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退魔師と封印の悪鬼〜落ちこぼれと呼ばれた分家の退魔師が本家当主の花嫁になる話〜  作者: 結月 香
第二章 葉月向日葵

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玖:呪詛師

 そこに立っていた青年を見て、向日葵が目を見開いた。


「……久遠……!」


 忘れるはずもない。

 今朝会ったばかりの青年、久遠雅臣だったのだ。


 彼の、赫耀という使役がいることを羨ましがるような言動を思い出す。


「……まさか、アンタがこれを仕組んだの? 妖が封印されていた祠を五つも破壊して……!」


 睨みながら尋ねる向日葵に、雅臣は肩を竦めた。


「仕組んだなんて人聞きが悪いな。僕はただ、久遠家の次期当主として、強い鬼を使役にしたいだけさ。祠を壊せば暦の家が隠していたような鬼が現れるかと思ったが、外ればかり。一番期待していたここも、大したことはなかったようだ」


 言うや、彼は右手を振って何かの呪文を唱えた。

 霊力の刃が飛ばされ、黒い瘴気を出していた空間の裂け目に突き刺さる。


 その直後、空間の裂け目から老人のような姿をした何かが転がり出てきた。


 気配でわかる。ここの祠に封じられていた鬼だ。

 強さは神奈川の小学校に現れた小鬼より強そうだが、赫耀には及ばない。


 その鬼を見て、雅臣は残念そうに溜め息を吐いた。


「この程度じゃあ、僕の使役に相応しくない」


 そう言うが、彼はその鬼を祓おうとはしない。


「ちょっと! 祠を壊したんならせめてそこから出てきた妖を祓いなさいよ……!」


 向日葵が非難めいた声を上げると、彼は心底不思議そうに首を傾げた。


「何で僕が? 東日本は暦の管轄だろう?」

「それなら西日本で鬼が封印されている祠を壊せばいいだろう!」


 紫苑も苛立たし気に声を上げる。

 雅臣は目を瞬いた。


「西日本でそんなことしたら、僕が父上から勘当されてしまうじゃないか」


 つまり、東日本にある妖を封じている祠を壊したのは、己の父親から叱責されることを避けるため。


「屑《クズ》が……!」


 それで東日本に住む一般人に危険が及ぶ可能性があることを、何とも思っていない。

 どうやら彼は、退魔師として一般市民を守るという意識が著しく欠如しているようだ。

 これでは退魔師とは呼べない。向日葵からしてみれば、彼はもう呪詛師だった。


「……それで、私の赫耀を使役にしようとしてここに誘き出したの?」

「誘き出した訳じゃないよ。さっきも言ったけど、僕は祓えずに封印されるほど強い鬼を使役にしたいだけさ。この祠にいたのがそうだったなら、僕もわざわざ君に喧嘩を売るような真似はしなかった」


 つまり、結果として壊した祠から納得のいく妖が出てこなかったから、向日葵の使役である赫耀を奪うことを思いついた、ということか。


「……妖はガチャじゃないっての」


 呆れて溜め息を吐く向日葵に、雅臣は「似たようなものさ」と嘯(うそぶ)く。 


「……とまぁ、そんな感じで、君の鬼を手に入れることにしたってわけ。それで、そのためにはどうしようかと思っていた矢先、君が家を飛び出して茨城方面に向かったって聞いたから、ここに来ると踏んで先回りしたんだ」

「赫耀は私の使役よ!」

「他人の使役を奪ったらいけないなんて法律は、この国にはないよ」


 それはそうだ。

 この国には、妖に関する法律などないのだから。


 古くからある裏の機関が定めた退魔に関する掟のようなものはあるが、法律とはまた別のものであり、他人の使役する妖を奪ってはならないという明確な決まりがある訳ではない。

