじゃない。ただ、せめて誰かと一緒に行くんだ。ひとりが助けを呼んでくることもできる」
「……判った」
「よし。君の勇気は立派だ。赤い目の魔物には討伐隊を出す」
「おい、ルカ! 勝手な発言を」
慌てたようにナシムが声を出した。
「この報告を上げれば討伐隊は必ず組まれる」
ナシムの制止にルカは首を振った。
「万一にも却下されれば、僕が勝手にやるさ」
「無茶苦茶だ」
呆れた声を出してナシムは額に手を当てた。こればかりはナシムの言うことの方が一理あって、実際、ルカの発言は無茶だった。
何もルカとて、格好をつけた訳ではない。それどころか、ナシムが何も脚色せず公正に報告したとしても、出過ぎた発言だと判定されるだろう。
それくらいのことは判っているのに、口にしていた。彼自身、その理由も心当たりがある。
ミアンナが推測したように、ルカには「子供が謂れもない疑いをかけられる」ことへの忌避感がある。「内通者の身内」とされ続けた、自分の過去に通じるからだ。
もうひとつは――。
(ミアンナは、小さな女の子相手に、まっすぐ向かい合っていた)
妹を守るために式盤を使った子供から彼女はきちんと話を聞き、叱責し、そして咎を残さないようにした。
(……かなり影響されているかもしれないな)
「ミアンナくんのこと考えてる!」というツァフェンの声が聞こえた気がした。
―*―




