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退魔師と封印の悪鬼〜落ちこぼれと呼ばれた分家の退魔師が本家当主の花嫁になる話〜  作者: 結月 香
第二章 葉月向日葵

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終:名

 樹にことの次第を報告し、向日葵は帰路に着いた。

 帰宅した時には、樹から何か言われたらしい芭蕉が、恨みがましげな目を向日葵に向けてきたが、見合いを断ったことに対するお咎めはなかった。


 自室に戻った向日葵が溜め息を吐きながらベッドに寝転ぶと、赫耀の気配がすぐ近くに来た。隠形しているため姿は見えないが、どうやら顔を覗き込まれているようだ。


「赫耀?」


 名を呼ぶと、彼は姿を現した。

 なんだか神妙な面持ちの彼に、向日葵は目を瞬く。


「どうしたの?」

「……無事でよかった」


 それだけ呟いた赫耀に、向日葵は首を傾げる。


「私がそう簡単にやられないことくらい、貴方ならわかっているでしょう?」

「主の強さは知っている……だが、人間はいずれ死ぬ」

「それはまぁ、そうだけど」


 いくら向日葵が暦家歴代最強と言われていても、人間であることは変わりがない。人間である以上、寿命はある。

 悠久の時を生きる鬼とは、流れる時間が異なるのだ。


 それは赫耀も理解している。だから苦しいのだ。


 向日葵は仰向けに寝転んだまま、赫耀に向かって手を伸ばした。


「……そしたら、生まれ変わってまた貴方を探すよ」


 そう言って微笑む向日葵に、赫耀は目を瞠った。


 古い記憶に残る情景と、彼女の微笑みが重なる。


『お前の瞳は赤い宝玉みたいだな! 赫耀って言葉がぴったりだ』


 忘れていた記憶が、部分的に蘇る。それを自分に言ったのは、人間の退魔師だった。

 そうだ。自分を封じた四人の退魔師の一人だ。


「……朱夏……?」


 無意識に零れ出た名前に、自分でも驚く。今の今まで忘れていた。

 と、その名を聞いた向日葵がきょとんとする。


「朱夏? 貴方を封じた暦の弟子の一人の?」


 当時の暦の当主は、暦陽春(ようしゅん)という名の青年だったという。

 そして三人の弟子は姓を持たず、朱夏(しゅか)、秋風(あきかぜ)、玄冬(げんとう)という名で、朱夏は紅一点かつ第一の《鍵》だったそうだ。

 そして、葉月家は朱夏の末裔である。


「……主、何故俺に赫耀という名を付けた?」


 唐突な問いに、向日葵はひとつ瞬きをする。


「……どうしてかしら。貴方の目を見た時に、その言葉が浮かんだのよ。赤い宝石みたいで、『赫耀たる』って言葉がぴったりだなって」


 その言葉を受けた赫耀が、驚いた顔で額を押さえた。


「……赫耀? どうかした?」

「……いや、何でもない」


 彼はそう言って頭(かぶり)を振ると、向日葵の顔を覗き込んだ。


「……主、これからは、名前で呼んでも良いか?」

「うん? いいけど、急にどうしたの?」


 てっきり、無理矢理使役にした向日葵に対して、何か思うことがあって主と呼んでいるのかと思っていたが、彼なりに気を遣っていたということだろうか。


「……何となくだ」


 そう言って誤魔化したが、彼の脳裏に蘇った記憶の欠片に、朱夏の言葉があった。


『悪鬼、お前が今後人間に害を成さないなら、私がお前の友として傍にいてやるぞ! その時は、私の名を呼ぶことを許してやろう』


 名もなき悪鬼だった赫耀に、快活な笑顔を向けた朱夏。

 しかし、彼女は結局、暦と共に赫耀を封印した。


 その辺りの経緯について、記憶がない。

 思い出そうとしても、記憶に霞が掛ったかのように何も視えなくなってしまう。


 何だかとても悲しい感情が燻っている気がしているが、赫耀にはその感情の正体がわからなかった。


 ただ一つ言えるのは、目の前にいる主の少女の笑顔と、記憶の中にある朱夏の笑顔が同じだということ。

 当然、向日葵本人は何も気付いていないが、赫耀は二人の魂が同じなのではないかと、思わずにはいられなかった。


 呼び名は変わってしまっても、名を呼ぶことを許されたことは変わりない。


「赫耀?」


 身を起こして逆に顔を覗き込んできた向日葵の手を握り、赫耀は屈み込むと、彼女の手を己の額に押し当てた。


「……向日葵、俺は今ここに、改めて誓う」

「うん?」

「俺は全てを懸けてお前を守る。何があろうとも」

「え、あ、うん。ありがとう……?」


 戸惑いながらも頷いた向日葵は、なんだか赫耀が泣きそうな顔をしている気がして、もう片方の手で赫耀の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「……俺は犬じゃないぞ」

「犬だとは思ってないわよ、流石に」


 そう言いながら、向日葵はなんだか懐かしいような、不思議な気持ちがした。


「……ねぇ、前にも、こんなことあった……?」


 思わず尋ねると、赫耀は心底驚いた顔をした。

 変なことを口にした自覚はあるため、向日葵は慌てて取り繕おうと首を横に振る。


「あ、いや、そんな訳ないわよね」


 赫耀はぎゅっと、向日葵の手を強く握る手に力を込めた。


「……ありがとう」


 礼を言われるようなことをした覚えはないが、向日葵はその手を包み返して笑った。


「どういたしまして」


 その言葉を受けた赫耀もまた、微かに笑う。


 微笑み合う二人を、窓から差し込む月の光が優しく照らしていた。

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