 ただ、退魔師のモラルや矜持、倫理観による暗黙の了解で、他者の使役を奪うことは禁忌とされているだけだ。


「……さて、僕の使役になったからには、僕が新たに名前をつけてやろう! そうだな……レッドスコーピオンにしよう!」


 日本の妖に対する名づけとして壊滅的にセンスのない名前を出した雅臣に、三人がぽかんとする。


「……ダッサ」


 菖蒲の呟きで我に返る向日葵と紫苑。


「使役にされることよりも、そんな名前を付けられることの方が哀れだな」


 ぼそりと紫苑も呟き、向日葵がそういえば、と視線を巡らせる。


 雅臣が連れていたはずの狐の妖の気配がない。

 顔合わせの場に連れてくるくらいだから、常時控えさせているのかと思ったが。


 と考えた矢先、雅臣が倒れている女性に視線を向けた。


「おい、いつまで寝ているんだ。起きろ、シルバーテイル」

「シルバーテイル……」


 向日葵はその名前で直感した。彼の仕えていた妖狐のことだと。

 妖狐や妖狸は人の形を取ることもできるものもいるが、獣の姿になることもできる。そして、妖狐の多くは尾が金色または銀色をしているのだ。


 そして、狐の妖は総じて化けるのが上手い。それこそ、かなり注意していないと熟練の退魔師でも見落とすことがあるくらいだ。

 特に、人間の使役になっている妖は人間の気配をよく知っている。気配ごと真似ることもできるだろう。


 向日葵、赫耀、紫苑が騙されたのも頷ける。


 彼の言葉を受けて、伊東が目を開けた。しかし、向日葵が封印の術を施しているので身動きが取れない。


 雅臣は忌々し気に舌打ちした。


「くそ、役立たずめ……レッドスコーピオン! シルバーテイルに掛けられた封印を解け!」


 雅臣は赫耀に向かってそう告げる。

 しかし、赫耀は動かない。


「……くそ、まだ御しきれていないか……」


 己の右手に視線を落としてから、赫耀に向けて右手を伸ばした。


 と、その時、向日葵が急に間合いを詰めて、雅臣の顔を拳でぶん殴った。


「っ!」


 雅臣はそのまま横に吹っ飛び、地面に転がる。


「っ! な、殴ったのか! この僕を……!」


 信じられないと言いたげな顔で向日葵を見る雅臣。


「いっそぶっ殺してやりたいくらいだけど、それで勘弁してあげる。これは私の使役に変なものを巻きつけてくれたお礼よ」


 皮肉たっぷりに言い捨てて、向日葵は己の両手に霊力を込めた。

 その手で、思い切り柏手を打つ。


 ただでさえ強力な浄化の効果をもたらす向日葵の柏手が、霊力を込めた手で打ったことにより、とても強大で清浄な波動となって周囲に広がった。

 辺りに充満していた妖気が一掃されていく。


「赫耀」


 向日葵が名を呼んだ瞬間、赫耀の身体から灼熱の妖気が迸った。


 雅臣の霊力で創られていた見えない鎖を引き千切り、ぎろりと雅臣を睨む。


「……は……? え?」


 状況が呑み込めない雅臣に、赫耀が妖力の刃を無数に向ける。

 彼の怒りが具現化されているかのようだ。


 その裏で、老人の姿をした鬼がぎょっとして逃げようとしたのを見つけ、紫苑がさっとそれを祓う。

 先程雅臣から霊力の刃を喰らっていたからか、すんなり祓えて、紫苑が小さく息を吐いた。


「……ね、ねぇ、紫苑……」


 菖蒲の震える声に振り返ると、彼女が怯えた顔で赫耀を見ていた。


「か、赫耀が怒ったら、どうなるの……?」


 暦に連なる十二の分家の当主のうち、菖蒲は最も霊力が低い。

 彼女は、この時点で既に赫耀の妖気に中てられている。

 それでも正気を保っていられるのは、その妖気が他者に向けられているからに他ならない。


 しかも、菖蒲は先日の使役になる前の赫耀が、封印から解放された時、その直前に操られて意識を失っていたので、解放された赫耀の強さを目の当たりにしていない。


「向日葵の使役でいるうちは大丈夫だ」


 言いながらも、万が一赫耀が暴走した時に備えて、紫苑は自分と菖蒲を囲む結界を強化した。

 向日葵は既に結界の範囲外に出てしまっているが、彼女なら問題ないだろう。


「っ! たかが鬼が、僕に勝てると思うなよ……!」


 雅臣はそう叫ぶと、己の霊力を解放したのだった。

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