二十二日目(前篇)
新しい迷宮にて朝を迎えた私は、以前の迷宮とほぼ同じように作られた居住区を歩いています。ご主人様は豪華な暮らしを好まれるのか、居住区には高級感溢れる調度品等が並べられており、まるで人間の貴族が住む場所のような印象を受けます。
また、大抵の管理者はある程度成功を収めた迷宮の構造を、他の地域で流用する事が多いです。それは新しく考えた迷宮が他の場所で通用する保証が無いためです。侵入者に有効かどうかわからない配置をわざわざ考えるより、ある程度実績のある配置を再度利用したほうが良い事は誰の目から見ても明らかですから。
居住区にしても、豪華なものを好まれる方は総じて飽きっぽい方が多く、頻繁に内装を変えたり、新しい迷宮の場合は居住区も一新される事が多いのです。ですが、ご主人様は我々とはまったく違う考えのようです。
この迷宮は、侵入者と相対する迷宮部分の構造は新しいものに変え、居住区は以前と変わらない構造になっているのでした。人間と魔族ではやはり考え方が違うのでしょうか?たしかに、昨日仰られていたように海洋種族を相手にするには以前の迷宮では役不足と言えるでしょう。以前の迷宮自体の構造は有効ですが、大人数の侵入は見込めません。
良く勘違いされる管理者の方も多いのですが、迷宮はただ堅牢なだけではあまり良い迷宮とは言えません。わざわざ攻略が不可能な迷宮に足を運ぼうという侵入者はいませんから。いたとしてもそれは極一部の物好きな者に限られており、そのような者を相手にしていたのではまったく経営になりません。
迷宮の管理に必要なものとは、立地条件、見掛け上の適度な難易度、そしてオーブを守る事です。難易度とオーブの死守は矛盾しているような気がしますが、それをうまく両立させなければ侵入者の数の減少に伴う魔力の枯渇か侵入者によるオーブの奪取といった悲惨な結果が待っているだけです。
優秀な管理者は、いとも容易く攻略出来そうな迷宮にみせかけておいて、難攻不落という迷宮を造る事を常に考えて実践していくと言われています。ご主人様にそういった考えがあるかどうかは、私には分かりませんが。
確かに、ご主人様は立地条件をより良いものに変えるべく、こちらの戦力が整っていない間は付近の村を襲わせて攻略の足がかりを奪ったり、街で宣伝を行ったりしていました。難易度の面でも、弱い魔物を大量に配置する等して攻略を容易にみせておきながら、こちらの世界には無い知識でもって侵入者を排除していました。ご主人様は大変優秀な方だと私も信じていますが、ここで迷宮を一新するような冒険をあえて冒す必要はないのではないでしょうか?
私なら……
「いくらご主人様と言えども、その意見には賛同しかねますな」
「いや、この時代の知識ではそうかもしれないが、いずれ分かる。強度さえ確保出来ればあれは優秀な構造だ」
突然聞こえてくる、なにやら激しく言い争っている声。その主はご主人様とシャハルラムで間違いはありません。
二人はいつもは中が良いのですが、時折意見の食い違いから激しい口論に発展することも少なくありません。両者共、豊富な知識を有しており私が傍で聞いている限りは、どちらの言うことも正しく聞こえる事ばかりで、正直どう二人の間に割って入ればよいのか分かりません。まあ、いつも私は常にご主人様の意見に賛同し、立場をわきまえないシャハルラムを叱咤する事で事態は収束するのですが。
不思議な事に、ご主人様は下の者から堂々と意見されても、腹を立てること無く静かに聞き、しばらく考えたあと反対意見を述べます。普通の管理者なら即座に罰を与える所ですが、ご主人様は奴隷に対しても耳を傾け、今まで何か罰を与えた事がありません。良く言えば温厚なのですが、そのせいでミントだけでなくシャハルラムまでも意見を口にするようになり、度々激しい口論を引き起こす原因となっているのですが。
議論の内容はその日ごとに違いますが、今日の内容はこの迷宮の事で間違いは無いでしょう。新しい迷宮を造るという忙しい時に、関係の無い話題で盛り上がるとはとても考えれませんから。きっと謎の多いご主人様の迷宮の構造に疑問を抱いたシャハルラムが意見しているのでしょう。丁度良い機会ですね。私もこの迷宮について、ご主人様にいくつか聞いておきたい事がありましたから。
「リリ様も何か言ってやってください。ご主人様はなかなか聡明な方だとは思っておりましたが、今ひとつ頑固で」
私を見つけると即座に議論に加えようとするシャハルラム。正直なところ増長した彼の言動には、ひっかかるものがあります。私のご主人様に欠点などあるはずもないのに。しいて言えば不可解な行動が多いというぐらいなもので。
