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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第八章

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03 境域監視所ダルフ砦

「ツァフェンの分析はわりと信じられると思ってるんだよな」


 それから口調を変えて、彼も考える側に回った。実際、テオザの動機としてはかなり近いところを押さえているように感じられた。


「えー、『わりと』『思ってる』? 無条件に心の底から此方の全てを信じてよお」

「普段の言動を考えろ。だいたい主観が入る以上、十割一致とは行かないだろ」

「一致とは行かないかどうかだってわかんないでしょ」

「それはそうだが」


 ルカは応じたものの、もちろんそれはツァフェンの言葉を全て信じることにはつながらない。しかしツァフェンは、やり込めたとでも思うのか、満足そうな顔をした。


「じゃあやっぱり、ルカくんはミアンナくんのことがすきー」


 続いてやってきたのはまたその話題で、ルカは嘆息した。


「突拍子がない。それに、どうしてそうした結論に持って行きたがるんだ? 思春期の少年じゃあるまいし」

「此方はずっと思春期だから?」


 とぼけた顔でツァフェンは首をひねった。


「それはそれで問題がある」


 真顔でルカが返せばツァフェンはけらけら笑う。


「だって面白いもん、惚れた腫れたになるとみーんなおたおたしちゃってさ。いろんな色して目がチカチカする。ちょーたのしい」

「視えるものについては判らないが、目が痛くなりそうだ」

「たのしーよ」

「楽しいから、という理由で他人の恋愛事情に口を出すのは、特殊能力がない人と同じだな」

「ふたつ言うね、ルカくん」


 「ふたつ言っていい?」などではなく宣言してくるのがツァフェンらしい。


「此方をその辺のニンゲンと同じって言うのはめちゃくちゃ無礼ね。あと、やっぱり自覚あるんじゃん!『恋愛事情』って!」


 温度差の大きい二点を続けざまに提示され、ルカは返事に迷った。


「――ツァフェン様、アールニエ様、まもなくダルフ砦です」


 そこに御者から声がかかる。


「やっとだよ」


 狭いところが嫌いだというツァフェンは唇を歪め、ルカは御者を労った。


「僕はここで到着だけど、ツァフェンは皇都近くまで戻るんだろう?」


 まだかかるのではないか、とルカは少し同情的に言った。


「ごじょーだん。この先に協会があるもんね。移動術でびゅーんだよ」

「対魔研が魔術師協会を使うのか」


 ルカが笑えば、ツァフェンは肩をすくめる。


「これは研究の一環なワケ。つまりお金(ラル)も対魔研から出るよん」

「……まあ、対魔研が税金で動いていることは忘れておくよ」

「ルカくんの給料だって税金じゃんね」


 だから真面目にやっているのだが、などとツァフェンに言っても無駄だろう。どうせ判って言っているのだ。


「アルくんには顔見せてくから、まだお別れじゃないよ。寂しくないからね」

「はいはい。……でも『アルくん』はやめろ。ドレイクス閣下と言えよ」

「嫌味野郎をどう呼んでも気にしないのに、閣下にはちゃんとしないと怒るんだねえ。好きなんだあ、アル閣下くんのこと? ミアンナくんとどっちが好き?」

「いつまで言うんだ」

「いつまでもー」


 アルドリック・ドレイクスはダルフ砦のトップたる境域守備司令官で、鋼嶺鎧帥(こうれいがいすい)という高位にある軍人だ。

 ルカからすれば師匠のような、かつ恩人のような人物で、ツァフェンが彼を軽口の対象にするとつい諌めてしまう。そうするとツァフェンが調子に乗るのもよく知っているのだが。


―*―


「ルカ・アールニエ鋼嶺徒、および対魔術研究所より出向のツァフェン研究員、サレント自治領よりただいま帰還いたしました!」

「はーい、閣下! ただいま!」


 ヴァンディルガ皇国南東地域、境域監視所ダルフ砦、司令官室――。

 ルカが敬礼をぴしっと行う隣で、ツァフェンはこれ以上ないほどゆるく帰還を報告する。


「ご苦労だった、ルカ・アールニエ鋼嶺徒、ツァフェン研究員。大まかな報告は既に届いているが、詳細は報告書を読ませてもらう」

「はっ、すぐに提出いたします」

「落ち着いてからでいい。もう済んだ事件だろう」


 これから対処することがある訳でもなし、と鷹揚に言う司令官は、ルカの父親よりやや上くらいの年代だ。額の深いしわと薄い頭髪は彼を実際よりも年上に見せるが、「箔が付いて助かる」というのが本人の言である。


