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二十二日目(中編)

 ご主人様に促されるままモニターの前へと座る私。目の前のテーブルには迷宮の全容を映し出したモニター、その隣には絶えず淡い光を放つオーブが置かれているのでした。


 改めて室内を見渡した私は、このオーブの置かれている部屋が以前の迷宮のものと寸分違わずに造られている事に驚きます。それはモニターの並びから室内の内装に至るまでであり、元いた迷宮に戻ってきたのではないかと錯覚するほどのものでした。


「いつものだけど、どうぞ」

ご主人様によって、私の目の前にカップが置かれると共に、紅茶の匂いが漂ってきます。


「すみません」

ご主人様の手を煩わせて心底申し訳ない気持ちになりながらも、言い知れぬ優越感を感じつつカップへと手を伸ばす私。


 紅茶に口をつけながら、以前迷宮管理センターにて同僚の既婚の使い魔から聞いた話を思い出します。たしか、自分の価値を再認識させたら夫はすぐに優しくなるとか。でも、それは一時的なものであり定期的に認識させておかなければ、またつけあがるとか。あの頃は、私に対する自慢話としか思っていませんでしたが、黙って聞いておいて損はなかったようですね。


「ありがとうございます」

笑顔で言う私の表情を見て、緊張した面持ちの綻ぶご主人様。


「ところで、居住区内の間取りが以前のものと変わらない事には何か理由があるのですか?」

「迷わなくていいかなと思って。慣れた間取りのほうが楽だし」

突然の私の質問にご主人様は答え、そしてあわてて付け加えるのでした。

「リリが気に入らなかったら造りかえるよ」


 ご主人様の慌てる様子を見て、またも申し訳ない気持ちになる私。正直、そこまで気を使わせるつもりはなかったのです。どう接すれば良いのか考えましょうか。元々、性格のお優しいご主人様ですが、そういえば既婚者でしたね。きっと、元いた世界でもこのようなやり取りを経験されているのでしょう。そのような答えを導き出した私の頭は、加えてご主人様への同情も抱くのでした。


 モニターへと迷宮の一階層の様子を映し出し確認する私。そこには驚くべきことに、一切の障害物も置かれていない草原が広がっているのでした。足首が隠れるか否かといった背丈の草が青々と生い茂り、そこには優雅に草を食む牛や馬の姿が見えます。牧歌的な印象を与えるのどかな放牧地といったところでしょうか。侵入者と捕える為に造られた迷宮、とはとても思えない光景が広がっています。


 迷宮の入口から遥か彼方ですが、まっすぐ肉眼で確認できる位置に置かれた第二階層へと続く階段。位置的にはそうですが、下り階段の為近づいてみなければ分かり辛いのがせめてもの救いといったところでしょうか。せめて岩で隠す等して欲しいところです。これではまるっきり素人の、ろくに考えも無く造られた迷宮のようです。


 不意に初めてご主人様と出会った時を思い出す私。あの時は私には分りようもない仕掛けが隠されていましたが、今回に限ってはそのような事は無いでしょう。なんせただ広いだけでなんの変哲も無い草原ですから。このような地形では落とし穴ぐらいしか罠も設置出来ないでしょう。ですが家畜の姿が確認できますから、そのような罠が仕掛けられているとは考えにくいです。まさか、家畜を育てるだけの第一階層なのでしょうか。


 注意深く草原を観察していると所々、刈り取った牧草を人間の背丈程の高さに積み上げて作られたものが点在しています。それらは見る限りでは等間隔に置かれており、積まれた牧草は茶色く乾燥しているのでした。その一つ一つは高さも無く、バリケードどころか魔物を潜ませる目的でも無いようにみえます。


 乾燥させて積まれた牧草の傍には、馬の扱いに長けた人型の魔物が農具を持って牧草を刈っている姿が見てとれます。これは草原地帯に生息する種類の魔物で、家畜の世話をさせるにはこれ以上ないほどの有用性を見せる魔物です。逆に言えば、大した戦力にもならず少ない魔力で呼び出せる弱いものですが。


 これはきっと、ご主人様は他の魔物と連携を取らせるおつもりなのでしょう。たとえば強力な牛頭人のミノタウロスや下半身が馬のケンタウロスといった魔物の世話をする為であれば納得出来ます。他にも草食の強力な魔物はいたはずですし。鎧のような皮膚をした六本足のサイの魔物とか群れで暮らすものであれば、侵入者にとって脅威となるでしょう。それらの強力な魔物の為に世話役の魔物を用意すると、なかなか良い考えといえます。


