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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第八章

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01 カーセスタへの協力


 結局――。

 三日が過ぎてサレント自治領から提供された情報は、彼らの推測から大きく外れたものではなかった。


 即ち、無許可理術の使用者テオザはかつて魔術道具の事故で「犯人」と疑われた人物である。サレントに暮らしづらくなり、妻子と別れてカーセスタへ移住。別離の原因となった事故の関係者を恨んでおり、当時の目立った職人のひとりダリオス、道具の所有者だった〈ハザ商会〉、事故処理を担当した役人アダワロを標的として悪意のある理術を使用した。

 ダリオスの家の壁や商会の倉庫の異臭までは軽微な犯罪と言えたが、アダワロの勤める文書棟で行われたのは無差別の殺人未遂であり、重い刑罰が課せられるだろう。

 式盤の入手経路については調査中。カーセスタの「協力」のもとで調べを進め、必要性に応じてヴァンディルガに共有する。


「それって『ヴァンディルガには教えねえ』だよね、ウケる」


 言葉の通りにケラケラと笑う白髪の男はツァフェン。姿勢の悪さとボサボサの頭からだらしない雰囲気を醸し出すが、こう見えても特殊な能力を持つ対魔術研究所員だ。

 ヴァンディルガは魔術師を信用しないが、警戒はする。そのための研究所だが、実態は不確かで、ルカのような鋼嶺隊候補生でも全容を知ることがなかった。


「当然だろう。式盤に関する情報は、カーセスタの機密に近い」


 教えられないことに全く頓着しないのは、ルカ・アールニエ。二十歳を過ぎたばかりの、ヴァンディルガの若者だ。

 凍土のような暗い色の髪は少し伸び気味で、襟足の辺りで跳ねている。均整の取れた体つきは皇国の軍人としてよく鍛えている証だ。ちょっとした動作でも姿勢が安定しているのが判り、体幹の強さが窺える。見る者が見れば、身体能力が非常に高いと感じるだろう。


「むしろ、カーセスタはよく共同調査を認めているもんだ、と思うくらいだよ」

「誠実お化けー」


 ツァフェンは茶化すが、いつものことだ。


「ルカくんはさー、もっと貪欲になりな?」

「大きなお世話だ」


 無視することなく律儀に返しながら、ルカは鞄を閉めた。


「よし、これでいい」

「あ! 此方(こなた)、忘れ物!」

「何だって?」


 これには彼も顔をしかめる。


「もう出るところだぞ」

「ミアンナくんからルカくんのために、思い出のよすが、もらってくるの忘れちゃったー」


 発されたのはそんな言葉で、ルカは額に手を当てた。


「あのな」

「ほしくない? 髪の毛とか言うとキモいから、制服のボタンとかもらえばよかったねぇ?」


 にやにやとツァフェンはルカを覗き込んだ。


「何を言ってるんだ、本当に」


 ミアンナ・クネル。灰色の髪をしたカーセスタ王国の理術士の女性。サレントで二度、事件の共同調査を行った人物だ。

 年若いながらも「専理術士」という高い地位に就いており、王国有数の実力者であるらしい。実際、その知識や理術はもとより、対応力や判断力にも秀でていて、まるで何十年もそうしたことを行っている熟練のようだった。

 ルカとしては、年下と見える彼女がそれだけ優秀であることに驚き、人として敬意を抱いているだけなのだが、ツァフェンは妙な形でからかってくる。


「あれ? それじゃ、リーネくんのリボンとかの方がよかった?」

「そういうことを言ってるんじゃない」


 リーネ・フロウドはミアンナ付きの理報補官で、理術士周りに発生する理術以外の業務を一手に引き受ける立場にある。彼女も若く、ミアンナより年下だろうとルカは考えていた。おそらく成人したばかりというところで、そのため「補官」なのだろう、と。

