二十一日目(後編)
なだらかな丘の上に立ち、そこから海を見下ろす私。海の状態は穏やかですが、強い風が吹いており、崖上に立つ私の顔を撫でています。身体に風が吹きつける度に潮の香りが私の鼻をくすぐります。また、おもむろに自分の髪を触ってみると、潮風の影響なのか不快なべたつきを感じます。私は一刻も早く綺麗な水で洗い流したい気持ちに駆られますが、無いものを欲しがっていても仕方ありません。ご主人様が早く迷宮と浴室を作ってくださるよう、魔神に祈りながら立地条件の確認に移るのでした。
三日月に似た形状の湾があり、その中央には大きな港町が存在しており、そこから少し離れた場所には小さな漁港も見えます。漁港からは小さな道が港町へと繋がっており、そこからは大きな道が内陸部へと続いているようです。漁港とは異なり、あまり活発的な船の動きの見られない港町。
両港には建物にも違いが見られ、わらぶきの屋根等、簡素な造りをした家屋の建ち並ぶ漁港に対して、レンガを積んで造られた大きな建物の建ち並ぶ港町。港町のほうは規模もさることながら、経済的にも豊かそうな印象をうけますね。これなら元いた迷宮よりも遥かに大量の侵入者が見込めそうです。
しばらく眺めていたところ、絶えず小さな船が行き来している漁港とは対照的に、一隻の三本マストの大きな船が数隻の手漕ぎ船に曳かれながら出港していくだけの港町。両港が離れて存在している理由は、お互いの港を行き来する船舶の進路を妨げないように考えられているのでしょう。活発な船や馬車の動きが見られないのも、大きな港町が物資の中継や集積を担う役割をもっているからだと考えられます。
「ハブ港ってところか。立地的にも悪くは無いんじゃないかな?内陸へ続く道はいくつか町を経て、大都市に繋がっているはずだ」
同じように湾を眺めておられたご主人様も、私と同じ考えのようです。この世界の常識に疎いご主人様ですが、お金の流れには敏感です。
「おそらくそうでしょう。あの港町は人間種族が治めているはずですが、付近の獣人の村や町と繋がっているはずです」
「あれ?南側は獣人の支配圏じゃないの?」
「両種族は特に対立しているわけではありませんから」
「なんで支配している種族がわかるの?」
「街の外観と帆のみで走る船の存在です。獣人は手漕ぎの船しか扱いませんから」
考え込んでおられるご主人様。何か迷宮を造るにあたって不都合があるのでしょうか?私からすればある程度活気があり、付近に他の管理者が存在していなければ十分だと思うのですが。
やがて、決心された様子のご主人様は、ゆっくりとうなずきおもむろに天を仰ぐのでした。まるでこれからの新たなる門出を神に祈るかのように。
「オーブを地面に置いて手をかざせばいいんだっけ」
ゆっくりとした動作で、両手で抱えるようにして掴んでいたオーブを地面へと下ろすご主人様。
オーブが眩い光を放つと共に周囲を包むように光のカーテンが現れ、私たちを外界と隔絶するのでした。光のカーテンがなびくように揺れ、私以外の人が驚き、顔を見合せます。そしてご主人様が私たちの中心で輝くオーブに手をかざすと、光のカーテンごと地面へと沈みこむのでした。
足元から徐々にカーテンが黒く染まっていき、地面に対して目線が下がっていく様子に驚きを隠せない双子。彼女らは無敵の結界魔法を持っているくせに臆病なのですね。いつも冷静なご主人様も、不安そうな表情で私を見つめます。意外なところで、シャハルラムだけはまったく動じていないようです。先ほど倒した蟹の爪先を口に咥えているのでした。
やがて我々の周囲が完全に黒く染まると、オーブは光を放つのを止め、漆黒の闇に包まれる私たち。わずかな時間が経過するとともに、再び発光するオーブ。今度は先ほどとはうって変わって穏やかな光を放っており、それはまるで所有者であるご主人様へと語りかけているようです。
「そういえば、こっちの世界に来たばっかりのときはこんな感じだったかな」
落ち着きを取り戻された様子のご主人様は、慣れた手つきでオーブを操作するのでした。
真っ暗闇の中、突然見慣れた迷宮の居住区の一室が浮かび上がります。赤い絨毯がひかれ全体的に白を基調とした豪華な内装の部屋で、その中央には大きなテーブルが置かれており、その中心に位置する場所にはオーブが鎮座しているのでした。
「一瞬でこんな部屋が出来るなんて不思議ですね」
双子は戸惑いながら言い、めずらしそうに壁を撫で回しています。
「オーブの持つ魔力を解析出来れば、建築方面に生かせそうです」
「うら若い女性が建築に興味があるとは」
