02 ミアンナくんのこと考えてる!
サレントの町から関所を越え、ルカの所属するダルフ砦までは約一日。ラズト支部への距離と同じようなものだ。
道中は静かだった。ミアンナやリーネが聞けば意外に思っただろうが、ツァフェンもずっと喋り通しということはない。
彼がよく話すのは自らの能力を誇示するためであったり、相手の感情を乱して楽しむためであることが多い。となると、昔からよく知っていていまさらツァフェンの言動に困ったり怒ったりすることがないルカは、新鮮味のない玩具というところだ。
(だから、ミアンナに関するからかいが増えるんだよな)
男女に関する事柄は、ツァフェンほど他人にちょっかいを出す性質でない者でも口を挟み、からかいたくなる話題だ。ルカだって、たとえば同じ砦にいてよく話すキーリーが異性を気にしていたら、きっと何かしら尋ねたり助言を考えてしまったりするだろう。
(確かにミアンナは美しい人で仕事もできる。国には恋人のひとりやふたりがいたっておかしくない)
(……「ふたり」は失礼か)
心のなかの、それも一般的な言い回しにすら訂正を入れる、こういうところがツァフェンの言う「誠実お化け」なのだが、本人は至って普通だと考えていた。
(一緒に仕事ができたのは光栄で、また会えたら嬉しいが、だからと言って――)
「あ! ミアンナくんのこと考えてる!」
馬車の座席でだるそうに姿勢を崩していたツァフェンがガバッと起き上がった。ルカはぎくりとする。
「事件のことを思い出してただけだ」
ここで「考えていない」と否定するのは意味がない。この対魔研の男は「感情の痕を視る」という特殊な能力を持っており、近くの相手がいまどんなことを感じているかを読み取ることができるのだ。
「相手の顔色や場の空気を読むのが上手なだけ」とするには、説明のつかないことも多い。いまだってそうだ。
対魔研に在籍している者は魔術とは異なる特殊能力者である――という噂は、ツァフェンを見ていると真実味があった。
「テオザが何を考えて行動を起こしたのか、サレントからの調書では判らない。もちろん、僕らがそんなことを知る必要はないし、知ったところで何か進展がある訳でもない。ミアンナはどう思っているんだろうか。そんなことを考えてたんだ」
これも気になっていることではあり、口から出まかせでもなかった。
「じゃ、此方がだいたい組み合わせてあげよっか? 暇だもんね、砦まで」
「ただの推測じゃないか」
「そうだよー。でも此方が視たものと組み合わせるんだから、ルカくんよりミアンナくんより材料があるよ?」
「それなら言えよ、調査中に」
「頼まれなかったもーん」
へらへらとツァフェンはかわす。鋼監将の求めるような「協力」ならツァフェンのほうが上手だとルカは思った。
「それで? 聞かせてくれるのか? 正直、興味はある」
「よろしーい」
にやにやとツァフェンはルカに向き直った。
「まずはダーくんとこね」
「ダー……? ダリオス殿か、判った」
確認だけして、ルカはその愛称を受け入れた。
左官職人ダリオスは、自宅で保管していた塗料の缶を破裂させられ、外壁を汚された。テオザとの直接的な関わりはなく、問題の事故が発生した現場で働いていたことだけが共通点である。
「ダーくんが恨まれたのは、例の事故で儲けたから」
「何だって? いや、そんなことはないだろう。むしろ事故のせいで仕事がなくなったと話していた」
「でも補償が出たとも言ってたよねえ。そりゃ、実際に働くより多くもらったはずはない、それくらい此方だって判るけど」
「冤罪で仕事も家族も失った者から見れば、『あの事故で稼いだ人間』という扱いになる……?」
ルカは顔をしかめた。心情として想像はできるが、快い想像ではなかった。
「『目立った職人』というのはどういう意味かとも思ったが、ダリオス殿は仲間たちのためにも奔走し、補償を勝ち取った様子だった。それが『金の話ばかりしている』とでも映ったのだろうか」
「有り得る! それだね!」
ツァフェンは決めつけた。それとも、彼自身の視たものと合致したのか。
「だから、富の象徴でもあるダーの自宅を汚した訳よ。実際、立派なおうちだったじゃん?」
「それだって彼が努力した結果だと……ううん、そんなことを言っても無意味か」
「超無意味ー」
嘆息混じりのルカに、ツァフェンは軽く返す。
「倉庫のくっさいのはね、ミアンナくんの到着がもうちょい遅れたら、もっと拡散して騒ぎがでかくなってた。その上でなんとか商店の」
「〈ハザ商会〉」
「しょーかいの倉庫が原因だってことになったら、評判は落ちたろうねえ。『あそこは昔っから管理がなってない』って」
「昔の事故は、商会の所持していた道具が古かったせいで起きたらしいが、そこに結びつけるつもりだった、と?」
ルカはうなった。
事故が起きたのは道具の古さによったが、商会は少なくとも、危険を知って放置していた訳ではない。替え時が近いことは判っていて、検討中だった。結果的には「判断が遅すぎた」ということになるが、補償金を支払うなどの責任は取った。
だがそれ以外は商会に目立った問題はなく、たとえば「〈ハザ商会〉の管理は全て悪いからまた事故が起きるに違いない」などという中傷は的外れだ。遺族などからすれば納得いかないだろうが、あの事故は「運が悪かった」としか言えない。
「それからアーくん」
「アダワロ殿だな」
「ダーくん」からの流れとしては判りやすい。
「此方は会ってないけど、ルカくんの印象だと『苦労人』って感じ? 例の事故の後処理をぜーんぶやらされたんでしょ?」
「全部かどうかは知らないが、かなりの負担を強いられたようだ」
事故そのものの処理、原因の特定、仕事を失った職人への補償対応、土地利用方針の転換を決断したり、遺族の訪問まで――。当時を思い出すと吐き気がしそうだ、と冗談めかして言っていたアダワロだが、本心でもあったに違いない。
「つまり、偽物野郎からすれば、役人代表。自治領代表。自分を疑って引っ立てておきながら、冤罪と判ってもその後のフォローなし! サイアク! サイテー! 許すまじ!」
調子よくツァフェンはテオザの代弁を派手にやった。
「いや、仕方ないだろう……と、当人には思えないのも、理解はできるが」
苦いものを飲み下しながら、ルカは言う。ツァフェンはちらりとルカを見て、「だよねー」と知ったような顔をした。
「そこで、アーくん率いる自治領への恨みをドーンと!」
「アダワロ殿は率いてないだろう」
一役人だ。いまでこそ中堅だが、当時は新人に近かったくらいで、むしろ面倒な仕事を押し付けられた被害者という位置に近いくらいである。
「しかし、テオザがそのようなことを考えていたとすると……換気機構を壊して『設備の管理』と『死亡事故』の責任を全てアダワロ殿に取らせようと……?」
ぞっとする結論だ。そこまでの「気持ち」とはいったいどのようなものなのか。ルカもまた、ミアンナが考えるようなことを思っていた。
「ずっと恨んでいたのだとして。そこまでの行動を起こすきっかけはやはり、別れた奥方の訃報なんだろうか」
「そんなとこじゃない? 復縁の夢でも見てて、それがかろうじての支えだったりしたら、キレちゃうかもねえ」
「……つらいな」
「そう? 此方はへーき」
分析をした当人は、あっけらかんとしたものだ。
ルカもそれほど共感力が高い訳ではないのだが、テオザのことを事情を考えると、同情心めいたものも湧く。もちろん、つらかったからと言って罪が許される訳ではないこともよく理解しているが。




