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退魔師と封印の悪鬼〜落ちこぼれと呼ばれた分家の退魔師が本家当主の花嫁になる話〜  作者: 結月 香
第二章 葉月向日葵

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陸:見合い相手

 その日、自宅へ戻った向日葵は、待ち構えていた芭蕉に見合い写真と釣書を渡された。


 台紙を開いた状態で押し付けられ、どこかで見たことのあるスーツ姿の青年の微笑みが視界に入るが、向日葵はそれを乱暴に閉じた。


「じーさん、私はお見合いなんてしないわよ」

「お前に拒否権はない。裏切り者め」

「私が赫耀を使役にしなかったら、暦家は壊滅状態になっていたわ」

「それでも、鬼などを使役にするなど許されん」


 芭蕉は、封印を解かれた赫耀が何をしたのか、どれだけの力を振り翳していたのかを知らない。


「そもそも、使役にする必要なんかなかっただろう。ただ祓えばよかったのだ」


 実際、あの時の向日葵には、赫耀を祓うこともできた。

 しかし、それはしたくなかった。


 圧倒的な強さ故に一族からも化け物扱いされた自分と、圧倒的な強さ故に悪鬼と呼ばれて封印され、永い間孤独でいた彼の姿が重なったのだ。


 能力的には、祓えた。しかし、心がそれを拒否した。


 そして、赫耀と名を与えて手を差し伸べたことを、後悔していない。


「じーさん、今の葉月家の当主は私よ。それも、真当主なの。わかってる?」


 芭蕉は答えない。


「樹様にもこのことは報告した。樹様も、私が暦の外に嫁に行くことを是とはしないそうよ」

「っ! とにかく! 儂は鬼を使役とすることなど認めんっ!」


 それだけ言って、芭蕉は身を翻してしまった。

 

 そして翌朝、土曜日で大学のない向日葵が自室にいると、スマホが着信を告げた。

 発信者は長月紫苑。


『向日葵、今し方、例の対処で現場に来たんだけど……いたよ。伊東と名乗る男が』


 その報告にはっとする。


「六十過ぎくらいの男?」

『いや、四十歳前後かな。今回の祠は寺の一角にあったんだけど、それが壊されているのを見つけた檀家だって名乗ってた……で、怪しいとは思っていたけど、祠を見に行ったら妖が出て、処理を終えたら伊東は消えていた。私に伊東を紹介した住職も、そんな奴は知らないと』


 昨日の小学校と同じだ。


「祠からは何が?」

『妖狸(ようり)だった。人語は解さず、凶暴化していて近寄る人間全てに襲い掛かっていた』


 妖狸、つまりは狸の妖。

 昔から化けて人を騙すといわれている狸や狐だが、その大半は妖による悪戯が原因である。


 狸は基本的に温厚だ。妖狸もまた然り。比較的大人しく人間に対しても友好的で、襲ったりするのは珍しい。

 同時に、妖狸はそこまで強い妖ではない。暦が対応したらすぐに祓えるレベルだ。

 寺の敷地内に祠があったということは、かつて封じたのは当時の住職だろうか。

 