態度を急変させ輝く目つきで室内を見回す双子に対するシャハルラム。そして彼の疑問に即座に答える双子でした。
「お父さんが大工を営んでおり、いつも大変そうだったので」
「父親の手助けがしたいと。なかなかの孝行娘じゃな」
双子に感心するシャハルラム。彼も不死者に堕ちても人の心は捨ててはいないようです。
複雑な表情を浮かべ、双子を見るご主人様。あまり感情移入してはいけませんよ。お互い様なのですから。管理者たる者、彼女らに対して殺さずに置いてやった。ぐらいの心でいなければこれからやっていけませんよ。
「じゃあその父親も迷宮に捕えたら仲良く暮らせるんじゃない」
などと、私の心の中に声が響きます。ミントが言いそうな、心ない言葉です。いけませんね、そのような発言は明らかに場違いです。だいたい、大工なんか捕えても何の役にも立たないでしょうし。せいぜい、奴隷として売りさばくぐらいの……。
私が彼らとは全く異なる心を持った存在であることを再認識し、苦悩している中、ご主人様の満足そうな声が響くのでした。
「二階層までだけど、完成だ。環境の違いを見たいからとりあえずはこの迷宮でいこう」
「まったく認知されていない迷宮ですから、いきなり大勢の侵入者が訪れる事はないでしょう。初めて迷宮をお造りになった時とは異なり、防衛戦力も整える事が出来ますし」
「最初からそれなりに強い魔物を配置出来るのは楽でいいね。ザコーンも配置しておいた。今回は毒の属性を選んでみた」
ご主人様はご自分の新しい迷宮に大層な自信があるようです。
ザコーンとは、たしか迷宮内に配置しておくことで特定の属性を強化する効果を持ったオブジェクトでしたね。海洋生物の中には、陸上の生物とは比べ物にならない程強力な毒を持つものも少なくありません。元いた迷宮では恐怖の属性を選んでおられましたが、あまり大きな効果は感じられませんでした。
ですが、今回は違うでしょう。元々の魔物の持つ毒が強力なものになる為、少しばかりの属性の強化であっても違いが出てくるかもしれません。ただ注意しなければならない点があり、それは属性は迷宮全体に効果を及ぼす為、侵入者が用いた毒も強化されてしまうということですが。
「毒のザコーンもずいぶん奇抜な飾りですな」
モニターを眺めながら言うシャハルラム。
毒属性のザコーンは、菌糸状の柱のような見た目をしているのでした。紫や緑や赤といった色が複雑に混ざり合ったような見た目をしており、見るからに危険そうな様子が伺えます。こういった派手な色合いをした生物は大抵が毒を持っている為、それを模した見た目になっているのでしょう。毒だと冒険者に教えているような気もしますが、これでいいのでしょうか。
「ミントに預けてあるパーウクも移動させたいけど、これは明日でもいいか」
私が迷宮を確認しようとしているとご主人様が仰られます。
どうやらこの崖上に建てられた新しい迷宮は、変わった構造をしているようです。崖上に位置する入口から一階層へと続く他、崖下の波打ち際にも入口が設けられており、そこからはいきなり二階層へと続いているようでした。外の地形を巧みに利用し、複数の入口を設ける事で陸上のみならず、海からの侵入も可能にしたこの迷宮は、内部の構造も特殊なものになっています。
まずは、だだっ広い草原のみが存在する一階層。特徴的なのは第二階層からです。二階層は大まかに二通りの経路が時折交差しながらも存在しているようです。一方は通常の迷宮のように多少湿ってはいますが比較的水とかかわりのない通路となっていますが、もう一方はほぼ完全に水没した通路になっているのでした。どちらの入口から侵入しても水の無い道と水没した道を通ることは可能となっているようです。おそらくこういった形状にした理由は、陸上だけでなく海洋種族の侵入を誘う為でしょう。
海洋種族には、身体が乾いてしまうと生きていられない者も存在します。連中は陸上でまったく活動出来ないわけではありませんが、それらに対する配慮から水没した通路を設けているのでしょう。そしてこの迷宮は陸と海、どちらか一方に対してではなく、両方を対象とした造りにする事で以前の迷宮の欠点であった侵入者の訪れやすさを解消を図った迷宮といえます。
内部の罠や配置された魔物を確認すべく、迷宮へと足を運ぼうとする私に声がかかります。
「今日はゆっくりしよう。迷宮の入口は開けない予定だし」
わざとらしく疲れた表情を見せるご主人様。さっきまで元気そうな様子だったと思う私ですが、モニターに映る時計を確認し、納得するのでした。
モニターにはご主人様がただならぬ執着を見せる時刻、1700が表示されているのでした。




