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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第十三章

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05 お守り

 あの、と小さな声がした。

 ミアンナはすっと顔を上げる。


「あの、いま、いい?」

「ちょうど済んだところ」


 本部との連絡を終えて、執務室の設置型式盤の清掃を終えた主理術士は、珍しい訪問者を迎え入れた。


「どうされた? ウィントン殿」


 資料塔担当官ウィントン・ターリアが、呼ばれもしないのに資料塔の外に出てくることは滅多にない。彼は躊躇いがちに戸をくぐり、卓を挟んでミアンナの斜め向かい側という半端な位置に立った。


「あの……渡すものがあって」

「私に?」

「うん。えっと、イストからって言うか、セフィーヌさんからって言うか……みんなからって言うか」


 どうもはっきりしない物言いだが、ウィントンが誠実に話そうとしていることは伝わってくる。ミアンナは待った。


「えっと、これ」


 それから彼は、後ろ手に持っていた小さなものをふたつ、そっと置いた。ミアンナはそのひとつを手に取り、紐の部分を持って確認する。


「……これは?」

「お守り、だって。氷角鹿の」

「成程、これは氷の角を表しているのか」


 紐の先には彼女の手のひらにも簡単に収まる程度の小さな袋があり、そこに青い角を持った鹿らしき形が刺繍されている。


「ラズトの特産品か何かだろうか。初めて見たが」


 氷角鹿の物語は、ラズトの町に伝わるお伽話だ。吹雪のなか遭難していた親子を氷の角を持った大きな鹿が町まで導き、救ったと言う。


「町議会で、試作してるんだって。土産品とかにならないかって。イストが、試しにもらってきたって」


 守護符がどうのと言っていたのはこれか、とミアンナは思い出した。

 

「土産品と言った? 収穫祭にはかなり人がきたが、ラズトではほかにもそうした大きな催事が?」

「あんなに外から人がくるのは、ないけど。ラズト名物みたいなものがあってもいいんじゃないかって、長老たちの間から話が出てるって」

「ふむ」


 氷角鹿の話は、ラズトの子供たちであれば耳にするが、余所では知られていない。それをいま、取り上げようとする理由は想像がついた。


「テオザの作品は、ずいぶん心を掴んだということか」


 収穫祭で(やぐら)にかかげられた装飾は、確かに見事だった。


「しかし、罪責者の作品というのは長老方の気に召さないのではないか」

「氷角鹿自体は別にその人の創作じゃないし、別に収穫祭の飾りがきっかけでもない、って言ってたみたい」

「成程」


 あの装飾に感心した町議会がまた使おうと考えている、という話があったはずだが、そこはどうなるのやら――とミアンナは肩をすくめた。


「たくましい、とでも言っておこう」


 何かをきっかけに新しいことをはじめる、というのは悪いことではない。それだけ人の心を動かす作品を作れた職人なのに、という「気持ち」がまた湧きかけたが、ミアンナは意志の力でそれを閉ざした。

 詮ないことだ。


「お守りと言うのは? 神官に祈りを込めてでももらったのだろうか」


 禊の話を思い出してミアンナはそこを尋ねた。


「ええと、それなんだけど」


 ウィントンは片手を唇に当てながら続けた。


「イストがもらってきて。統理官とリーネさんに渡すとしたらどんな神殿にお願いするのかってセフィーヌさんに聞いて。セフィーヌさんが、そうしたことならどこか特定の神殿に頼るより、支部のみんながお祈りしたらいいって」


 元神女がそうした話をする様子は、目に浮かぶようだった。


「それで、だから、イストからで、セフィーヌさんからで、みんなから。……僕もお祈り、したから」

「……有難う。とても心強い」


 この十日ほど、調査を進める内にウィントンは、見るからに元気をなくしていった。全ての証拠がハイムを指していくのは、ハイムを「老先生」と呼んで強く慕うウィントンの目にすら明らかだったからだ。

 だが、彼は調査の手を止めなかった。ひっくり返すためではなくて、ハイムを知るために、みなと一丸になってくれた。

 ミアンナが心配するまでもなく、ウィントンもまた、ジェズルたちのように自分で処理をしていった。

 その結果が、ここにある。ミアンナは氷角鹿のお守りをそっと握った。


「……老先生のこと、お願いします。僕がこんなこと言うのは、変だけど」

「何もおかしくない」


 静かに彼女は答えた。


「ただ、ウィントン殿の望むような結果になるかは……」


 「できる限りのことをする」というような続きがまず浮かんだが、ゾランの忠告を思い出し、ミアンナは言葉を探した。


「あっ、違う。あのね……ええと……」


 ウィントンもはっとしたように手を振る。


「えっと、巧く言えない。でもそうじゃなくて、えっと」


 彼もまた自分の「気持ち」を探したが、どうにも見つからないようだった。


「どうなるにせよ、ならないにせよ……見届けてほしい。統理官が」


 十秒ほどの沈黙ののち、彼が絞り出したのはそうした言葉だった。


「――判った」


 ゆっくりとミアンナはうなずいた。


「必ず」


 この先に何が待ち受けているのか。もちろん彼女にも判らない。

 それでも応じた。

 どんな結末であれ、それを迎えるために。


―*―


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