01 収穫祭
暗の月のちょうど真ん中、いわゆる〈月の女神の眠る一日〉と、その前後二日。ラズトの町の収穫祭は、その三日間を通して行われる。
もともとは真ん中の一日だけだったが、「前夜祭」「後夜祭」の類が大きくなり、いまでは三日ほど行う形になったのだ。
近隣から見物人もやってきて、文字通りの「お祭り騒ぎ」になる。普段はのんびりしたラズトの町憲兵隊も、この三日間はおおわらわだとか。
「いちばん近い砦から軍兵も招集します。ゾラン殿はそちらの指揮にかかりきりになるため、去年までは私が支部代表でした」
ジェズルが説明する。ミアンナは聞きながらうなずいた。
「では引き継ぎを頼む」
「承知しました。……とは言え、実際の運営は町の住民側ですからね。彼らの提案や依頼を聞いて、実際にできる形に調整するまでが準備段階。当日は予定に従って動くだけです」
去年の書類を引っ張り出してジェズルは続けた。
「たいてい頼まれるのは簡単な理術の紹介ですね。主に子供向けの、少し目を引くようなものです。ですが、もし見世物にするようなやり方がお好みでなければほかを考えますので、率直に仰ってください」
「かまわない」
簡単にミアンナは答えながら資料を見た。
「昨年は、光波構文で何を?」
「子供の服の色を変えて見せました」
「成程、驚きそう」
もちろん変えて「見せた」だけであり、実際の色が変わってしまう訳ではない。子供たちは大はしゃぎだったとか。
「あとは調律院そのものの紹介……これは、赴任地の祭事などではこういうことをやれ、という国側の指示によるので、『お堅い』『面白みのない』展示になります」
「収穫祭でやる必要があるのか?」
ミアンナは少し呆れた顔をした。
「誰も見ないだろう」
「仰る通りです」
ジェズルは苦笑した。
「それでも『ここに国の機関があるぞ』と主張しておくこと自体は、ラズトのためにもなる。余所からも人がきますからね」
「箔付け、ということ」
「そんなところですね。もっとも、展示資料自体はウィントンが熱意を込めて図画や模型を作っていますので、支部員たちは楽しく見ていますよ」
ウィントン資料塔担当官は、滅多に姿を見せない。ミアンナの赴任初日の事件以来、新しい統理官に苦手意識を持っている――訳ではなく、それが彼の常であるようだ。
「模型?」
「ええ、支部の模型や、小さな人型に式盤を持たせて理術を使っている様子を」
「毎年作っている?」
「一から作る訳ではありませんが、毎年更新されます」
「ふむ」
少し考えてから、ミアンナは口を開いた。
「ならば動線を考えて、人の目に付くようにしよう。調律院には興味がなくても、模型に興味のある者はいるはず」
「――ウィントンが喜びます」
そう言うジェズル自身も嬉しそうな顔をした。
「あとは、理術の花火だったか」
「はい。十年ほど前にハイム殿がはじめられて以来、近隣で評判になって。それで見物客も増えたようですね」
「改造さん」の異名を取った前統理官は、実にラズトのあれこれを改造していたようだった。
「町ではそうしたことを望んでいるのか?」
「訪問者が増えれば問題も発生しますので、実際のところ、少々の愚痴は聞かれます。ただ、経済効果も大きいのと、有難くも花火は見応えがあるということで、全体的には歓迎方向です」
「成程」
全ての人間が万事納得するようにはいかない。たとえ数名の関係性でも完璧にはいかないのに、数千人となれば当然である。そして調律院は、「全体的な意見」のほうを採る立場だ。
「問題の処理は町の仕事だが……可能なことは手伝う、という形はどうか。支部員に負担がかからない程度に、だが」
やはり考えながらミアンナは提案し、ジェズルもまた笑んだ。
「みんな、喜びますよ」
―*―
ふたりの理術士がそんな話をしていたのは、ミアンナたちがサレント自治領から帰ってきて数日後だった。
それからジェズルの話の通り、町議会からの依頼がやってきた。依頼内容は前回と同じだが、ミアンナではなくジェズルにやってほしいという要望がわざわざあって、リーネが憤然とする一幕もあった。
「失礼ですよ! いくら何でも!」
