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退魔師と封印の悪鬼〜落ちこぼれと呼ばれた分家の退魔師が本家当主の花嫁になる話〜  作者: 結月 香
第三章 長月紫苑

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壱:長月家の当主

 紫苑が千葉の自宅に戻ったのは、陽が沈んだ頃だった。

 長月邸は数年前に建て直したため、モダンな雰囲気の和風豪邸となっている。


 敷地は暦家には及ばないが、この辺りの民家と比べると相当広い。


 敷地内に止められた黒塗りのセダン車の隣に愛車を停め、紫苑は車を降りた。


「お帰りなさいませ、紫苑様」


 出迎えたのは長月家に仕える初老の執事、草壁楸(ひさぎ)だ。

 葉月家に仕えている草壁の親戚筋である。


「ただいま」


 そう告げて室内に入る。

 と、奥から和服を着た中年の女性が出てきた。紫苑ととてもよく似た面差しのその人は、紫苑の母親で先代の長月家当主、長月アイだ。


「おかえり、紫苑……貴方、一体何を連れて帰ってきたの?」


 厳格な性格の彼女は、妖を連れ戻った紫苑を見て眉を顰めた。

 紫苑は小さく嘆息し、母親に報告するため居間へ誘導した。


 和風のリビングにはローソファーがL字型に設えられていて、角を挟む形で座ると、紫苑は雪華に自分の隣に座るように促した。


「貴方は今朝、皐月家からの救援要請を受けて茨城に行ったと聞いていたけど」


 そう切り出したアイに、紫苑は頷き、事の次第を簡潔にまとめて話した。

 久遠の名を聞いた瞬間に、アイの表情が曇ったが、そのまま最後まで話を終え、「それで久遠が使役していた妖狐の使役契約を無効化したら、気に入られてしまって名を与えることにしました」と結んだ。

 と、アイは額を押さえて深々と溜め息を吐いた。


「事情はわかったわ。まさか久遠が絡んでいたとは……」

「そのことは暦家に対応を任せています」

「それが正しい対応ね」


 頷いたアイは、改めて雪華を見た。


「雪華さん、貴方の事情は理解しました。貴方が紫苑を主と認め、紫苑がそれを受け入れたのであれば、私から言うことはありません。ただ一つ、長月家の人間の使役になる以上、守っていただくことがあります」


 淡々と話すアイに、雪華が首を傾げる。


「規律、秩序を守ることです。特に、罪のない人間を傷付けることは許されません」

「ふむ、それは人間に仕える以上心得ておる。心配するでない」


 尊大な様子で腕を組んだ雪華に、アイはふっと表情を緩めた。


 雪華の見た目は少女だが、正体は数百年生きている妖であることを理解しているので、その態度に対して特に思うことはないらしい。


「母さん、久遠家と昔何かあったんですか?」


 先程、久遠家と聞いて表情が曇ったのを見逃さなかった紫苑が尋ねると、アイは苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「……私が若い頃に、久遠家の子息との縁談の話があったのよ。それがとんでもないボンクラで、霊力はそこそこあったけど倫理観の欠片もない男だったから丁重に断ったのだけど」


 久遠家もそれなりに大きな家なので、母親の元見合い相手が雅臣と直接血が繋がっているかはわからない。

 一瞬、年齢的に雅臣の父親だろうか、と過ぎったが、雅臣の口ぶりからして、父親はそこそこ厳格な人物のようだったし、おそらく別人だろう。

 それにしても、あんな男が次期当主だとは、久遠家の未来は絶望的だな、と他人事のように考える紫苑である。


「……さて、時間も時間ですし、夕食にしましょう。雪華さんは何を召し上がるのかしら?」


 妖によって主食や好物は異なる。

 尋ねられた雪華は、目を輝かせて答えた。


「妾は稲荷寿司が好きだ!」


 それを聞いた紫苑が思わずぷっと吹き出す。

 流石は妖狐。狐が油揚げが好物というのは本当だったんだな、と妙に感心してしまった。


 アイも、少し驚いた顔をしつつ「用意させるから少し待っていてちょうだい」と言い残して立ち上がった。


「……何故笑うのだ?」

「いや、お狐様が稲荷寿司が好きって本当だったんだなって思って」

「狐の妖の中には油揚げを好まぬ奴もおるぞ?」

「それはまぁ、そうだろうな」


 昔より減っているらしいが、それでも妖は無数に存在している。

 人間同様、妖にも個性というものがあるのは当然だ。


「それより、紫苑の母君は紫苑とよく似ているのだな」

「ああ、よく言われる」

「男(おのこ)は年頃になると親に反抗するようになると聞いていたが、仲も良好そうだな」


 アイが去っていった方を見やりながら呟く雪華に、紫苑は僅かに目を瞠った。


「気付いていたのか」

「何がだ?」

「私が男だと」


 紫苑の言葉に、雪華は目を瞬く。


 長月家に古くから伝わる因習で、生まれた子は全員、小学校に上がるまでは女として育てられる。昔は満七歳としていたらしいが、小学生になると色々不都合が生じるため、少し早まるようになった、と聞いている。

 女の子として育てる理由は、江戸末期頃のこの地に、幼い男児を好んで喰らう妖が出たため、跡取りを隠す名目でそうした、と伝えられている。妖はとうに祓われたが、根付いた因習はそのまま、子供が健やかに成長することを願うもの、として定着したのだった。


 それは暦だけでなく他の分家の者も知っていることだ。


 だが、紫苑が男であることを知る者は少ない。

 

 長月家の者でも直系の親族のみ、暦家の前当主幹太郎と現当主の樹は当然知っているが、それ以外で知っているのは仲の良い葉月向日葵くらいだ。


 ちなみに、紫苑自身は決して女のふりをしているつもりはない。

 自分の性別は男だと自認している。ただ、自分の艶やかな長い髪が気に入っているだけだ。

 私服はパンツスタイルではあるがゆったりしたトップスを着ることが多いため、モデル体型の長身の女性のように見られてしまうだけである。

 ただ一点、誤解を加速させていることがあるとしたら、分家の正装として着る袴である。袴の色自体は、男女どちらが着ても差し支えない濃紺であるが、着物は花の紫苑をあしらった縹色の着物であり、袴の着こなしが完全に女性の着方なのだ。


 これは、その方が似合う、という母アイのゴリ押しによるものである。

 紫苑自身は和服にこだわりがなく、どちらでも構わないと思っているため、似合うならそれでいい、という程度の感覚で用意された着物を着て、今に至る訳である。


 だが、まさか雪華が最初から男だとわかっていたのは意外だった。


「何を言っておる。男と女で、霊力の色が違うのは常識だろう」


 さも当然、地球に重力があるのは当たり前、とでも言っているかのような態度の雪華に、紫苑は困惑した。


「霊力の、色……?」


 霊力に色がついて視えたことはない。

 紫苑の目には、霊力は弱ければ陽炎のように視えるし、強ければ白い光のように視えるのだ。


「そうか、人間とは霊力の見え方が異なるんだったな。妖の種類によっても違うと聞いたことがある」

「へぇ……じゃあ、もしかしたら赫耀も私が男だと気付いているのかな」

「ああ、あの鬼ならおそらく気付いておるだろうな。ただ、あれはどうやら自身の主にしか興味がなさそう故、紫苑の性など気にも留めておらんだろう」


 それは一理ある。妖にとって、人間の性別など興味ないだろう。


 妙に納得して頷いたところで、食事の用意ができたと呼ばれたので、紫苑は雪華を伴ってダイニングへ移動するのだった。

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