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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第十三章

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04 考えませぬよう

 ゾランと最終確認をし、少しだけ修正をして、ミアンナは本部へ鳩便を飛ばした。そのあと位相構文で簡単な信号を送り、送付の旨を伝える。


「ジェズルを連れますか?」


 ゾラン副統理官は「サレントへ発つのか」の部分を飛ばしてそう問うた。


「理術士の手は多いに越したことはないでしょう」

「有難い提案。でもジェズル殿には留守を守ってもらわなくては」


 ラズトの町は支部があるため、中央から遠い割には理術に頼った設備が多い。何かあったときに理術士が不在であれば住民の生活に関わる。


「その理屈ですとセフィーヌ殿もつけられませんか」


 残念そうにゾランは首を振る。何とかミアンナを支援したいと考えてくれているのが伝わった。


(私は調律院を負うが、同時にラズトの町にも責任がある)

(どちらも守りたい、と思うのは贅沢だろうか)


 〈ヒュラクスの紐〉という物語がある。危機に即したふたりの人物を救うための紐は一本だけ。どちらを救うべきか悩んで結局どちらも失ったヒュラクスは、その紐で首を吊ったと言う。

 決めなくてはならないときも、くるかもしれない。


「本部からの増援は、間に合うか厳しいところです。雪のない時期ならともかく、いまは駿馬も牛の歩みですからな。駆けられるのは伝説の氷角鹿くらいでしょう」


 だからジェズルを連れてほしい、というゾランの進言は理解できた。だがやはりラズトは空けられない。


「ゾラン殿は、理術戦になることを警戒しておいでか」

「正直に言えば、そうです」


 軍人は唇を歪めた。


「ミアンナ殿は戦闘のご経験もなく、おそらく訓練したこともないでしょう。一方でハイム殿は若い頃にラーデン危機を体験、三十年ほど前の壮年時代にもヴァンディルガとの戦を通っている」


 ラズト支部ができる前、この建物が庁舎だった頃の出来事だ。


「実際に戦場に立ったかはお聞きしておりません。ですが訓練もされたでしょうし、『効率的』な構文を多くお考えのはず」


 人を攻撃する理術、というものは基本的に想定されない。ミアンナが収穫祭でならず者を捕らえたような、一時的に動きを奪うといった応用は利くが、もっと直接的な――「傷つけ、殺す」という段階には至らない。

 サレントで熱量構文の調査をはじめた頃、ツァフェンは「人を標的に熱量構文を使えば簡単に殺せるのではないか」というようなことを言った。ミアンナは「それは難しい」とだけ返したし、実際そのやり方は困難だ。しかし、考えようと思えば、いくらでも。


「理術の戦利用は許されないが、それが建前に過ぎないことも理解できる」


 まずミアンナはそう言った。調律院の人間としては本心からそう考えるが、国の組織である以上、戦時にはただの「きれいごと」になる。ラーデン危機の際に若い才能であったハイムが前線になるような場所にいたことは事実であり、いまゾランの言いようからすれば三十年前にも理術士が投入されたか、されたと考えられている。


「自分の身を守ることには注力する。可能ならば、彼の身も」

「後者は」


 ミアンナが宣言するように言えば、かぶせるようにゾランが声を発する。


「考えませぬよう」

「――何故? 甘さが出る、というようなこと?」


 ミアンナは静かに問うた。ゾランは首を振った。


「できなかったときの悔恨が強くなるからです」

「……そうか」


 三十年ほど前なら、ゾランは二十歳前後。

 彼自身も戦場に立った話はしていないが、どちらであるかは判らない。もとより、実際に出陣しなかったとしても、命令がいつ降るかも知れない日々を過ごした。知った顔が帰ってこなかった経験も、あっておかしくない。


 こうして過去への後悔や無力感を知り、戦乱を望まぬ人物であるからこそ、ゾラン・モルディスがラズト支部の副統理官であるのかもしれなかった。

 少なくとも現状、カーセスタ王国は国境支部に好戦的な人物を置くつもりがない、ということだ。


 そしてその判断は、ハイムが着任中も同じであったはず。


「……油断と過信に気をつける」


 ミアンナはそれくらいしか言うことができなかった。ゾランも、心構えだけではどうしようもないと知っていても、それ以上言えることもなかったろう。ただうなずいた。


「ハイム殿の目的は未だに判らない。だがその先にどんな大義名分があったとしても、これまでの罪は消えない。そして、私もみなも、それを知りながらまだ彼をハイム『殿』と呼ぶ」


 ミアンナはともかく、ハイムと働いてきた者たちはただの癖ということもある。しかし、それでもやはり捨て切れないのだ。

 情というもの。


「厄介」


 ぽつりと彼女は呟いた。それが支部員たちへの断罪ではなく、彼女自身もまた御し切れない葛藤のなかにいること、年嵩のゾランには推測できていた。


「長くなった。ゾラン殿は循環業務に戻って。私は本部からの連絡を待ちながら出立の支度をする」

「承知しました。業務の合間を見つつ理術資料の再点検を行い、不審な点を洗い出します」

「循環業務ではなさそう」


 ミアンナは肩をすくめた。


「そうしたことは、必要なら本部から人がくる。あなたたちが心や体をすり減らすことは望まない」

「ミアンナ殿は本当に」


 そこでゾランはふっと笑った。


「時に、私よりずっと年上のような物言いをされますな」


 それは皮肉でもからかいでもなく、飾りのない称賛に聞こえた。ミアンナは軽く頭を下げた。


―*―



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