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理術士の天秤~調律院の業務は平穏であるべきです~  作者: 一枝 唯
第十三章

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02 危険な存在


 さすがにこのときはリーネもジェズルに剣呑な視線を送ることを自重し、理術士ふたりが執務室を離れるのをただ見送った。

 技術棟はラズト支部の敷地内にあるし、足早に歩いて十数(トーア)かかるかどうかだが、いまは雪が激しくなっている。制服が濡れることを避けるため、ふたりは外套を身につけてセフィーヌのところへ向かった。


「ああ、申し訳ありません、統理官。お呼び立てしまして」


 神女出身の技術官は、変わらず神の使いのような丁重さで彼女らを迎えた。


「前統理官の『研究用』の式盤について、廃棄に関する書類が見つかりました」


 調整や廃棄を行ったのは幸か不幸かセフィーヌではなく、前任者だというのは時期的に判明していた。「幸」というのはセフィーヌが不要な心理的負担を抱かなくて済んだからで、「不幸」なのはハイムが何を話し、どんな態度でいたか、といった詳細が聞けないことだった。


「どういった内容だろうか」


 ミアンナは確認する。


「通常、わたくしのような調整役の技術官が式盤を廃棄することはないのですが、もし行うのであればまず機構を抜き、部品をばらばらにします。それから外装を破壊する。ところが、前任の方はその手順を行っていません」

「と言うと?」


 ジェズルが促した。セフィーヌは息を吐く。


「前統理官ご本人が内部機構を焼き、外装を打ち壊して渡してきたと。焼き付いて分解することができなかったので、その場で前統理官が理術を使って粉砕、それで廃棄としたようです」

「……もしやそれは、偽盤か」

「有り得ます」


 ミアンナの苦々しい問いに、セフィーヌも眉をひそめてうなずいた。

 テオザの作った偽盤を壊した、或いは壊したような見た目の偽盤を作らせた、どちらにせよ精巧な模造品を渡された前技術官は疑わなかった。まさか統理官にして主理術士がそんな詐欺を働くなんて思いもしないだろう。前任者に落ち度はあったが、責めがたいところだった。


「そもそも、研究用に式盤を所持する許可が出たというのも、ただ長年務めていたからではない、〈同期律整式〉の開発に携わった理術士という大きな実績があったからだ。一技術官が異を唱えることは難しかったと推定できる」

「……有難うございます」


 元神女は、自分に何ら責任のない咎が許されたことに頭を下げた。


「報告はもうひとつございます。町憲兵隊から『偽盤』をお預かりしていることはお伝えしている通りですが、それにつきまして」

「聞かせて」


 ミアンナは促した。

 こともあろうにラズト支部の膝元で理術士を騙った不届者ハギだが、偽盤をミアンナたちが管理できるようになったという一点だけは功績としてもよいかもしれなかった。もちろん罪は消えないが。


「統理官のご懸念の通り、これは前統理官の式盤を模したものと思います。表面の意匠は変えられていますが、もともとの柄に追加しているのが判ります。また、大きさと重量も一致していますので」

「四十年、いや五十年近く使い続けた愛用品を他人に渡して使わせたのか。……思い入れがあるとは限らない、と理解はしているものの」


 ミアンナはそこで言葉を切った。

 「思い入れがあるはずだ」とするのは断定的すぎる。道具は所詮、道具に過ぎない。式盤は時に理術の象徴だが、それだけだ。

 もっとも、逆に、何も感じていなかったとも限らない。他者に使わせたくはないが、それが最良だという判断を採ったというような可能性もある。


「ハイム殿の式盤……気づきませんでした」


 ジェズルが呆然と呟く。ミアンナは片眉を上げた。


「理術士同士が式盤を見せ合う機会はあまりないだろう。一方で技術官は何日も預かるようなことだってある」

「ごもっともです」


 ミアンナは慰めた訳ではなく、ただ事実を述べた。ジェズルも感傷的な思いをしまって、その言葉を受け入れる。


「つまり、熱量構文が刻まれていたのは、制限のある式盤。……現在ハイム殿が持っているのは、通常稼働する式盤。この推測が確定したと考えられる」


 もはや、それがハイムであるということは否定できない段階だった。「そうではない可能性」も皆無とは言えないが、現実的ではない。


「ハイムさんが制限なしに理術を扱えるとなれば、こう申し上げては何ですが、たいそう危険な存在となります。ただ、五十年使い続けた式盤のようにはいかないかもしれません」

「やはり、癖はつくものか。そう言われてはいるが、実感がない」

「ええ。統理官は本格的に使われはじめてまだ数年とは言え、以前お話ししましたように……独特の使い方をされていますので」

「特徴的な設計だという話は覚えている。もしやと思ったが、それは」


 わずかに間を置いて、ミアンナは続けた。


「ハイム殿と似ているから、ということだったろうか」


 静かな問いに、セフィーヌは少し迷うようにした。


「……ええ」


 おそらく当初、セフィーヌは「新任の統理官に対して『前の統理官と似ている』などと比較するようなことを言うべきではない」と判断した。いまは「調律院の理念から逸脱した人物と似ているとするのはミアンナも危ういと言うことに近い」と躊躇った。彼女の気遣いと優しさは変わらず、ハイムの状況だけが変わっている。


「この場合、類似は利点だ。向こうの術を理解できる」


 ミアンナはきっぱりと言った。その言葉にジェズルとセフィーヌは目を見開き、それから安堵したような表情を浮かべた。

 彼らのいまの統理官は、「犯罪者と似ているなど不快だ」というようなことも言わず「私はそうならない」などと言った過信も見せず、ただ「役に立つ」と述べた。

 その強さに。

 その誇りに。


「ハイムさんの手元にある式盤を何とか取り上げることができれば……」


 セフィーヌはそこで言いやめた。

 凶行を止められる。

 罪を重ねさせないことができる。

 ――抵抗を続けられなければ、最悪の目に遭わせずに済む。

 そうしたことだろう。


「セフィーヌ殿。ちょうどいい、点検をお願いしよう。……特に照準を重点的に頼む」


 ミアンナは自身の式盤を取り出した。


「相手の手にある式盤を狙うようなことも、可能であるように」


 その言葉にセフィーヌはそっと頭を下げた。


―*―


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