「リリ、いいところに。シャハルラムときたら、数百年生きているくせに今ひとつ思慮の浅いというか何というか。まったく、柔軟な発想が出来ないところが老人の欠点だ」
呆れた様子のご主人様も負けじと仰られます。
「一体今日はどのような事で言い争っておられるのですか?」
「ご主人様は双胴船が有効などとのたまっておられるのですぞ。あんなもの未開地域の原住民が扱うもので」
私の想像に反して、迷宮とまったく関係の無い議題で盛り上がっているらしい二人。まったく、迷宮の入口はすでに開けてあるというのに。
「たしかに、あの手の船は野蛮な者が木や革を繋いで作っているという認識でしたが、ご主人様の考えでは違うのでしょうか?」
迷宮の話をして欲しいところですが、私としては使い魔の身分でありながらご主人様に意見を申し上げるわけにはいきません。ここはとりあえずこの議題を早く終わらせる事が得策ですね。一応、ご主人様やシャハルラムの知識が迷宮に役立つかもしれませんから、少しは話を聞いておこうと思いますが。もっとも、船の話が迷宮に役立つかどうかはわかりませんが。
「あれは高い安定性と船速と積載量を備えた構造だ。安定性が高いゆえに欠点もあるが、浅い場所でも外洋でも扱える優秀な船体なんだよ」
「いいえ、その認識は間違っていますな。速度を増す為に細長く作り、帆の数を増やすのが最良の手ですぞ。積載量と安定性は船体の巨大化で解決出来ます。双胴船では巨大化は難しいとご自分でも仰っておられたではないですか。なによりも、私の考えたもののほうが見た目が素晴らしい」
専門的な言葉を喋る二人。迷宮と関係ないところで無駄な知識を披露されても、私は困るのですが。
「確かにシャハルラムの言っているような船はこっちの世界でも広く使われ、帆船といえばそれを思い浮かべる程の認知度を得ている。でも双胴船にしても研究が進まなかっただけで有効なんだ。船形を細長くするのと同じように、水に浸かっている部分を細長くして横に並べているだけなんだし。こっちはそれで高い安定性と積載量も確保出来る」
「リリ様、他にもご主人様は鉄で船を造ればいい等と言いだす始末なのですぞ。鉄など沈むに決まっています。水に浮く木で作るからこそ、船は浮かんでいるというのに。ご主人様に何か言ってやってくだされ」
「私からも意見を申し上げさせて頂きます。くだらない話をする暇があったら迷宮の事を考えてください。シャハルラムも意見する権利を頂いているのですから、少しは考えたらどうですか。今、我々に何が必要なのかを」
我慢できなくなってしまい、つい声を張り上げる私。大体、私に船の話なんかされても興味も何もありませんから。わざわざ海に来たのは遊ぶ為ではないのですよ。
「め、迷宮の事も考えてはおりますぞ。最初は海洋種族の話だったのですが、いつのまにやら」
「そうそう。迷宮の事を考え過ぎて思わぬ方向に話が行ってしまったというか。なあ、シャハルラム」
「まったくその通りで」
とたんに弱気になり、口裏を合わせようとする二人。良くも悪くも二人は似ているのかもしれません。思えば男性とは理論的な話ばっかりで、感情的な会話には弱いのでしたね。
感覚や印象での話が混ざると、急に興味をなくしてしまうと言うか何というか。でも、これで心おきなくこちらの話を聞いてくれそうです。前はご主人様は私にずっと話しかけてくれていたのに、仲間が増えるとこれですから。まるで迷宮への興味も無くしてしまったかのように。
「私は、使い魔として侵入者の対処をしなければなりません。ご主人様、この迷宮の説明はして頂けないのですか?それとも、私はもう不要なのでしょうか」
訴えるように語りかける私。多少の意見も許されているのですから、こういった手段も許されるでしょう。
また以前のように私に信頼を寄せ、二人で迷宮を築きあげていかなければなりません。シャハルラム達は、あくまで一戦力ですから。これからは、ご主人様も含めたこの迷宮の住人に私の地位を示していきたいところです。
「リリがいなければ、今のような状況にはなっていなかった。少し思いあがっていたかもしれないな。これからも私の一番の仲間として助けてくれ」
私の手を両手で包むようにして訴えかけるご主人様。どうやら私の作戦はうまくいったようです。
迷宮の説明をすべく、オーブの置かれている部屋へと歩く私とご主人様。複雑そうな表情を浮かべてその場に立ち尽くすシャハルラムの姿が妙に印象に残るのでした。




