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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第七章

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09 証拠はない

 ルカは顔をしかめ、リーネはきゅっと拳を握り、ツァフェンは目を輝かせた。


「うっわ、最高じゃん!? それって、ミアンナくんを出し抜いた理術士がいるってことでしょ!?」

「言い方ぁ!」


 先ほどまでしょんぼりしていたリーネだが、くわっと目を見開いた。ミアンナに対する当てこすりには強く反応する。


「どう言おうと同じじゃん?」

「ぐぬぬ」

「確かに、ほかの術者がいる可能性は考えていなかった」


 淡々とミアンナは認めた。


「それを言うなら僕もだし、ツァフェンもだろ」


 やはりかばうというよりは公正に、ルカが指摘する。


「えー、此方はまだ調べてなかっただけだもーん」

「それが通るなら、ミアンナも僕も同じだ」


 ツァフェンの屁理屈をルカが懇切丁寧に潰した。


「理術士は魔術師でもある。魔力のある人間を見落とすことはない。あのとき、地下に魔力を持つ者はいなかった」


 魔力を持つことは隠せない。「魔術師には魔術師が判る」という言葉があるが、それは何も「同業者は何となく判る」という程度の話ではなく、確実に判る、絶対に間違えない、という意味だ。


「あ、だから時限式って……」

「そう。時間差で発動させ、かつ、構文を残さないとなるとかなりややこしい構成になるが、不可能ではない。もっとも、そこまでして隠しているからには明確な悪意、殺意、何であれ意志がある。『知りませんでした』では済まされない」

「わー、ミアンナくん怒ってる。怒りはわりと明確だねえ、おもしろー」

「何も面白いことないでしょうが!」


 茶化すツァフェンにリーネも怒る。


「怒っている自覚はないが、ツァフェン殿がそう言うならそうなのだろう」


 他者が怒りを覚えているときに視るものと同じ何かをいまのミアンナに視ているということだ。これはなかなか興味深い、と彼女は考えた。


「しかし、それならテオザを尋問する理由になるな。ここで終わりというのはすっきりしなかったんだ」


 ルカが実に正直なことを述べる。


「えー、無理でしょ。やるとしてもミアンナくん側だけだよ。カーセスタとして」

「どうして」


 ツァフェンの口出しにルカは首をかしげた。


「理術のことだからか? とは言え、僕たちは無許可理術の」

「無許可理術という証明ができない」


 ミアンナはすっと割り込んだ。


「あ」


 リーネが気づいたように声を出す。


「もしかして、ミアンナさんの理術と不特定の理術士の理術が、サレントでは区別できないです……?」


 声をひそめたのは、ここがサレントの公務館であることへの配慮だろう。

 ミアンナはこくりとうなずいた。


「そう。サレントの検知技術で判るのは、術が行われた大まかな地域と、基本的な構文の種類だけ。となると、先の質量構文が申請者、つまり私であり、熱量構文が他者であるという判定ができない」

「うわー、ウケる」


 またもツァフェンだけ笑い、三者は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「それじゃ調査依頼はこない。こちらだけじゃない、ミアンナにも」


 嘆息してルカが続けた。


「ミアンナが自分ではないと伝えたとしても、それならテオザだと判定するのが自然。『別の人物がいた』という証拠はない」


 理術の理屈を説明しても、サレントではそれは「証拠」にはならない。

 ミアンナの発言を専門家の意見として重視するのであれば、続けて依頼もあるだろう。しかしサレントの立場としては、「カーセスタの言いなりになるしかない」という状況は望ましくない。

 せめてサレント側からの発信にしたいからこその、「無許可理術の検知」「両国へ調査を依頼」という形なのだ。


「カーセスタ側が式盤に関する情報提供を申し入れて、それが叶ったとしても、少なくとも僕ら……この四人で動くことにはならないか」


 首を振ってルカは、また息を吐いた。


「この件から外れることは、私も同様。つまり、式盤の出どころを探ったりテオザがどんな人物と関わったかなど、そうしたことを調べるのには私より向く者がいる」


 理術士として無許可理術の調査をする、という段階は終わった。イゼリアに情報共有を頼めば応じてくれるかもしれないが、応理監として不要だと判断すればミアンナにも何も洩らさないに違いない。


「あれー? 落胆してるの? 気にすることないでしょ、偽物野郎の裏に別の理術士がいたなら、どうせまた事件が起こるよお。そしたら此方たちの出番再び、でしょ?」

「お前には、事件を未然に防ぐ、という発想はないのか」

「ほんとウケる、それこそ此方たちの仕事じゃないじゃん」


 ツァフェンは全く悪びれない。もっとも、この男が反省するなど有り得ないだろうことは、ミアンナも理解している。


「すっきりしない。それはルカ殿が言う通りだ。しかし私たちがどう感じるかは、サレントにもヴァンディルガにもカーセスタにも関わりがない」

「国の手足であることを割り切れ、と?」


 ルカが問う。例によって皮肉ではなく純粋な質問だろう。


「手足まで行かない。せいぜい駒」

「ミアンナはそれでいいのか?」


 簡単に彼女が返すと、ルカの声の調子が落ちた。これは質問とは違う「何か」だ。


「調律院の理念は均衡。天秤を保つことは私の務め」


 ミアンナは正直に思うところを答えた。ルカが求めた「何か」は彼女には形が見えなかった。


「そうか」


 彼はそこで言葉をとめた。リーネが心配そうにふたりを交互に見やる。ツァフェンは何を視たものか、にやついていた。


―*―


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