 ご主人様の以前の戦い方を思い出し、期待を抱きながら草原を眺める私。ですが、いくら探せどそこにはミノタウロス等の魔物の姿は見えません。代わりに見つけたものといえば、白と黒のまだら模様が可愛らしい牛だけです。その牛は私の気持ちなどまったく知る由もないのか、粗相をしながら呑気に啼いているのでした。そういえば最初に見つけた牛は、茶色い色一色でした。なるほど、ご主人様は二種類の、肉牛だけでなく乳牛も育てられておられるのですね。私は、半ば諦める気持ちでモニターから目を離すのでした。


「一階層の魔物は一種類だけしかおりませんが」

「思ったよりも、オーブの初期の魔力が少なくて」

俯きながら頭を掻くご主人様。


 その照れている仕草もなかなか可愛いものですがもう少し何とかならなかったのでしょうか?内装や居住区に魔力を使っている場合ではないような気がします。まさか牛や馬が食べたいだけなのでしょうか。


「魔力が増えれば、一階層にも魔物を増やす予定だよ」

一転して自信に満ちた表情をするご主人様。その魔力も冒険者を退けなければどうにもならないのですが。


 まあ、迷宮は第二階層もありますし、双子やシャハルラムもいます。双子の実力は言うまでもありませんし彼女らの魔法であれば、このような草原だとより効果を発揮するでしょう。正直あの二人とこのような広い場所で相対すれば、私でも攻略法が見出せません。シャハルラムにしても、単体の戦闘能力のみならず、不死系の魔物を召喚することが出来ましたね。いつぞやの巨大な骨のゴーレムを呼び出させれば、並みの冒険者パーティーでは太刀打ちできないでしょう。ひょっとしたら、ご主人様は彼女ら頼みなのかもしれません。


「今回は海から直接二階層にも入れるようにしてあるし、二階層は力を入れてるよ。早く人魚ってのを見てみたいしね」

「そういえば、海洋種族の事ですがおそらく鮫人種との戦いが主なものとなるでしょう」

変な期待をされているご主人様へと説明を行う私。


 海洋には陸上にはあまり存在しないような大型の魔物が存在しています。ですが、迷宮に侵入してくるものは間違って紛れ込んだ小型の魔物か知能を持った人型の種族に限られるでしょう。人型の種族は、蛸や巻貝のような頭を持った軟体の者、魚の頭をした者、下半身が魚になっている者といった生物がいます。変わったものでは、亀に似た種族等もいましたね。


 そのような多種多様な海洋種族ではありますが、彼らの住む世界も陸上とあまり変わらず、常に食物連鎖の頂点に立っているのは一種族だけなのです。陸上よりも遥かに広大な領地を持つ海洋でもそれは変わらないようですね。長らく陸上ではご主人様のような人間種が幅をきかせているように、海洋では鮫人種がその頂点に君臨しています。


 鋭い牙を持った魚の胴体から人に似た手足が生えた容姿の鮫人種です。彼らは身体が乾いてしまうと生きていられない為に、陸上でその姿を見る事は稀ですが非常に獰猛であり知能も高いとされています。連中は単体でも強力なうえ、集団でも行動をする為に海洋では無敵の存在と恐れられているのでした。


 強力な顎の力に加えて武器を巧みに扱い、更には従えた他種族に作らせた防具を纏って戦うその姿から、多くの魔族の研究者は「もし彼らが陸上の行動に制約がなければ、この世界は彼らの物になっていただろう」と口を揃えるほどです。そうでなくても、今でも個体数から考えても鮫人種が遥かに人間よりも多いでしょう。ただ、海の中の事なのであまり陸上では知れ渡ってはいませんが。


 彼らがそれだけの勢力を治めている理由は、他にもあります。多種多様の海洋種族ですが、鮫人種とひとえに言っても、その種類は数百種類はいるらしいからです。更に、体色の異なるものから形状の異なるものなど、数多く存在していながら彼らは鮫として一人の王に従い、同族間で争うこと無く海洋を支配しているのです。また、一部の種類のものは川に生息しているようですが、そういった種類のものですら海の王に従っているほどですから、その権力は絶大なものなのでしょう。


「魔力を蓄えてから、直接海と入口を繋げたほうが良かったかも知れません」

「どうしよう。大きく作り直す程の魔力はもう無いし」

「大丈夫ですよ。いきなり出来たばかりの迷宮が彼らに発見される事は稀ですよ。大抵の場合は陸に近い場所は僻地ですから。そういった場所は力の弱い種族が追いやられる場所と相場が決まってますから」

ご主人様を励ます私。


 こうやって二人で力を合わせて迷宮を管理していけば、きっとうまくいくはずです。これまでやってこれたのですから。それに、ご主人様には私には無い知識もあります。私はご主人様の知らない、この世界の知識をお伝えすれば、我々に敵はいないでしょう。二階層にもきっと私の知らない仕掛けが数多く存在しているのでしょうし。


 更に迷宮について質問をしようと考えていると、侵入者を知らせる警報がモニターから鳴り響くのでした。

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