 かつての僧侶や神職は退魔の術をもっていた。それが今でもお祓いとして残っている。

 ただ、時代の移ろいと共に、僧侶や神職はすっかり職業化してしまい、今や妖と戦ったり封じたりする術は廃れてしまったそうだ。


「……もしかして、祠を壊したのが、伊東を名乗る謎の男なのかも……」

『でも解せない。私が会ったのは四十歳前後の男だった。気配も探ったけど確かに人間だったよ』

「そうね……私が会ったのは六十前後……私も人間にしか思えなかったわ。赫耀も、気配は人間だったって言っていた……ほんの僅かに妖気がしたとも言っていたけど」

『不可解だね。気配は覚えたから、ちょっと探ってみるよ』

「頼んだわ。何かわかったら教えて」


 向日葵はそう言って電話を切った。

 長月家の真当主にして第三の《鍵》に選ばれた紫苑は、そういった術が得意なのである。


 と、その時、来客を告げるチャイムが鳴った。

 暦邸には及ばないものの、葉月邸も神奈川県の高級住宅地と呼ばれる一角に構えている。


 チャイムを聞いた瞬間、向日葵は何だか嫌な予感がして顔を顰めた。


「……向日葵様、お客様です」


 中年女性の控えめな声がした。この家で家政婦として働いている草壁松子だ。

 向日葵が子供の頃から働いてくれていて、昔は向日葵のことを「お嬢様」と呼んでいたが、向日葵が当主となった瞬間から向日葵様に呼び名が変わった。


 部屋から出ると、深緑色のエプロンを身に着けた五十歳くらいの女性が立っていた。


「応接室にお通ししております」

「わかった」


 頷いてそちらに向かう。

 近付くごとに、胸騒ぎがどんどん広がっていく気がした。


「……お待たせしました」


 部屋に入ると、和室の下座に、一人の青年が座っていた。


「葉月家当主の向日葵と申します」


 上座側に座ってそう名乗ると、彼は爽やかな笑みを浮かべて一礼した。


「久遠雅臣と申します」


 スーツ姿で、二十代前半くらい。黒髪で端正な面立ちをしている。

 その顔に、向日葵は見覚えがあった。


「……あ、お見合い相手……」


 思わず呟くと、雅臣はにっこりと微笑んで頷いた。


 その姿を一目見て確信する。強い。宿る霊力もさることながら、肉弾戦も得意なのだろうと悟った。


「ええ、葉月芭蕉殿からご連絡を頂き、すぐにでも顔合わせを、ということでしたので、馳せ参じた次第です」

「大変申し訳ございませんが、私自身がこの縁談を承諾しておりません」

「そうでしょうね」


 訳知り顔で頷いた雅臣に、向日葵は眉を顰める。

 彼はふっと笑った。


「葉月家の当主が、暦一族でも最年少でその座に就いたことは存じております。ああ、先日暦の当主の

代替わりに伴い、分家の当主も入れ替えになったとかで、今の最年少は如月家ということも存じてますよ」


 ぺらぺらと良く回る口で話し、向日葵が口を挟む間もなく続ける。


「それで、先日暦家が永年封印していた鬼が事故により解放されたものの、外に出すことなく、向日葵さんが使役に下したという話も伺っております」

「……それで、面白半分に私の顔を見に来た、と?」

「顔だけ見たいなら写真で充分ですよ。貴方に会ってみたかったのは勿論ですが、僕が興味をそそられたのは、使役になったという元悪鬼の方です」


 そう言いながら、彼は向日葵の背後に視線を向ける。


 そこ、隠形して控えている赫耀がいる場所だった。


「……視えるの?」

「姿をはっきり視認できる程ではないですよ。そこにいるのがわかる程度です」


 そう話す彼の周りにも、妖気が漂っているのは先程から感じていた。


 久遠は妖を使役するのが得意な一族だ。


「……そう言う貴方が連れているのは……狐かしら」

「正解です。流石ですね」


 満足げに頷くと、彼はパチンと指を鳴らした。


 彼の背後に、白髪で色白の少女が姿を現す。

 瞳は黄金色で、頭には尖った獣の耳が付いていて、纏っているのは巫女のような白い着物と袴。


「赫耀」


 向日葵が名を呼ぶと、それに応じるように赫耀が姿を現した。


 それを見て、雅臣が僅かに目を瞠る。


「凄い……本当に鬼だ」


 感心した風情で目を輝かせる雅臣。その横で、妖狐の少女が顔を顰めた。

 だが、少女から自分達に対する敵意のようなものは感じられない。


「……満足したなら、どうぞお引き取りください」

「満足?」


 雅臣が目を瞬かせ、そしてぷっと笑い出した。


「ははっ! 使役された鬼を目の前にして、満足する訳がないでしょう!」


 その発言の意図が読めずに目を細める向日葵に、雅臣は更にやりと嗤った。


「鬼を使役できるなんて、向日葵さんは素晴らしい! 僕の花嫁に相応しい女性は初めてです!」

「それはどうも。でも私は貴方が嫌いですので、お引き取りください」

「僕以上に、貴方に相応しい男がいるとでも?」

「相応しいかどうかは私が決めます」


 向日葵はそう言い放つと、赫耀を一瞥した。


「赫耀、丁重に、お引き取りいただいて」

「御意」


 赫耀はそう言うやかっと目を見開いた。

 雅臣と妖狐が、その場で凍り付く。


 金縛りか、と向日葵が察すると同時に、赫耀は右手を上げ、妖力によって二人の身体を浮かすと、そのまま玄関の外へ移動させていった。

 門の外に出た所で、そっと地面に下ろす。


「……凄い! この僕が金縛りに遭うなんて初めてだ! 欲しい……!」


 興奮する雅臣は、己の隣で妖狐の少女が悲しそうな顔をしていることに、気付かないのだった。


 一方、赫耀が雅臣を応接間から追い返したのを見届けた向日葵は、一度台所へ引っ込むと、何かを引っ掴んで出ていき、門の外へ向かって思い切りそれをぶん投げた。


 ふぁさ、と舞ったそれは、塩だ。


「一昨日来やがれっ!」


 まだ門の前にいた雅臣は盛大にそれをひっ被り、慌ててそれを手で払った。

 彼の使役である妖狐は、向日葵が拳を振り上げた瞬間に何かを察して姿を消した。妖は塩を被るとかなりのダメージを受けてしまうからだ。


「あーあ……塩かぁ……初めて撒かれたよ。はは。久遠の次期当主に向かって塩かぁ……」


 何だか楽しそうにくつくつと笑う雅臣。


「……ますます気に入ったぞ、葉月向日葵……!」


 不穏な笑い声を残し、彼はその場を去っていった。


 それを塀の上から隠形して眺めていた赫耀は、剣呑に目を細めるのだった。

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