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退魔師と封印の悪鬼〜落ちこぼれと呼ばれた分家の退魔師が本家当主の花嫁になる話〜  作者: 結月 香
第三章 長月紫苑

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弐:苦情

 その三日後、紫苑は本家に呼び出されたため、東京にある暦家に向かった。

 念のため確認をしたところ、雪華の同伴の許可を得られたので、妖に対する強力な結界の張ってある暦家の敷地内に雪華も入ることができる。


 いつも通り、愛車で裏門から入り、所定の場所に駐車して、敷地内を歩いて玄関に向かう。


 暦家の執事である根元に来訪を告げると、応接間に通された。

 そこには、既に下座に向日葵が座していた。

 

 紫苑は本家に呼ばれた理由を何となく理由を察していたが、向日葵も呼ばれていたことを知って確信する。


 間違いなく、久遠の件だろう。


「おはよう、紫苑。道路は混んでいなかった?」

「いや、平日だからそうでもない……大学は大丈夫なのか?」

「うん、今日はたまたま休講だったから」


 気配を探ると、向日葵のすぐ背後に、鬼特有の妖気が僅かに漏れ出ていた。

 隠形した赫耀が控えているのだと悟り、紫苑は向日葵の隣に少し間を空けて腰を下ろした。


 数分後、樹がやってきた。今日は椿は一緒ではないようだ。


「急に呼び出して悪かったな」


 開口一番そう謝る樹に、二人は首を横に振る。


「ご命令とあらば、いつでも馳せ参じるのが分家の役目です」


 そう答えた紫苑に、僅かに苦笑して頷いた樹は、こほんと咳払いをした。


「早速だが本題だ。先日報告のあった関東で五つの祠が壊され、妖が解放された件について、久遠に苦情を申し入れた」


 向日葵と紫苑は頷く。


「先方……久遠の当主からは正式な謝罪があった。それと、雅臣は次期当主の座からは下ろすことにし、しばらくは謹慎処分としたそうだ」

「それはそうでしょう。アレが当主になったら久遠は終わりでしょうから」

「謹慎が明けた後に、逆恨みしてこなければいいがな」


 呆れた風情で頷く向日葵に、紫苑が続けて呟いた。


「流石に、その辺は当主が手を打っていると思う……まぁ、用心するに越したことはないが」


 雅臣の霊力はかなり強かった。もしあれがなりふり構わず、暦に害を成そうとしたら相当厄介だろう。


「……それと、久遠から妖狐を奪う形になったことについて、先方も驚いていたが、妖狐本人がそれを認めているならば仕方がない、と言っていた」

「そうですか……返せとごねられるかと思っていました」

「久遠の現当主は真っ当な男のようだ。雅臣の実父らしいが、これほど正反対な親子も珍しい」


 とにかく、親がまともなのは幸いだった。

 もしも雅臣の親が彼以上の阿呆だった場合、今回の件で、雅臣をぶちのめしたことについて逆に苦情を言ってくる可能性もあった。


 それを回避できたことで、ほっとする紫苑だ。


 だが同時に、その程度の報告ならば何故わざわざ本家に呼ばれたのだろうと疑問が湧く。

 向日葵も同様のようで、顔を見合わせた二人に、樹は神妙な面持ちで切り出した。


「今回呼んだのは、久遠家への苦情の申し入れの報告の他に、もう一つ理由がある……お前達も知っている通り、先日久遠雅臣によって破壊された五つの祠には、それぞれ妖が封じられていた」


 意味深長な語り出しに、紫苑が僅かに首を捻る。


「……実は、その祠にはもう一つ役目があったんだ。五つを持って完成する結界の軸という役目が」

「え……」


 向日葵と紫苑が絶句する。


 結界に軸となるものを配置するのは、長期的に何かを封印したりする際によく使われる手法だ。

 その軸となるものは様々あり、最も多くみられるのは御神木のような霊力を含んだ樹木である。

 勿論、祠を使用することもあるが、妖を封じた祠を使う、というのは初めて聞いた。


 驚く二人に、樹は懐から何やら紙を取り出し、それを開いて座卓に広げる。

 それは関東の地図だった。


 五か所に小さくバツ印が書かれている。紫苑も向日葵も、それが壊された祠の場所を示していると、すぐにわかった。


「……五芒星……」


 真っ先に気付いた向日葵が呟く。

 樹は小さく頷いた。


「そうだ。五か所の祠を結ぶと、五芒星が浮かびあがる……」


 その中心にあるのは、東京のとある場所。


「この中心に、何かが封じられていた、と?」

「そうだ。暦の書庫に保管されていた古い文献に、書いてあった」

「一体何が封じられていたのですか?」

「それがわからないんだ。その書が書かれたのはおそらく戦国時代頃。所々墨が滲んでいて、肝心の『何が封じられたのか』は読み解けなかった」


 樹が溜め息を吐く。


「幸い、今の所都内で異変は起きていない。今、椿が実と共に現地を確認しに行っている」

 

