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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第十三章

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06 確認したいこと

 年の終わりが迫るサレント自治領は、雪風景にもかかわらず、いままでのどの訪問より慌ただしく見えた。

 人々は足早に歩き、周りをろくに見もしない。ぶつかっては謝罪もせず、罵りの言葉を発する。喧嘩に発展しないのは、寒さのためか、そんなことをしている暇はないからか。


 ――イゼリアや本部からの情報も合わせて、事件までにハイムがたどった道筋は、ほぼ見えた。

 長年苦楽をともにした理報官ユノレットの引退と死が、おそらくはきっかけだ。ハイムはそれを忘れようとするかのように仕事に打ち込んだ。ラズトの町で「改造さん」と呼ばれるようになるほど様々な改革をもたらしたのも同じだ。或いは、ユノレットがいればどこかで「やりすぎだ」と制止していたのかもしれない。

 支部では悲嘆を見せなかったが、時折ラズトから離れた町で神殿に行き、死んだ相棒を悼んだ。そこで妻を亡くしたテオザと知り合い、話をするようになる。そしてテオザの境遇と技能を知り、仕事を与えた。偽盤作りだ。

 それから「個人的な研究のため」に新しい式盤を手に入れては偽盤と入れ替え、破棄したと偽った。引退して「記念品」となった彼自身の式盤は重要な機構を抜かれているが、手元には通常使用が可能な式盤を所持していたということになる。

 テオザとの間にどんなやり取りがあったかは定かではないものの、テオザによればハイムが復讐を煽った。ハイムの助力でテオザは式盤を用い、その間、ハイムは文書棟の地下に設置型式盤を仕込んだ――。


「やはり、『何のために』が足りない」


 何度目になるか、ミアンナはそこを指摘した。


「これがハイム殿でなければ、『自己顕示欲』で納得していたかもしれない。しかしそれを答えとするには、彼を知る者が多すぎる」


 ラズト支部の誰ひとり、「有り得るかもしれない」とすら考えなかった。


「ハイム殿は適切な理由を用意して提示してきたが、支部員たちの理解度に負けた、と。面白い皮肉だ」


 イゼリアは両腕を組んだ。


「つまり、本当の目的がある。しかしその手がかりすらない……いや、私の手のなかにあるのかもしれないが、私がそれに気づけていない」

「またひとりで負う気か?」


 ミアンナの呟きにイゼリアは片眉を上げた。


「私が勝手に『私たち』の咎にする訳にはいかない」

「誰も気づけていないのは事実だろう。それとも誰かが気づきながら隠していると?」

「いや、そんなことは思っていないが」


 みな、誠実に対応してくれた。言いにくいことも口に出し、真摯に資料と現実に対処した。そしてウィントンまでがミアンナらの無事を祈って送り出してくれた。


「それなら『私たち』だ。そこには私も入れろ。その上で確認しよう。気づいていないのは我々の咎だと?」

「……咎ではない。まだ見つけられていないだけ」

「よし」


 師を気取ってイゼリアはうなずく。講義を受けたことがある以上、師と言えなくもないのだが。


「そこで、これだ。まだ判らないことの代表格」


 ぽん、とイゼリアは綴じられた紙束を叩いた。そこには「『ラーデン危機』と呼ばれるヴァンディルガ皇国とカーセスタ王国の武力衝突回避についての所見」という長ったらしい題名が書かれている。署名は「トーゼル・ケンブ」とあった。


「ハイム殿が当時サレントにきていたことはカーセスタの記録にもある。ケンブ殿に理術士の死亡事故について話したのもまず彼で間違いないだろう。そこで、ここにひとつだけ浮いている謎がある。判るか?」


 師は尋ねた。ミアンナはうなずく。


「何故、ラーデン危機について語るときに偽名を……シャッハの名を使ったか」


 テオザと偽盤からはじまる一連の流れに、この出来事が入らない。それがイゼリアの言う「浮いている」だろうとミアンナは答えた。


その通り(アレイス)。『シャッハ』が学び会の主催者と話したのはサテラ氏の亡くなる前。テオザと関わるより古い話だ」

「汎理術士であったサテラ殿は当然、ハイム殿の素性も本名も知っていたはず。だからその名は対ケンブ殿用ということになる」


 本名を言いたくなかった、という理由はすぐに思いつく。機密とまでは行かないが、安易に語ってよい内容でもない。誰が洩らしたか知られないように、という偽装。

 だがそれなら、同じ偽名を使うべきではない。「シャッハ」はこうして特定されている。もし異なる名前であれば、ルカもイゼリアに伝えようとは思わなかったはずだ。サテラの線からたどってやがて気づいたとしても、もっと時間がかかったろう。


「『シャッハ』を使う理由があった。少なくとも彼にとっては同一の流れだった、という考え方もできそう」


 ミアンナが続ければ今度はイゼリアがうなずいた。


「同感だ。ここに、まだ見えていない手がかりのかけらがあるとは思わんか?」

「根拠は薄い」


 まず冷静に、ミアンナは返した。それからケンブの資料を手にする。


「でも、攻めてみる価値はある」


―*―


 外交使節所内の客室は、このところすっかりラズト支部統理官専用となっている。


「何だかくるたびにわたしたち向けに整えられてるみたいで、恐縮します」


 リーネは鞄を片付けながら言った。

 はじめは、「別の来客があるかもしれない」ということで一室をふたりで使っていたが、前回からひとり一室だ。「別の来客があれば外に宿を取りますのでご心配なく」とワコがきっぱり言っていた。


