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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第八章

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04 どういう関係に?

 アルドリック司令官は何もツァフェンを除け者にした訳ではなく、礼儀正しく「ツァフェン殿もいかがか」と声をかけた。しかし対魔研の男は「真面目な話ばっかしでつまんなそーだからやめとく」と返事をしたあと、余計な一言をつけ加えて去っていった。


「それで、ルカ」


 砦のなかにも食堂はあるが、ゆっくり話をする雰囲気ではない。司令官室に食事を運ばせるという手段もあるものの、それでは息抜きにならないと言ってアルドリックは砦の周囲にある小さな繁華街にルカを連れた。

 〈赤の稲妻〉というその店は、夜は酒場をやっているが昼には簡単な食事を出す形態だ。ルカが以前にも連れてこられたことを思うと、どうやらここはアルドリックの気に入りであるらしかった。


「カーセスタの女理術士とはどういう関係に?」

「アルドリックまでそんなことを」


 去り際のツァフェンの置き土産がこれである。「ミアンナくんとのこと、ちゃんと閣下に報告するんだよ」。何を話せと言うのか。


「ツァフェンの無駄口だよ。確かに僕は彼女を尊敬できる人物だと感じているけれど、ツァフェンが散々茶化してきたような感情はない」


 休憩時間、かつ砦を離れているときは、上官と部下という関係もまた休憩だ。これはアルドリックから言ってきたことで、こうした際には彼らは名で呼び合い、「対等」となる。


「ふむ。対魔研の者が『視た』と言うのであれば、ルカが自覚していないだけということもありそうだが……」

「そういうんじゃないって」


 苦笑してからルカは、すっと表情を消した。


「――ツァフェンのあれには、『アールニエ家の者がカーセスタ人に情を抱くな』という警告が感じられる」

「ほう」


 アルドリックは杯を片手に相づちを打った。

 なお、杯の中身は軽い酒だ。ヴァンディルガでは特に不謹慎なことではなかった。もし酒が原因で失態を冒せば大問題だが、管理できると判断して本当にできていればかまわない、という考え方だ。こうした点も「武」や「剛」を尊ぶ国柄によるものだろう。


「アールニエ家の者と言うが、お前の曾祖父だろう。――カーセスタの密偵という疑惑があったのは」

「ああ、曾祖父は僕が生まれる前に亡くなっているし、祖父が子供の頃の話だ」


 ルカは苦い顔でうなずいた。


 曾祖父の現役時代など、二十歳ほどのルカからすればまるで太古のような遠い昔に感じる。しかし「ヴァンディルガ皇国」という大きな歴史の流れで見れば、「ほんの少し前のこと」。

 ルカの曾祖父グラース・アールニエは植物の研究者で、もともとヴァンディルガに住んでいた。二十代の頃、サレント地域の植生に興味を持って移り住み、そこで出会った女性と結ばれて家庭を持った。研究の報告などはヴァンディルガに向けて行っており、サレントに住んでこそいるが自分はヴァンディルガ人であると自認していたようだ。

 そんななか、思いもかけない容疑が降りかかる。カーセスタ王国に機密情報を流した、というのがそれだ。

 ルカはあまり詳しく聞かされていない、いや、ルカの父――グラースの孫――の時点で既に詳細を伝えられていないようだが、聞いたところではこじつけにしか思えないような出来事であるらしい。と言うのも、「曾祖父が町なかで人とぶつかって、相手の落とした物を拾ってやった」という日常の風景と、「その日、皇国の暗号通信がカーセスタ王国に洩れた」という二点が強引に結びつけられたのだとか。


 当時のヴァンディルガ皇帝は好戦的で、東の小国トランドリンに侵攻を繰り返しては更にその東にある〈騎士の国〉ナイリアンと対立していた。加えてサレント自治領への進軍も計画されるなど、カーセスタ王国としては気が気ではなかったはずだ。

 カーセスタはヴァンディルガを牽制しつつ情報を求めており、もちろんヴァンディルガは情報を与える訳にはいかなかった。

 調査の結果、情報を洩らしたのは別の人物であったと判ったのだが、「グラースがやっていない証拠もない」とされた。

 それからグラース・アールニエはヴァンディルガ皇国への強い忠誠を示す必要が生じた。一家はヴァンディルガ側へ居を移し、町や国に貢献することで、「やっていない証拠」の代わりをしなければならなかった。


 そしてそれは、グラースの息子、孫の代まで続き、その曾孫――ルカ・アールニエもその人生に大きな影響を受けている。

 ルカが鋼嶺隊を目指したのは彼自身の意思だが、こうして候補生の座に就くまでもさまざまな思惑が彼の周囲を行き交っていた。

 まず上がったのは、密偵疑惑のあった血筋を皇帝陛下の近衛につけるなどとんでもない、という声だった。続いて、そもそも疑惑に過ぎなかった上、もう六十年近くも経っている、かつアールニエ家はよく尽くしている、という声。