長老たちは、最初は「去年までそれで巧くいっていたので同じにしたい」という意味合いの説明をしたが、ひとりが「子供の発表会になっては困る」と口を滑らせたのである。寄合所に出向いたのは当のミアンナとリーネであったが、その場でリーネがキレなかったのは奇跡であった。
ミアンナ自身はいつも通り全く気にせず、「その方が納得する者が多いのであればジェズル殿に任せるのが望ましい」と判断した。そこには特に怒りも悔しさもない。老人たちから見れば、成人として見なされる年齢であろうと「十五歳が子供」であるのは当然だからだ。
「実は、私が受け持つことになったときも同じ反応でした」
嘆息しながらジェズルが言った。
「ハイム殿にやってほしい、と。ハイム殿ははねつけましたが……」
「喧嘩をしても仕方がない。いまはジェズル殿が信頼されているように、私も実績を積み上げていくだけだ」
とても十五歳とは思えない言いようは、本当に彼女の本心であった。
「構文の案出しには私も参加しよう。それから花火は、去年の構成を教われば、私の方で主な役割を担えると思う」
「いえ……」
言いかけてジェズルは言葉をとめた。
「助かります、お願いします」
去年までは彼がひとりでやっていたのだから、負担はあれど、難しい話ではないのだ。だから「自分でできる」と言おうとしたのだろう、という推測はついた。
(言い直したのは、「新人にも役目を与えてやろう」か「お任せしないのは失礼だ」か)
この副理術士が常にミアンナを立てていることも、年齢や経験を笠に着ないのも承知だ。ただ、いまの判断の軸はどちらにあったのか、という話である。
(もっとも、無理だと思えば私に任せることはあるまい。経験者である彼が私にできると判断したのであれば、私はそれを信じ、応えるだけ)
これは「理術士同士の判断」だ。ジェズルの方でも、ミアンナの推測を感じ取っただろう。それでも「悪く思われなかっただろうか」などと気にはしない。「どちらであれ、任せたという意図は伝わった」と判定したはずだ。
(理術士相手は楽でいい)
(相手の「気持ち」を考えないで済む……と言えば語弊もあるが)
もちろん、何でもずけずけと言ってよいということではなく、「誤解の生じそうな言動」で誤解がほぼ生じない。つき合いが長くなれば、省略できるところをどんどん省略するようにもなる。
まだミアンナとジェズルはそれほどお互いを知らないが、これがもし十年単位でやっていくようになれば「演し物は二八、花火は逆で」「承知」くらいで終わりかねなかった。
もっとも、理術士たちに「気持ち」の部分が存在しない訳でもない。言うなれば整理がとてつもなく早いだけであり、何も感じないのとは違う。
ミアンナは特に、感情が薄いように見えるだろう。彼女に比べたらジェズルだってとても感情的だと言えそうだ。
ラズト支部へやってくる前、特にそれを案じていたのが理術士としてミアンナの先輩にあたるネネティノだ。彼女はミアンナに理術士としての基本を教えたが、それでも時に理術士らしからぬことを言った。
「世の天秤であれ」。調律院の基本理念だ。
だがネネティノは――。
『天秤に縛られないように』
『均衡は大切なもの。それでも、もっと大切なものがある』
時折、彼女はそんなことをミアンナに言った。
ネネティノの言わんとすることは判っていた。「理術では測れないもの」――心だとか、情だとか、そうした類だ。
何もミアンナはそれらを軽んじるつもりはない。彼女自身には理解できないところも多いが、気持ちによって動き、強い思いによって困難を打破する人々がいることは知っている。それを否定するつもりはない。
彼女自身は「強い思い」というものをあまり抱かないが、そうしたものは生得の能力だと思っている。激しく動く心は生まれながらのもの。心の力を使って選択や行動をしていくのは学習の結果。自分が魔力を生まれ持ち、学習の結果として理術を操るのと同じこと。
理術を理解できない人物がいるように、自分は感情のことがあまり理解できない。だからと言って軽んじることもないし、自己を卑下することもない。理術を操れない者でも理術を尊重し、使えないことを嘆かないのと同じことだからだ。




