03 難しい願い
ミアンナとリーネがラズト支部に戻ってきて、十日弱。
サレント自治領から新しい情報はきていない。
支部では、書類の精査こそまだ残っているが、もうひっくり返ることはないという段階だ。ここで調べておきたいことはほぼ完了したと言えた。
例の日付まで、あと五日。
ミアンナは今後の対応を考えた。
(判明したことを改めてまとめ、本部へ報告。イゼリアへの共有は本部が行うが、細かい点は直接会って補足)
(支部員の精神面については、一見したところ問題ないが、ウィントン殿に限らず慎重な対応を心がける。彼らは理性的だが、ハイム殿に比して私が新参だということは忘れるべきではない)
だからこそミアンナは安易に断定しないようにしてきた。もちろん証拠が足りなかったこともあるが、もう少し早い段階で「仮に定めて動こう」くらいのことは可能だった。しかし、行わなかった。
支部の首位として、みなの反感を買えば厄介だということはある。だが何よりも、彼らの衝撃や悲しみを無視したくなかった。
(「情」や「気持ち」というもの)
(理念には代えられないと思っているけれど、それでも時に、とても大事なもの)
「――おっと、ミアンナ嬢」
一階の角で、彼女はレオニスと行き合った。
「レオニス殿。ちょうどよかった。少しいいだろうか」
「俺? いいよ。ここでいい? 小部屋に行くかい?」
軽いようで気の利く男は、人に聞かれて大丈夫な話かとまず確認してきた。
「ちょっとした確認」
ここでいい、とミアンナは答えた。
「ジェズル殿は変わりないか?」
「それ、小部屋のがよくねえ?」
苦笑してレオニスは言ったが、そのあとで手を振った。
「ま、複雑なのは間違いないが、あいつぁ自分で処理できるよ」
「ふむ。ではレオニス殿は」
「順番、逆じゃねえ?」
またしても笑って彼は言った。
「俺は平気平気。そりゃ驚いたし、理由が判らんままなのはすっきりしないが、爺さんがやったんだろうなってことはむしろ腑に落ちてる」
どこかに彼女たちの全く知らない専理術士級の人物がいて式盤の入手経路も一切不明、なんて状況の方が気持ち悪い、と続けて理報官は肩をすくめた。
「それにしても……ユノレットさんか。俺も面識はないが、近い位置にいる者としちゃ身につまされる」
理術士と理報官の絆は強い。しかしその分、失われたときの痛みもまた。
「俺らは、家庭とか持った方がいいのかね」
ぽつりとレオニスはそんなことを言った。
依存しすぎないように、ということだろうか。ミアンナは首をかしげた。
「人次第」
「はは、そりゃそうだ」
変なことを言ってしまったと思ったか、レオニスはごまかすように笑った。
家庭に安らぎを見出す者もいれば、広く友人関係を持つことで充実する者もいる。だいたいハイムのような精力的で社交性も高い人物が、理報官との絆というたったひとつの関係に固執していたと結論づけるのもおかしな話だ。
(ユノレット殿の死はきっかけではあったかもしれないが)
(それだけとは、考えづらい)
まだ、ここには何かある。
知らずミアンナは、イゼリアと同じようなことを考えた。
「うわ」
「『うわ』?」
そのとき、ひょっこり顔をのぞかせたのはイストだ。
「びびった。レオニスが誰に求婚してるのかと思えばミアンナ女史」
「しとらんわ」
「『家庭を持とう』って言ってなかったっすか?」
「言っとらんわ。一般論を話してただけ。……お前、冗談でもリーネ嬢に言うなよ。呪殺される」
「たちの悪い冗談」
ミアンナは両者をまとめて咎め、両者は素直に謝った。
「ゾラン殿は執務室だろうか」
「ええ、いるっすよ。あ、それって本部への報告っすか?」
統理官の手に紙片があるのを認め、イストは尋ねた。
「そう。かなり端折ることになったから、ゾラン殿にも確認してもらいたい」
伝書鳩が運べる重量などわずかだ。通信は小さな紙切れにごく小さな文字で書き込むことになり、かつ略語や簡単な暗号文を交えて、万一無関係の者の手に渡っても内容が判らないように工夫される。結果、詳細は切り捨てられるのが常だ。
「済んだらまた行くんすか? サレント」
「問題の日まで間がない」
ミアンナはその言葉で返答に代えた。
「リーネさんも?」
「そうなる」
「心配だなー」
イストが頭に手をやれば、レオニスはその肩に手を置いた。
「リーネ嬢は無理だぞイスト。ミアンナ嬢しか見てない」
「なっ、そ、そんなんじゃないっすよ!?」
慌ててイストは手を振り、それから額を押さえた。
「いまの、なし。レオニスさんの前でこういうこと言うと『図星指されて焦っちゃってー』とか一生言われるんだった」
「俺を何だと思ってるんだ。同じネタでからかうのはせいぜいひと月だ」
「理律違背」
「厳しいなー、ミアンナ嬢!」
いつもの気軽なやり取り。
そうした言動を出してきたレオニスが、言葉と裏腹に細やかな人間であることもいまではミアンナも知った。もちろん、いまの言いようだって敢えてのことだろう。
少々やりすぎのときも、なくはないが。
「リーネもまた、自分で処理できるはず。みなと同じように」
それから彼女は統理官として、そして理報補官と絆を育む者として、そう伝えた。イストも笑みを浮かべて「そっすね」と言った。
「あと、俺らにやれることないっすかねー。このままじゃ年越しの支度も手につかないっすよ」
「逆。なるべくいつも通りにして。……私とリーネにラズト支部の年越しを教えてほしい」
「あは、そう言われちゃサボれないっすね!」
もちろん怠ける意図などはなかったろうが、イストは張り切った。或いはミアンナの提案を受けて、そのふりをした。
「実際、そろそろ年越しの禊やら年明けの挨拶回りやら、計画を立てないといけないんすよね」
「禊というのは?」
聞き覚えのない一語にミアンナは首をかしげた。
「あれっ、王都じゃやらないんすか? 神殿から神官を呼んで、建物から一年の穢れを払うみたいな……だいたいいまの時期にはじめるっすよ」
イストがふわっとして説明をする。彼も詳細を知ると言うより、伝統として習慣的にやっているだけだからだ。
「守護符を新しくする風習は本部にあった」
「あー、王都じゃ建物に対して神官が足りませんもんね」
「成程」
ミアンナは理解のしるしにうなずいた。
「守護符か……うん、ちょっと何か用意できるかもっす」
「お、何かやるのか?」
「町議会の企画に便乗できるかも。巧くいったら見せるっすよ!」
レオニスの問いにイストは答えた。そんな彼らを見ながら、ミアンナはそっと思う。
(ラズト支部が、みなが、平穏に年を越せるといい)
難しい願いなのは、判っていた。
―*―