 それらについて意見を求められたのが対魔術研究所である。

 と言うのも、対魔研は疑惑の頃からずっと、アールニエ家を監視する役割を負っていたからだ。


 グラースからルカまで、四世代。そこに不穏な影は見つかっていない。だが一部の者はそれをして潔白と取らず、「対魔研の見張りが功を奏している」と考える。つまり、監視がなければ何かやったはずだ、と言うのだ。

 最初からアールニエ家には何の咎もないと判定する者もいる。不要な疑惑の目を向け続け、有能な人物を取りこぼすのは国としても失策だ、と。

 砦の司令官アルドリックは後者の立場にいて、ルカを支援してくれている。サレントの司令官テリヴァスなどは前者で、血筋ごとルカを気に入っていないところがある。

 だがこうした判断は、個人的な好悪だけによって行われる訳でもない。


「六十年……つまり、もはや一巡という長い期間をまたごうとしている。無意味な監視など、いつまでもやるものではない」


 対魔研はルカ・アールニエに問題なしと判定し、彼は鋼嶺隊候補生としての道を進んだ。だと言うのに、国はまだアールニエ家への監視を解いていない。


 アルドリックはこうしてルカを可愛がってくれているが、これはただの善意や好意でもない。ルカのような立場の人物に対して冷遇を続ければ、「本当に」カーセスタに与するようになるかもしれない。その方が危険だ、という懸念による。

 ルカが鋼嶺隊を目指したことでアールニエ家への監視が注目されたが、実は皇国内にはそうした過去の負債がいくつもあって、平和な時代である現在、問題視されていた。

 アールニエ家のように公的な監視がついているものはまだ判りやすいが、狭い地域でいつまでも後ろ指を指され、サレントやトランドリンへ居を移す一族もいた。彼らがヴァンディルガに恨みを抱いていてもおかしくない。


「危うい世であれば、過剰なほどの警戒も致し方ない。だが平穏な時代にそれを続けることは、いずれ訪れるやもしれん乱世に向けてわざわざ不穏の芽を育てているようなものだ」


 それがアルドリックの姿勢だった。

 永遠の平和などというものはない、と軍人は割り切っていて、「戦となったとき、お前に国への恨みから敵になってほしくない」と、当時十五歳だったルカに明確に告げたものだ。

 そしてあのときから、ルカはアルドリック・ドレイクスという人物に敬意を抱いている。


「それでも、監視を口実に対魔研を呼ぶことはできる」


 少し茶化してルカが言えば、アルドリックも口の端を上げた。


「どうだった、対魔研との調査は」

「引っかき回されたよ、僕もミアン……カーセスタも。手を貸してはくれたけれど、調査や僕の監視より理術の観察が目的なのを隠すつもりはなさそうだった」

「理術士と接する機会など少ないからな。サレントでの理術調査などいい名目だ、以前から狙ってはいたんだろう」

「ツァフェンが何を持って帰ったのかは判らない。ただ、理術制度の危うさのようなものは僕でも感じた」

「ほう、どういったものだ」


 アルドリックはただ促した。ルカはざっと考えをまとめる。


「理術士と式盤というのは本来、一揃いであるべきらしい。だというのに、ちょっとした悪意や欲望でその仕組みは簡単に崩れてしまう」


 偽物を除いても、本来存在しないはずの式盤がふたつ。テオザが使ったものと、地下に設置されていたもの。


「式盤は容易に作れないもので、管理もされているみたいだが、穴は大きそうだ」


 ルカは感じ取ったことを話した。ミアンナは理術士の倫理感を信じているようだったが――いや、彼女も「信じたい」のだろう。


「未解決の問題は大きくふたつ。無許可理術使用者はどうやって理術の式盤を入手したか。無許可理術の使用者はもうひとりいたのではないか」


 ルカは指を二本立てた。


「この問題はもうひとつの疑惑を生んでる。つまり、問題となる理術士、或いは式盤を手に入れて理術を操れる人間がひとりいて、サレントを荒らしている可能性」

「だからツァフェン殿は、また起きると」


 アルドリックは呟き、それから首を振った。


「休憩のはずが、報告をさせてしまったな」

「ああ、すみません、僕こそ。報告書も上げていないのに」


 概要が伝わっているとは言え、詳細を聞かなければ通じにくい部分もあったはずだ。ルカは一瞬「部下」になって謝罪した。


「いや、かまわん。だが、この先は別の話にしよう。たとえば」


 にやりとアルドリックは杯を掲げた。


「女理術士の話を改めて、というのはどうか?」

「勘弁してくれよ」


 ツァフェンならまだしもアルドリックにまでからかわれるようになっては、ルカも逃げようがなかった。


―*―


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