「済んだと言えば済んだのですが」


 ルカはどう告げたものか迷った。


 「無許可理術の使用者を特定し、サレント自治領に報告する」という表向きの任務は確かに済んだ。ただ、ヴァンディルガとして不可欠である「無許可理術の調査を介してカーセスタ側に不穏な動きがないか確認する」という点においては、難しいところだ。


 少なくともミアンナやリーネに裏はない。彼女たちは事件に対して実直に取り組み、術者の足取りを真剣に追って、危険から人を救い、そして犯人の境遇にそっと悲しみを覚えた。一流の職人ほどの腕を持ちながら何故こんなことを――と。


 だが、「カーセスタ王国」としてはどうか。

 テオザに式盤を提供した人物や、文書棟の地下で理術を使ったと思しき人物が、まさかカーセスタ王国の指示で動いていたようなことはないだろう。それでも本当に、カーセスタは何も掴んでいないのか。或いは、利用しようとしていないのか。

 つまり、「理術に対して力を持つのは理術士制度のあるカーセスタだけだ」として、サレントを取り込もうとしていないか。ヴァンディルガはそうした確認をする目的で、調査員を送っている。


「全体像で言うなら未解決の部分も多いんです。術者の裏に何者かがいた可能性が浮上しました。直接的に無許可理術とは関わりが証明できないため、小官らは引き上げるしかありませんでしたが、カーセスタ側の好意によって術者の調書を提供されており、報告書に添えてあります」

「ほう」

「『好意』とか言っちゃっていいのお?」


 ツァフェンが絡む。


「ミアンナくんが、甘々のお子様に見えちゃうよ?」

「それは」


 ルカは詰まった。彼は誠実なやりとりと考えているが、周りがそう見ないことも理解はできる。特にミアンナのような年若い女性は、ヴァンディルガでは軽んじられる傾向もあり、向こうの調査員が若い娘だと知ったテリヴァスなどは「舐められている」と腹を立てたくらいだ。


「ま、でもそれもカーセスタの作戦かもね? 実際は精鋭でも、ヴァンディルガじゃ若い女ってだけで『名家のお嬢ちゃんの道楽』って判定するもんね?」


 馬鹿にしたようなツァフェンの言いようは、前回の報告のあと、実際にあった発言だった。

 と言ってもツァフェン発ではない。テリヴァスでもなく、もちろんアルドリックでもない。ルカが皇都ディルガンを訪れた際、上官から何と「善意で」言われた言葉だった。「お嬢ちゃんの道楽に付き合って実績になるとは、アールニエ鋼嶺徒は運がいい」という類。

 皮肉ならまだ受け流せるが、「そうした強運の持ち主が上へ昇っていくのだ」という話に繋がったことを思い出すと、向こうが本心から言っていたことが判る。思い出すと、何とも言えないものが胸につかえた。


「つまり、カーセスタが出してきたのは名ばかりの専理術士ではなく本当の実力者だ、というのがツァフェン殿の『判定』か」


 アルドリックが問えばツァフェンは肩をすくめた。


「此方は『判定』なんてする立場にありませーん」


 ひらひらと手を振って対魔術研究員はあくびなどする。


「式盤をばらまいてる奴がほんとにいるなら近い内にまたなんか起きるでしょ。此方が必要なら呼んでくれていいからね。此方は高いから皇軍はイヤがるかもだけどー」

「アールニエ鋼嶺徒とは面会義務があるのだろう? その名目でこちらに呼べば、必要経費は増えん」

「新たに派遣依頼はしないってワケだ。案外せこいね、閣下。ウケる」

「予算も無尽蔵ではないからな」


 真顔でアルドリックが返したとき、正午を知らせる鐘が鳴った。


「もうそんな時間か。着替えてこい、ルカ。一緒に飯にしよう」


―*―


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