11 この組み合わせなら
「やるべきことをまとめよう。まずはハイム殿の現状確認。故郷にいるのかどうか。いてくれればひとまずそれで済む」
そうであってほしいという「気持ち」だ。調律院のためにも、支部員たちのためにも。
「その場合、挨拶を兼ねて相談に向かうことを考えてもいい。同世代の理術士について何か聞けるかもしれない」
「それが理想的ですね。お会いできてないですし」
もちろん相手は引退しているのだから、挨拶をしていないことが義理を欠いているとは言えないし、理術士たちはそうした儀礼をあまり重んじないところもある。しかし、「挨拶をするという儀礼」を忌み嫌っている訳でもない。
「ご不在で居場所が判らないようなことになれば、理報官でしょうか。ご存命ならお話を聞けるかも」
ハイムより先に引退したとなると、いまやかなりの高齢であることが考えられた。話を聞けるかは健康状態次第でもある。
「まずは応理監に報告、彼女の持つ情報をもらおう。もし古くからの所員がいればハイム殿と面識があるかもしれない。よく話をしていた者がいれば人となりを改めて尋ねてもいい」
「不自然じゃないでしょうか」
ミアンナが謎の理術士について調べていることは所員たちも知っている。そこでハイムのことを聞きはじめれば、疑われていると考えるのでは、とリーネは懸念を見せた。
「事実なら遠からず公になる。誤りなら、『大先輩に話を聞きに行く前の下準備』で済む」
ミアンナはそう言ったがリーネは懐疑的だ。
「調律院の人なら多分そういう思考になりますけど、王軍の方もいますし……」
元専理術士を現専理術士が調べているとなれば、調律院内部の揉めごとと思われる可能性もある。リーネはそれを案じた。
「使節所はイゼリアの統率が行き渡っているように感じる。問題は生じないと思うが、もし的外れな推測をされても、それはこちら側ではどうしようもないこと」
「まあ、それもそうなんですけど」
他人が何をどう考えるかを操作することはできない。ミアンナは以前にも考えたことを思い出した。自分自身が「頼りない」と思われようと「慎み深い」と思われようと。
「イゼリアの時間が空くまで――」
少し調べものをしようと、ミアンナがそんなことを言おうとしたときだった。
「ミアンナ!」
覚えのある声が彼女を呼んだ。ミアンナを呼び捨てにする人物はこのサレント内に現在ふたりしかいない。イゼリア・ホウラン応理監と、それから。
「ルカ・アールニエぇ……!」
リーネが聞き取れないほど小さく、そして低く呟いた。
「ルカ殿、どうされた」
思いがけない再登場にミアンナも珍しく驚く。
「体力を取り戻そうと思って走ってたんだ。たまたま見かけて」
何でもないようにルカは言う。負傷して意識不明だったために療養を命じられていた人間の行動ではない。ミアンナは少々呆れた。
「地下での動きからすると、問題なさそうではあったが……」
「はは、気分的なものかもしれない」
「問題なさそうだが本当に大丈夫なのか」という心情から出た言葉だが、ルカは「しっかり動けていたから体力作りの必要はないのでは」と取った。
「連絡室へは戻らないのか?」
「報告はナシムがやることになった。僕はいない方がやりやすいらしい」
何でもないようにルカは言った。
「……失礼を承知で言うが、ナシム殿が自分に都合のいい報告をするのでは、とは?」
「それでもかまわないさ。事実は変わらない」
屈託なく言う様子は、貶められたり騙されたり裏切られた経験がない故であるかのように見える。しかし実際には、彼は曾祖父の冤罪事件により他者から理不尽な目を向けられていた。
ミアンナはそれを知らないが、ルカの強さは能天気さに由来する訳でもないように感じてはいた。
(ルカ殿の言動には芯を感じる)
(私が天秤を胸に抱くのに似て、彼にも確固たるものがある)
そんな気がした。
もっともそれはそれとして、復帰前に走り回るのはどうかと思ったが。
「会えてよかった。もしかしたら僕自身、無意識に期待していたのかもしれないな」
「こちらの方は人通りも少なめで走りやすいですもんねえ!」
ずいっとリーネが入り込む。「ミアンナに会いたくて」なんてことを言わせてなるか、という訳だ。
「そうだな。リーネさんも走るのか?」
「走りませんけど」
むすっとしているのを何とか隠しつつリーネは応じる。
「むしろこの辺りは足元が悪いだろう。滑ってまた頭を打ったらツァフェン殿が手を叩いて笑うのではないか」
「ありそうだ。気をつけるよ」
笑いながらルカは返した。笑いごとではない、とミアンナは思った。
「うん? 頭を打ったって? ツァフェンが言ったのか?」