 感情が出やすいところがあってツァフェンにはよくからかわれていたが、その実力は、専理術士に付くことを認められているだけはある。


「そうだよね、ルカくんは明らかにミアンナくん派だもんねえ」

「いい加減にしろよ、失礼だろう」

「照れちゃってるぅー」


 どうにもツァフェンは絡んでくるが、これはこういう人物だ。もしルカがツァフェンと知り合ったばかりであれば、こうした言いように困惑したり腹を立てたりもしただろう。だが、ルカが子供の頃からこの調子なのである。適度に相手をして、あとは受け流すのがいちばんいいと知っていた。


「もういいな? 鋼監将にご挨拶をして出発しよう」

「えー、また嫌味聞きに行くのお?」

「『激励』」

「しゃーないなー、真面目くんは」

「嫌なら来なくていい。そもそもテリヴァス殿のほうでもお前が苦手だ」

「此方は平気だよー。それどころか、此方が苦手なんて聞くと、楽しくなってくるじゃん!」

「全く」


 本当にツァフェンが目を輝かせるので、ルカは余計なことを言ってしまったと気づくがもう遅い。対魔研の男は、サレント自治領ヴァンディルガ駐在軍事連絡室の首位である鋼監将オルグラン・テリヴァスをからかうことに決めた様子で、楽しそうな顔をした。


「――テリヴァス鋼監将。我らの出立に際しまして貴重なお時間をいただき、誠に有難うございます」

「アールニエ候補生。ご苦労だったな、『カーセスタへの協力』にはさぞ気を配ったことだろう」


 オルグラン・テリヴァスは四十代半ばほどの男で、髭面が特徴的だ。体格もよく、影で「(バル)」と呼ばれるタイプである。「若い頃に熊を倒した」という噂もあるが、おそらくあだ名から逆に発生した誤解だろう。口の悪い連中は「本人が自分で流した噂だ」と言うが、何にせよ真偽不明だ。


「もちろん、『協力』が任務でしたから」


 テリヴァスが暗に「他国の公務官と馴れ合うなど皇国軍人として情けない」とほのめかしたのが理解できない訳でもない。だが、確かに協力こそがルカの任務でもあったのだ。


「ふん、生意気な若造め」


 言い返したと取ったのか、テリヴァスは唇を歪めた。


「まだ至らぬことも多い身です。今後もご指導お願いいたします」


 ルカは真っ直ぐに返事をするだけだが、結果として相手はますます「生意気だ」と感じることになる。


「おもろー」


 そこにツァフェンが感想を洩らす。テリヴァスはツァフェンの口出しに嫌そうな顔を隠さなかった。


「ツァフェン研究員。貴殿の報告書がこちらに上がっていないままだが?」

「そりゃ、対魔研への報告書だからね。皇軍には関係ないでしょ」

「あることないこと書かれては困る」

「ウケる」


 ツァフェンはそれだけで済ませた。

 実際、ツァフェンが報告書をテリヴァスに提出する義務はない。現地の司令官が目を通してから本国へ上げるというのは慣例でしかないのだ。

 加えて、対魔術研究所は皇軍の管理外にある。鋼監将でも命令はできなかった。


「内容は小官が確認済みです。齟齬はありません」

「ふん」


 さっとルカが伝えれば、やはりテリヴァスは気に入らなさそうだった。


「いいだろう、アールニエ候補生。貴殿はこれ以上カーセスタに染まらない内に帰るのが最もよかろうな」

「痛み入ります」

「ほんと、おもろー」


 手まで叩いて笑っているのは、テリヴァスを煽っていると思われた。


「オルくんはね、もっと笑顔を見せたらいいと此方は思うな! きっとかわいーよ。ほーらにっこりしてみよ?」

「早くこれを連れて帰れ」


 もちろんにこりともしないまま、テリヴァスはルカに命じた。ルカはぴしりと敬礼したあと、ツァフェンの手首を引っ掴んだ。


―*―


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