08 奇妙な点があるように思う
(権威を見せること、時には強引に乗り切ること、私やルカ殿には必要だが、リーネには)
(……いや、理報官にも有用、か)
常にミアンナがいるなら不要だ。ミアンナがやる。しかしいまのような場面は今後もやってくるだろう。
サレントでの調査に限らない。ラズトでさえ誰もが彼女たちを知っている訳ではない。ましてや、もしラズトを出てどこかの町を訪れたり、或いは、人の多い王都に戻れば。
演じるように強く出て身分を主張する、そんなやり方が要るときもある。
(ただ、慌てることはない。リーネなら)
「リーネならすぐできるようになる」
口に出してはそうとだけ言った。リーネはミアンナを見て、「できていなくて申し訳ない」という感情と「期待されていて嬉しい」という感情が入り混じった顔になったあと、「わたし、やります!」という決意の表情を見せた。ツァフェンはにまにまとそれを見ている。
(ツァフェン殿にはさぞかし面白かろう)
何とか釘を刺しておきたいが、そうすればますます図に乗ってリーネをからかうのも目に見えている。悩ましいところだった。
「それで、そのあとずっと場を取り仕切ってくれたんだろう? 理報官というのはすごいな、僕には無理だ」
フォローのつもりと言うよりはおそらく純粋に感心して、ルカが辺りを見回す。庁舎の役人、町憲兵隊、避難誘導された者たち、いくらか混乱はしているが状況からすれば仕方ない。それでも大騒ぎになって逃げ惑ったり怒号が飛び交ったりしていないのは、リーネが上手に情報を回したからだ。
褒められたリーネが困った顔をしたのは「理報補官です」と訂正すべきなのか迷ったのだろう、とミアンナは推測したが、リーネからすると「警戒対象」であるルカに褒められたため、という理由もいくらかあった。
「ミアンナさんは地下に行ったんですよね。理術が使われたのが判ったからですか?」
物音がしていた上階に向かわなかった理由はそれしかなさそうだ、とリーネが水を向ける。
「ああ、上階で術者を捕らえれば術は止まるとも思ったが、どういう目論見でいるのかが気にかかった」
そう言って彼女は地下での出来事を説明した。地下にいた者を地上に返したこと、個室に人がいると聞いたこと、戸が開かず、冷えていると感じたこと。
「おそらく戸枠を冷やして凍結させたのだと思う。だがもっと大きな問題があった」
本当の目的は壁の中にある換気機構。少し冷えるだけでも動きが鈍くなり、もう少しすれば完全に止まったと思われた。彼女たちの動きが半刻も遅れれば、致命的なことになったかもしれない。
それを聞いたリーネは顔色を青くし、ルカは表情を引き締め、ツァフェンはやはり面白がるようにしていた。
「個室の中にいた者たちが焦って戸を叩きはじめた。こうなると半刻遅れたのとそう変わらない事態になる。とっさに扉を壊して救助したが……戸枠の凍結を溶かせばよかっただけだな」
ミアンナはまた反省した。瞬時の決断というのは必ずしも最良の方法ではない。
「中にいた人はすぐ安心できたじゃないですか!」
「僕もそう思う」
リーネは力強く保証し、ルカもうなずく。
「さっきの波動、それかあー。すっごいことすんね、ミアンナくん。此方そういうの好きよ」
ツァフェンは皮肉を言うかと思えば意外と好評だった。ミアンナは三人に向けて感謝の仕草をした。
「そこにルカ殿がやってきた。術者を捕らえ、式盤も取り上げたと言うのに、まだ壁に向けて理術が行われていた」
「えっ」
リーネが目を見開く。
「もしかして、さっき言ってた設置型って」
「その通り。書棚に設置型の式盤が隠されていた。術者が動き回っていたのは、携行型式盤の印象を強めるためだったのかもしれないと考えた」
「成程……確かに僕は、持っているものを取り上げればいいと考えていた」
「周到じゃん。さっきの浅慮くんにしてはなかなかやるね」
ヴァンディルガ組が揃って両腕を組んだ。
「少し説明をするが、通常の使用方法からすると、設置型式盤にこそ特定の構文が刻まれる。その場に置いておくということは、そこで固定の術を行いたいから」
「都市機構の管理などに使われているんだよな」
勉強熱心らしいルカが確認するように言った。ミアンナはうなずく。
「そうした大きなものはもとより、照明のつけ消しのような仕掛けにも使われる。魔術の灯りも簡単な装置でつけたり消したりするだろう、あれと同じようなこと」
厳密には基になる理屈が違うことを理術士はよく知っているが、大まかな説明として引き合いに出した。
「一方で携行型式盤は、通常はその時々で術者が構文を書く。刻んでしまえばそれしか使えなくなるから」
「でも、今回は熱量構文が刻まれていた。前回のタマラさんの件では、祖母君が生前に遺したと判ったが……」
「誰かが何かの目的で刻んだ。タマラ殿の式盤と似た形式の構文。そこも気にかかる点だが、こちらの設置型」
「それそれ。見たとこ、何か特殊なものが刻まれてるようには見えないけど?」
ツァフェンはわざとらしく身を乗り出し、ミアンナの手にある角形の式盤をじろじろ眺める。
「刻まれていない。だから『通常は刻まれている』という話をした」
「通常なら構文が刻まれる設置型にその痕跡がなく、通常なら刻まれることのない携行型に刻み込まれている」
ルカがまとめ、首をひねった。
「奇妙な点があるように思う」
「話して」
ミアンナは促した。
「以前、リーネさんが絵筆の話をしてくれたろう。刻まれている構文は、あらかじめ作られた色を含ませた絵筆のようなもので、渡されれば誰でも同じ色に塗ることができる」
たとえ話を覚えられていたことにだろう、リーネは少し驚いた顔をする。
「でも、色のついた筆ごと渡されたのでなければ、別の色を作り出す、つまり構文をその場で構成して術を使うことができるのは……」
「――理術士」
ルカが言い淀んだので、ミアンナ自身が引き取った。
「この式盤に構文を書き込み、術を行使した理術士がいる」
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