「ツァフェン殿は『怪我をした』、ナシム殿は『魔物との交戦で不測の事態』とだけ。意識不明になったとも聞いたので、それなら頭を打ったのだろうかと」
「そうか、そこまで知られてたか。少々格好悪いから、隠したかった」
やはり笑顔で言うので、本気か冗談かよく判らない。
「ルカ殿のことだ、子供でもかばったんだろう」
半ば軽口でミアンナが言えば、ルカは苦笑いを浮かべる。
「本当にそんなでもないんだ。大きめの魔物でね、頭に登ったんだが落ちてしまった」
「成程」
ミアンナに魔物退治の経験はないが、ある程度の想像はできる。人が登れるほどの魔物。それも生きて動いているような大きさの生き物に登っただけでも尋常ではない。
「どうやらルカ殿は、自分の活躍を割り引いて話していると推測できそう」
「ええ? どうして」
不思議そうに尋ねる彼に、ミアンナは口の端を上げた。
「ナシム殿が『不測の事態』で済ませたから」
「うん?」
ルカは少し考えて、それからにやりとした。
「僕の活躍を話さなかったから、という訳か!」
ナシムの対抗心なら「アールニエが先走って勝手に怪我をした」くらい言いかねない。だがそうは言わなかった。実際にはルカの力で魔物を倒したからだ。と、これはミアンナの推測であったが、事実に合致していた。
「走らなくていいんですか? 汗が冷えたら病の精霊に憑かれちゃいますよ」
リーネが心配半分、追い払いたさ半分――それとも大半――で言った。
「そうだな、有難う。そろそろ戻ろうと思う」
「うっ、眩しい」
素直な礼にリーネが小声で呟く。
「それじゃ……」
「ねー、おわった? もういい?」
ルカが挨拶をしようとした瞬間、子供の声が割り込んだ。三人は同時にそちらを見る。
「なかなか話おわんないからさー」
「なあに? 何か聞きたいの?」
五、六歳だろうか。見知らぬ男の子が彼女たちに話しかけていた。リーネがさっと反応し、身をかがませて尋ねる。
「これ」
にゅっと小さな手が差し出される。
「何かな?」
持っているものを渡そうとしてきた様子だ。リーネはそのまま受け取った。
「ちょうだい」
「え?」
「お姉ちゃんたちに渡したらお駄賃くれるって」
「ええ?」
子供の遊びか、それとも小銭稼ぎか、前者ならばともかく後者であればどう対応したものか、とリーネは戸惑う。
「それは?」
ミアンナが何を渡されたのかと覗き込む。
「君のなのか?」
ルカが子供に尋ねた。
「ちげーし。知らないじーちゃんの。この辺で紺の制服で灰色髪と、緑の制服で茶色のふたつ結びのねーちゃんたちふたりが通ったら、これを渡して礼をもらえって」
「え……」
「『じーちゃん』?」
リーネとルカが「まさか」という顔をした。
「ミアンナさん、これって……」
子供から渡された紙片を開いたミアンナは、きゅっと眉根を寄せた。今度はリーネがのぞき込む。
「構文に見えますけど……」
「熱量構文と位相構文。この組み合わせなら――換気機構を冷やし、戸枠を凍結させられる」
「そのお爺さんはどこに!?」
ミアンナの台詞の意味するところを知り、リーネとルカは全く同時に問う。子供はギョッとした。
「しらねーし! どっか行った!」
「託された……渡されたのはいつ頃!?」
「けっこうまえ!」
続けて尋ねるリーネに、子供は答えにならない答えを寄越す。
「小遣い!」
「判った」
ミアンナが進み出た。
「『じーちゃん』がどういう人物だったか……服や髪の色、長さ、身近な誰に似ていた、そうしたことを話せたら銀貨を足そう」
「ええー? えっとー」
子供は思い出そうとするのか、それとも適当を言って小銭をせしめようとするものか、少なくとも考える様子だった。
「トーじいちゃんみたいにシャレた感じ! 汚くはなかった!」
「トーじいちゃん」を彼女たちはもちろん知らないが、子供らしい辛辣さも含めて、印象は伝わった。
「服は黒っぽくて、あ、そうだ、赤い襟巻してた! 頭は白で、ちょっとだけ茶色!」
「なかなかの観察眼」
差し出された子供の手にミアンナはラル銀貨を数枚置いた。子供はそれをひったくるようにして走り去る。
「該当する人物をすぐに手配しよう。近くの町憲兵詰め所は?」
ルカが動こうとする。
「もうこの近くにはいないだろう。だが目撃情報は取れるかもしれない」
ミアンナもうなずいた。
「――特定を急ぐ必要がある」
「……ミアンナさん?」
理術士の緊張を感じ取って、リーネはそっと呼んだ。
「ほかにも何か、書かれてたんですか?」
「ああ」
ミアンナは低く答えた。
「狙いがどこかは判らない。本気で使うつもりかも不明。ただ、書かれていたのは日付ともうひとつの理式五律環――五律構文。これを効果的に使えば」
彼女は辺りを見渡した。
「二階建ての建物程度なら、簡単に吹き飛ばせる」
[第十一章へつづく]