「邪魔者とは思われていない様子」

「そ、それはそうですよ! だって、依頼があってやってきてるんですし!」

「なら、恐縮も不要」

「あっ……えへへ」


 その言葉にリーネは照れ笑いのようなものを浮かべた。ミアンナに自覚はないが、イゼリアがミアンナにしたことをミアンナはリーネにしていると言えた。


「このあとどうするんです? イゼリアさんから何かありました?」

「まず、ハイム・トラルガの名と経歴、容姿等をサレント及びヴァンディルガに共有することが決まった」


 淡々と強烈な説明がきて、リーネは固まった。


「これ以上遅らせられない。王国軍には反対意見もあるようだが、調律院としては隠すべきではないと意見が統一され、陛下の承認も得られたと」

「じゃあ、もうみんな……知ってるんですか」

「そこまで悲壮にならなくていい。何も陛下の名で国中に公表された訳じゃない。知るのは一部の者だけ」


 調律院という王都でも中枢に近い組織の直属といえども、彼女たちが国王の姿を見ることなどほとんどない。王族への「遠さ」は庶民と大して変わらない程度だ。

 だからこそ、「国王の承認」は重く見える。実際には、承認は承認に過ぎないが。


「イゼリアが正式な文書を作っている。私たちは一旦待機だが、ひとつ用もある」

「何ですか?」

「文書棟を訪ねる」

「何か調べるんです?」

「いや」


 ミアンナはワコから渡された紙片を開いた。


「アダワロ殿から要請があったそうだ。私が戻ってきたら少し確認したいことがあると」


 サレントの役人であるアダワロは、かつての魔術道具の事故を担当してテオザの復讐対象になった。いまは文書棟の管理者のひとりで、総点検も担当しているとのことだった。


「総点検の何かでしょうか」


 ラーデン危機の資料が点検対象であることを考えたのだろう、リーネが不安そうに問う。


「それならイゼリアでもいいはず。私にということで、テオザ絡みか、地下の扉を粉砕した件」

「……まさかまだ気にしてないですよね?」

「気にはしていない。賠償を請求されれば払うと言っているだけ」

「されませんってば!」


 気にしてるじゃないですか、とリーネは苦笑じみたものを浮かべた。


「時間があるときに、とのことで、重要度は低そうだ。だがまさに時間がある。出向くとしよう」


―*―


 ラズトの町で購入した新しい雪靴は、少女の足にぴったりと合い、彼女たちは危なげなく雪道を歩いた。


「外套も素敵なのがあってよかったですね!」

「色もいい」


 基調は理術士の制服に近い色をしているが、首周りや隠しの縁取りに明るめの青が入っており、いい特徴になっていた。

 支給されている外套は薄手で、王都向きだ。ラズトやサレント辺りの冬には少々厳しい。支部員たちの助言で、彼女たちは発つ前に、冬靴や外套を――もちろんラズトの町で――用意した。

 ラズトの服屋は、忌憚なく言えばいささか野暮ったい意匠のものが多かったが、親の跡を継いだ若い店主が王都の流行を取り入れ、リーネの心を掴んでいた。ミアンナは機能重視派だが、洒落ていて悪いことはない。公務官として許容できる範囲でリーネの提案に乗った。


(リーネの「気持ち」は推測できるようにも思う)

(ともすれば深刻になるだけの状況。何とか楽しみを見出し、沈み過ぎないようにしてくれている)


 リーネ自身にその自覚があるかはともかく、こうした言葉はレオニスの軽口と同じような効果があった。

 場の空気を変え、理術士を引き上げる。

 そうして彼女たちは、新品の外套に氷雪をまとわせながら、あの日駆け込んだ文書棟にたどり着いた。


「カーセスタ王国調律院所属理術士、クネル。アダワロ殿の伝言を聞いて伺った」


 ミアンナは名乗り、簡潔に用件を述べた。受付の青年が理解の表情を浮かべる。


「聞いております。そちらで少々お待ちください」


 示されたのは、待ち合いの椅子だった。あの日の騒動が一旦落ち着いたあと、ルカとツァフェンとの四人であれやこれやと話し合っていたのを思い出す。


「――ああ、それから、これを」


 追憶に浸るにはまだ早い。ミアンナは振り返って、青年に紙袋を渡した。秘書官ワコ推薦の店で購入してきた焼き菓子だ。


「先日は騒がせた。職員で分けてくれ」

「は、いや、とんでもありません。お気遣いいただき……」


 思いがけなかったのだろう、青年は目を白黒させながら受け取った。ミアンナはうなずき、指示された椅子にリーネと並んで腰かける。ほどなくアダワロが姿を見せ、手土産のことを聞いて礼の言葉から述べてきた。


「ご足労をおかけして申し訳ありません」


 それから謝罪がやってきた。賠償は請求されなさそうだ、とミアンナは冗談交じりに考えた。


「実は、お尋ねしたいことがございまして」

「簡潔に用件だけでかまわない。あなたも総点検の前で忙しいだろう」

「はあ、実は、そのことにも関わるのですが」


 その返答にミアンナは一瞬警戒したが、何もハイムや「シャッハ」から何か接触があったというような話にはならなかった。


「あのとき、クネル殿が地下で角状の式盤を見つけられたと聞いています」

「設置型式盤。確かに私が見つけたが」


 それがどうしたのだろうか、とミアンナは首をかしげた。


「どの場所にあったか、正確にご記憶でしょうか」

「正確に?……おそらく判ると思う。無許可理術に関わる自治領の調査だろうか?」


 それならヴァンディルガ側の人間も同席することが望ましいと、ミアンナがそう言おうとしたとき、アダワロは首を振った。


「理術ではないんです。問題は、書物でして」


―*―


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