 その言葉に、紫苑と向日葵が顔を見合わせる。


「……全ての祠が壊されてから、何日経っていますか?」

「確認された時点から数えて五日だな」

「では、実際に破壊されたのはもっと前の可能性もあるということですね」


 唸る向日葵に、紫苑の背後に控えていた雪華が突然顕現して口を挟んだ。


「いや、最後の祠を壊してから五日だ。妾がやったこと故、間違いない」


 樹が顔を上げる。

 久遠の使役だった雪華が、雅臣に命じられるがままに祠を破壊したのは事実だろう。そもそも紫苑の使役に下った彼女が、この場で嘘を吐く理由がない。


「……そうか。だが、封印が解かれても、何も起こらないのは不自然だな」

「可能性としては、封印はこの祠を軸とした結界以外にも施されている、もしくは、封印されていたものが、封印が解かれたことに気付いていないか、ですかね」


 紫苑が指を一本ずつ順に立てながら言い、樹が頷いた時、彼の懐から電子音が響いた。スマホの着信だ。


 画面を見て、発信元が実であることを確認した樹が応じ、スピーカーにして卓に置くと、電話の向こうから深刻な様子の声が響いてきた。


『兄貴、封印されていたものがわかった』

「何だ?」

『幽穴《ゆうけつ》だ』

「何だってっ?」


 樹の顔色が変わる。向日葵と紫苑も息を呑んだ。


 幽穴とは、冥界と繋がっている次元の穴のことだ。

 暦家の伝承によると、冥界は現世での生涯を終えた死者が赴く世界で、閻魔大王が管理をしている。実は冥界と現世は至る所で繋がっているそうだ。


 そしてその冥界に繋がる道には繋がる場所がころころ変わるものと、固定されているものがあるらしい。

 ころころ変わるものは、閻魔大王に仕える鬼が、死者が現世に戻ったり、生者が冥界に迷い込んだりすることがないように見張っている、とされている。


 一方で、固定されているものは冥界側から封印されていて、その存在が明らかになった時に、念のため現世側からも結界を張って封印しよう、となり、暦家の術師によって封じられた、と伝えられていた。

 ただ、古い文献故に、その場所が何処なのか、がわからなくなっていた。

 

 それが、現世側の封印が解かれてしまった、ということか。


『今はまだ、何かが出てきた様子はない。多分、冥界側の封印が残っているからだろう。だが、結界は基本的に外からの攻撃を防ぐが、内側からは脆い』


 つまり、冥界側の封印とやらが暦が使っている結界の類と同じもので、冥界側から現世側に出ないように張られているのであれば、現世側から冥界へ入ろうとする場合には簡単に破れてしまう、ということだ。


 現世側からも封印の結界を張っていたことを考えると、穴の中を内側として両方の出口を結界で塞いでいた、と考えるのが妥当だ。

 穴の内側には妖などはおらず、ただの空っぽの道、ということが前提になるが。


 いずれにせよ、この状態を放置することはできない。

 こちらから妖あるいは生者が冥界へ侵入してしまえば、現世と冥界の秩序が乱れ、何が起きるかわからない。


『とりあえず、椿に仮の結界を張ってもらったけど、個人の霊力だけじゃ、長期間維持はできない。すぐに、結界の軸を再設置しないと……』


 樹の婚約者である椿は、如月家の真当主でもあり、第一の《鍵》にも選ばれた逸材だ。張れる結界の精度は暦家随一である。

 だが、高精度の結界はそれだけ霊力消費が激しい。そう何日も維持できるものではない。


「わかった。封印結界を張る準備をしてそちらへ出向く。お前達はそのままそこで待機、異変が起きたらすぐに知らせてくれ」

『了解』


 実との通話を終えた樹が向日葵と紫苑を順に見る。


「……聞いていた通りだ。向日葵、紫苑、お前たちも来い」

「御意」


 二人は、頷いて立ち上がるのだった。

 

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