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退魔師と封印の悪鬼〜落ちこぼれと呼ばれた分家の退魔師が本家当主の花嫁になる話〜  作者: 結月 香
第二章 葉月向日葵

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漆:救援

 門戸を勢いよく閉めた向日葵は、苛立たし気に息を吐くと、スマホを取り出して樹へと電話を掛けた。


『はい、樹だ』

「先程、久遠の次期当主だという久遠雅臣と名乗る男が、うちに乗り込んできました。うちのじーさんに呼び出されたようなことを言っていましたが、私は断固拒否するので、断りの連絡を入れていただけますか?」

『……わかった。すぐに対処しよう』


 何か思うところがあったらしい樹が頷く。

 電話を切ったところで、玄関から芭蕉が飛び出して来た。


「向日葵! 久遠の御子息がいらしたらしいが……!」

「お帰りいただいたわ」

「っ! なんてことを……!」

「あと、私が今の葉月家当主なの。じーさん、いい加減にしないと、本格的に隠居してもらうことになるわよ」


 向日葵が鬼のような形相で凄むと、芭蕉は忌々し気に舌打ちをして室内に戻っていった。


 と、手にしていたスマホが震えたので画面を見る。紫苑からの着信だった。


「はい、向日葵」

『緊急事態だ』


 いつになく緊迫した様子の声色による第一声。

 向日葵はすぐに気持ちを切り替えた。


「どうしたの?」

『皐月家から救援要請があった。祠の件でヤバいものが出て来てたらしい』

「ヤバいもの?」


 皐月は茨城を拠点としている。

 千葉を拠点とする長月とは付き合いもある。

 分家同士は必要以上に干渉しない暗黙の了解があるが、たまに大物を相手にするときなどは協力することもあるのだ。特に、今の皐月家は分家の中で最も力が弱い。第三の《鍵》に選出された紫苑に助けを求めるのは自然な流れだ。


『昨日祠を見てきた菖蒲が言うには、鬼だったようだ』

「鬼……?」


 向日葵が祓ったのも小鬼だった。

 あれはそこまで力をつけていなかったが、本来鬼は妖の中でもかなり強く厄介とされている。


 十二の分家の中で最も力の弱い皐月家では持て余すのも無理はない。


「紫苑でも対処できなさそうなの?」

『できなくはないと思っているけど、嫌な予感がする。可能なら向日葵の力を借りたい』


 紫苑は向日葵には及ばないが、退魔師としてとても優秀だ。

 それこそ、赫耀ほどの悪鬼ではないが、鬼を祓ったことだってある。


 そんな紫苑が嫌な予感がするという。


「わかった。今から向かう」

『助かるよ。私も今茨城に向かっている。落ち合う場所の座標は後で送る』


 通話を終えると、いつの間にか赫耀が目の前に姿を見せていた。


「どうした?」

「茨城で、祠が壊されて封印されてた妖が出てきたみたいなんだけど、それがどうも鬼らしいの」

「鬼?」


 赫耀が眉を寄せる。

 鬼は比較的数が少ない妖だ。先日小鬼を祓ったばかりなのに、また鬼が出るのは不自然である。

 それも昨日と同じように、祠を壊したことにより封印を解かれたなんて、短期間にそう何度も起こることではない。


「茨城は皐月の管轄だけど、鬼を対処するには力不足だからって、紫苑が呼ばれたらしいわ。その紫苑が嫌な予感がするって言ったの」

「……そうか、退魔師の勘は当たるからな」


 赫耀が訳知り顔で頷く。


「急ぐならまた俺が連れて行ってやるぞ?」


 なんてことない顔でそう言ってくる赫耀に、向日葵は一瞬思案した。

 抱き抱えられたまま空を飛ぶにしても、神奈川の自宅から茨城まだとなると相当な時間になる。


「とりあえず車で向かうわ。今よりも緊急事態になったらそこからお願いするかも」

「了解した」


 赫耀が素直に頷いたので、向日葵はすぐさま声を張り上げた。


「桐人(きりと)!」


 名を呼ぶと、一人の長身の青年が姿を見せた。

 草壁桐人。家政婦松子の長男であり、執事兼運転手として葉月家に仕えている青年だ。向日葵の二つ年上で、幼い頃は遊び相手をしていたため、幼馴染でもある。


「はい、向日葵様」


 彼は母である松子同様、向日葵のことを向日葵様と呼ぶ。


 茨城へ向けて車を出すように告げられ、桐人は頷いた。


「では表に車を回してきます。向日葵様は門前でお待ちください」


 駐車場は車三台分が敷地内にあるが、家の裏側に位置している。

 葉月家の者が自ら運転する場合もあるが、向日葵はまだ十八歳になったばかりで免許がない。

 そのため、桐人は向日葵の専属運転手のようなものだ。


 素早く身支度を整えた向日葵が門へ向かうと、丁度、黒塗りのセダン車が停まった。

 桐人が降りてこようとしたのを手で制して、向日葵は自分でドアを開けた。


 隠形している赫耀に先に入るよう促し、気配で奥に座ったのを確認して、自分も乗り込んでドアを閉める。


 桐人は霊力がなく赫耀の気配も感じないが、向日葵が乗る前に不自然に車が揺れたので、「ああ、乗ったんだな」とだけ悟る。


 ちなみに、本家に長く仕えている根元家と草壁家は遠戚に当たる。他の分家に仕えている者たちもそうであることが多い。


 しばらく走ったところで、向日葵のスマホに紫苑から位置情報が届いた。目的地だ。

 桐人にその場所を伝えると、彼は信号待ちの合間にカーナビにその住所を入力する。


「……廃墟のようですね」


 目的地として表示された地図を見て、確定ボタンを押下しつつ彼はそう呟いた。

 信号が変わり、車はゆっくりと発進する。


「廃墟……そうね」


 スマホで地図を確認しながら、向日葵も目を細めた。

 航空写真モードにして、ズームにしてみる。


 かつては温泉街でもあったかのような場所だ。

 おそらく旅館やホテルだったのであろう建物たちが、航空写真でもわかるくらい、見る影もなく朽ちている。


 その最奥に、やたらと暗く影になって見える箇所がある。

 航空写真では木が茂っている以外何も見えないが、向日葵はそこを視た瞬間にぞわりと肌を這うような嫌な予感を覚えた。


「……壊された祠があるのはここね」


 そこから、三時間かけて向日葵たちは茨城へ向かった。

 彼女たちが目的地に到着したのは、一足先に千葉から向かっていた紫苑から到着の連絡がきた一時間後だった。

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