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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第三章

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10 帰る場所

 イゼリア応理監に最終的な報告を終えると、ミアンナは何か言われる前に、「明日の出立に備えて休む」と宣言した。


「ずいぶん早く帰りたがるな。ラズトはそんなに居心地がいいか」

「仕事がある」

「ゾランとジェズルで回るだろう」

「本当にそう思うなら、何故、私を統理官に推した?」


 ミアンナは片眉を上げて尋ねた。

 ラズト支部の統理官にミアンナ・クネルを――というのは調律院関係者のほぼ総意だったが、なかでもイゼリア・ホウランが強く推したと聞いている。


「念のために言うが、戯言は抜きで頼む」

「手厳しいな」


 「呼び出しやすいから」などと言われないようにミアンナが機先を制すると、イゼリアは肩をすくめた。


「そうだな。ラズトはお前に合うだろうと思ったんだ。半月で『ラズトに帰りたい』と思うほど馴染むとは予想外だったが」

「馴染む……?」


 ミアンナは眉根をきゅっと寄せた。イゼリアは苦笑する。


「自覚はなさそうだ。リーネはどう思う?」

「えっ」


 急に同じ温度で話しかけられてリーネは目を見開いた。


「ええと、ラズト支部のみなさんは、その、当たり前ですけど理術士のことをよくご存知なので、嫌な気持ちになることはないです。それに、みんなそれぞれの役割を持っていて……これは仕事のことだけじゃなくて、人間関係も均衡が取れているって言うか……」


 考えながら彼女はぽつぽつと答えた。


「正直に言うと、理報補官であるわたしは『理報官未満』という扱いを受ける覚悟をしていました。でも、わたしが補官であることをわざわざ言い立てるような人はいなくて……ええと」


 少し語りすぎた、と言うようにリーネは自身の髪をいじった。


「そう、ですね。応理監の仰るように、『居心地がいい』んだと思います」


 そんなふうに締めたリーネに、イゼリアは満足そうにうなずく。


「ミアンナ。反論は?」

「反論はない」


 簡単にミアンナは答えた。


「だが同意もしない?」

「同意できる」

「ほう」


 やはり躊躇うことなくミアンナは答え、イゼリアは面白がるような顔をした。それを見た理術士はわずかに嘆息する。


「もういいか。私たちは帰り支度を」

「まあ待て。今夜の食事くらいつき合え。サレント名物の火走り串を出してやる」


 立ち上がりかけたミアンナは、その一言でぴたりと止まった。


「火走り串。羊肉を強火で炙り、辛味の強い香辛料を最低でも三種混ぜ合わせたタレに漬け込んで提供するものと読んだ」

「よし、決まりだな」


 少女を長年知る女は、「詳しいな」などと言うこともなく、「釣れた」と判断した。


「明日の馬車の手配は済ませてあるし、土産も持たせてやる。少し遅くなるくらい、何てことあるまい?」


―*―


 おかえりなさい――という言葉をミアンナは少しだけ不思議な気持ちで聞いた。


「ミアンナ殿、リーネ殿。ご無事で何よりです」


 数日後――。

 調律院の入り口手前で彼女らを見つけたのは、副理術士ジェズル・ファーダンだった。

 カーセスタ王国調律院ラズト支部。

 ほんのひと月前には言葉の上でしか知らなかった場所が、「帰る場所」になるということ。


「わー、ミアンナ女史! リーネさんも! おかえりなさい!」

「我らが支部の華のご帰還だ!」

「おお、戻られましたか」

「まあ、統理官、理報補官。おかえりなさいませ」

「おっ……おかえり、なさい!」

「お疲れ様」


 それからイスト、レオニス、ゾラン、セフィーヌ、ウィントン、マグリタ――。支部の面々が揃っているのを見て、ミアンナですら目をぱちくりとさせた。


「勢揃いで、何をしていた?」

「もちろん、ミアンナ嬢とリーネ嬢の出迎え!」

「で、何を?」


 片目をつむってレオニスが叩いた軽口をミアンナは華麗に聞き流した。連絡を入れたとは言え正確な時刻は判らなかったはずだし、だいたい状況は明らかに「作業中」であったからだ。


「資料塔の整理です」


 ゾラン副統理官が答えた。


「新しい紙が届きましたので、古い定期資料を処分に回します。統理官にも確認していただきますが、明日以降で問題ありません」

「成程」


 資料塔から古い箱を下ろし、新しいものを運び込むなどしていれば、普段は塔に籠もりきりのウィントンも出ざるを得ないという訳だ。


「理術は使わないのか?」

「使いますが、何分(なにぶん)、数が多いので」


 ジェズルが苦笑した。人海戦術のほうが早い、ということらしい。


「おふたりは部屋でお休みを。風呂も沸いております。こちらはもう区切りがつきますのでお気遣いなく」


 ミアンナが参加すべく式盤を取り出そうとしたのを見て、ゾランは笑いながら手を振った。


「洗濯物。脱衣所にまとめておいて」


 マグリタが言った。


「こっちで洗濯屋に出しておくよ」

「えっでも」


 支部で発生する汚れものは、備品も含めてマグリタが町の洗濯屋に持っていってくれるが、旬に三度のことだ。今日はその日ではないはずだった。


「昨日は少なかったからね」


 持っていく回数が増えるのは手間だろうが、マグリタの気遣いだというのは明らかだった。


「有難う、お願いする」

「有難うございます、マギーさん! あっ、あと、出がけにくださったおにぎり(トーイナザ)、とても美味しかったです!」

「そうかい」


 マグリタは何でもないように返したが、少しだけ笑みを浮かべていたのがミアンナには見えた。


「えー、マギおばの握り飯、俺も食べたかったなあ」


 レオニスが額を拭いながら入り込んできた。


「何であんたに握ってやらなきゃならないのさ」

「前に差し入れでくれた、焼いたやつ! ウィントンもめちゃくちゃ気に入ってたよな」

「あっ……うん……」

「そうなのかい」

「あっ、目が優しくなった」

「うるさいね。どうせ近々、収穫祭の準備で遅くなるだろう。そのときにでも作ってやるさ」

「やったぜ」

「レオニス、こっちを頼む!」

「ほいほい」

「あ、僕も……」


 作業に戻る支部員たちを横目に、ミアンナとリーネは素直に部屋へ戻ることにした。無理に加わって気遣わせるよりは、さっさと休んで明日に備えたほうが互いのためだ。


「えへへ……何だか『帰ってきた』って感じしますね」


 二階への階段を上がりながら、リーネがどこか嬉しそうに言った。


「――そうだな」


 ミアンナも静かにうなずいた。


(馴染んでいる、と?)


 イゼリアの言葉が思い出された。

 嫌な気持ちはしなかった。


[第四章へつづく]

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