参:準備
術者が離れても維持される結界を張るためには、軸となるものや、霊力を蓄えておける装置のようなものが必要になる。
五か所の祠に妖が封じられていたのは、それらの妖力を結界維持に転用していたためだろう。
そうとは知らず、そこに封じられていた妖は祓ってしまった。もし同じ手法で結界を張るなら、同等の妖力を有する妖を封じなければならない。
だが、そもそも今の暦家に、妖の妖力を使って結界を張れる者などいない。
「樹様、結界はどのようにして張り直すおつもりですか?」
廊下の先を歩く樹に対して紫苑が尋ねると、彼は視線をある方に向けた。
「ちょっと考えがある」
そう言うや、彼は玄関ではない方向に廊下の角を曲がった。
怪訝に思いながら紫苑と向日葵がそれに続く。
暦の敷地は広い。敷地内に森があるくらいだ。
樹が向かったのは母屋から外廊下のような形で繋がっている蔵だった。
そこには、霊力や妖力が込められた道具などが多数保管されている。
「確かこの辺に……」
奥の棚を漁り、樹は何かを取り出した。
「あった!」
出してしたのは、何やら文字が書かれた半紙の包だった。
怪訝な顔をする紫苑と向日葵に向けてそれを開けると、中にあった五本の五寸釘がからんと音を立てた。
「釘?」
「霊力が込められていますね……いや、どちらかというと呪力かしら」
目を細めた向日葵の言葉に、樹は首肯する。
「そうだ。数年前に捕らえた呪詛師から回収した呪具だ。呪詛の儀式に使うつもりだったらしく、呪詛師の霊力が込められていた」
霊力も呪力も、どちらも人間のもつ力だ。
暦では、呪詛師が呪いを発動させる際に使う霊力、あるいは、術者が死んで宙ぶらりんになった霊力を呪力と定義している。
「これを軸にすると?」
「ああ、丁度五本あるし、それなりのレア力が込められている。幽穴の大きさにもよるが、穴の大きさに対してもっと軸を打つ場所を狭めようと思う」
元々祠があったのは、神奈川、千葉、茨城、栃木、埼玉の五ヶ所、何故そんなにも場所を離したのか、当時を知る術者がいない以上確かなことはわからない。
暦家の術で張られた結界には、その範囲が大きくなればなるほど強度が落ちるという特性がある。
五県に跨って張られた特大の結界に、幽穴を塞げるだけの強度があったことが驚きだ。
「……問題は、幽穴の大きさですね」
「そうだな。五県に跨って結界が張られていたことを考えると、相当大きい可能性がある」
唸りながらも、樹は釘を手にしたまま蔵を後にする。
「とにかく、現地へ行って確認するしかない」
と、樹が話した直後、彼のスマホが再び鳴った。
椿からだ。
「どうした?」
『樹! 大変! 幽穴の気配を嗅ぎ付けて、妖が大量に湧いてきた!』
「何っ?」
青褪めた樹に、椿の声が聞こえていなかった向日葵と紫苑が怪訝な顔をする。
樹は「すぐに行く」と通話を切り、向日葵を振り返った。
「向日葵、すぐに椿の所へ行け。幽穴の気配を嗅ぎ付けた妖が湧いてきたらしい」
「っ! 御意!」
向日葵がさっと一礼し、足早に玄関に向かった。靴を履いた直後、赫耀が顕現して抱き上げ、飛び去って行ったのが気配でわかった。
「……なるほど、赫耀の体格なら向日葵を抱えて飛べるのか」
紫苑が呟き、一瞬雪華でも同じことができるのだろうか、という考えが過るが、見た目上は自分より頭が二つ分背が低い彼女に自分を抱えさせるのは無理がある。雪華は妖なので、人間より力がある可能性が高く、紫苑の身体を持ち上げることもできるかもしれないが、少女に抱き抱えられる成人男性という絵面がアウトなので考えるのを辞めた紫苑である。
「紫苑、俺たちは車で向かうぞ」
「御意」
樹に促されて、紫苑は樹と共に暦家の車に乗り込んだ。
「……紫苑、妖狐……雪華の能力についてはどこまで把握している?」
「……幻惑が得意ということくらいしか……」
紫苑は主ではあるが、退魔師としての仕事をする上で雪華の力を当てにするつもりはなかったため、彼女の能力について本人に聞くという発想がなかった。
今乗っているのは、暦家の黒塗りの高級セダン車で、根元が運転している。樹が運転席側の後部座席、紫苑はその左隣に座り、雪華がしれっと助手席に同乗していることは気配でわかった。
「……雪華、聞いていただろう。お前の能力について教えてくれ」
紫苑の言葉に、助手席に姿を現した雪華は、指折り数えて教えてくれた。
「妾が得意な術は、紫苑が言っていた通り幻惑だ。妾が人間に化けることもできるし、相手に幻影を見せたり幻聴を聞かせたりできる。幻影と幻聴には相手の心の内にある闇を読み取って、再現させることで精神攻撃をすることが可能だ。あとは、狐火を出すことができるくらいだな」
「それは妖にも効くのか?」
「幻影と幻聴は、相性がある。幻を見せるだけなら可能だが、精神攻撃は心をもたない類の妖には効かぬ。狐火は、妾より妖力の強い妖にはあまり効果がないが、雑魚相手ならばそれなりに攻撃力を発揮する」
答えた雪華に、樹は紫苑を見た。「使えそうだな」とその目が言っている。
「……私は雪華に退魔師の仕事をさせるつもりはない」
紫苑がそう呟くと、雪華はふっと笑みを零した。
「わかっておる。だが、妾は妾の意思で、紫苑の役に立ちたいと思っておる」
「……そうか」
あくまでも彼女の意思を尊重するつもりの紫苑に、樹が興味深げな目を向けるが、彼はそれ以上何も言わなかった。
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