二十日目(中編)
迷宮内の光を浴びて白金に輝く全身鎧の一団は、後方に控えるローブを纏った者達を守るように囲み、密林を歩いています。木々の間を警戒しつつ進む彼らは、鎧の関節部分から擦れ合う音を響かせているのでした。
私は監視室から飛び出し、自室にて眠りについているミントの元へと向かいます。いつの間にか作り替えられていた彼女の寝室は、以前屋敷に住まわれていたご主人様のお部屋と変わらないぐらい、豪華なものに変えられています。
ミントの部屋の扉を開けた私の目に飛び込んでくるものは、中央に置かれている天蓋付きの大きなベッドでした。光沢を放つ白いカーテンが床まで垂れ下がっており、そこに寝ているであろう彼女の姿は直接は確認出来ません。室内に灯された暗めの照明によって、ベッド上に横たわる姿がカーテンに映し出されている事から、無人ではないようですが。
「大変です。人間の一団が侵入して来ました」
私は声を張り上げるのでした。
「一大事ですよ。早く監視室に来てください」
返答が無かった為、しばらく待ってから再びベッドへと声をかけます。
「わかりました。すぐいきますわ」
億劫な様子で小さな返事がかえってきます。ミントは完全に寝入っていたのでしょう。彼女が監視室を出てそれほど時間が経っていないにもかかわらず、この様子です。彼女はきっと寝付きが良いのでしょう。
私は念のため、エミリヤにも声をかけて監視室へと戻るのでした。彼女は使い魔ではありませんが、高い知能を誇るダークエルフですから、多少は役に立ってくれるでしょう。最悪の場合、彼女の召喚魔法によって魔物を水増しして、迷宮を守る必要がありそうです。
密林にて、木々の合間から虎縞模様の二足歩行の魔物が飛び出してきます。獣人とは違い、獣の姿を色濃く残した風貌をした魔物は、鋭い爪の付いた両手を振りかざしつつ、金属鎧の一団へと躍りかかるのでした。大型の虎に無理やり二足歩行をさせているような姿をした魔物。人間に非常に近い存在である獣人と比べて、その魔物は真逆の位置にあるといえるでしょう。歩行形態を除くと見た目は完全に獣のそれです。
巨体から繰り出される爪の一撃は、一人の男の持つ金属盾によって防がれます。そして爪が振り下ろされるや否や、盾を持った男を除き、鎧姿の人間は虎男を一斉に取り囲み、各々が手にした武器によって反撃を開始するのでした。
体中を切りつけられ、両手を振り回して応戦する虎男。ですが、その爪は鎧の人間達に届く事はありませんでした。金属鎧の集団は槍を用いて、敵の反撃を受けないように距離を取って攻撃を行っています。前方への進路を大盾によって遮られ、周囲は鋭い槍の穂先によって囲まれています。下手に動くと、自らの体に槍が刺さるという状況に、身動きの取れない虎男。
獣の魔物を有効利用する為に知能を与え、獣本来の身体能力は損なわないようにと、造られた虎男ですが、下手に知能を与えた為に意外な弱点を持ってしまったのでした。このような状況では、本来の知能の低いままの獣であれば、なりふり構わずに戦うでしょう。ですが、あの虎男は状況を理解してしまっているのでした。敵の武器による被害をある程度理解する知能を持っている為、思い切った行動が取れないのです。昆虫型の魔物とは異なり、この手の魔物は痛い思いをするのを嫌がりますから。
これは相手が熟練の人間の為、そういった状況に追い込まれているのでしょう。経験豊富な冒険者は、魔物の特性を理解して、戦術に組み込んできます。おそらくこれがただの獣であれば、一斉に槍で突いて組み敷いているところでしょう。
そして、一呼吸おいて一斉に放たれる魔法。槍の形状をした炎が、鎧を着た人間達の合間を縫うようにして、虎男へと向かうのでした。
「慣れた戦い方ですね」
慌てて来たのか乱れている襟を正しながらエミリヤが言います。
「数も多いし、魔物の特性を良く理解しています。きっと経験豊富なんですね」
「悠長に構えているようですが、いざとなったら貴方にも戦って貰いますからね」
私は他人事のように見ているエミリヤに、言うのでした。
「騎士団が出てくるのが意外と早かったですわね。いらない魔物を全部、街に向かわせたかいがありましたわ」
呼びに行って随分経つにもかかわらず、寝巻き姿のままのミントが言うのでした。
「そんなことをしたら迷宮を封鎖しに来るに決まってるじゃないですか。どうしてそんな」
「数も多いですよ。大丈夫なのでしょうか?」
「私が迷宮を任されたからには、大量の魔力を使って、大きく稼ぎますわ。どうせ今まで侵入者不足に悩んでいたのでしょう?」
自信ありげなミント。態度だけはご主人様に似てきています。戦い方は全く逆のようですが。
「こんなに大量の冒険者が訪れる事なんて、初めてなんじゃないですか?」
「今のところ、50人以上いますね」
「倒せば、大きく稼げるから問題ありませんわ。ちょっと予想してたより数が多いですけど」
ミントはオーブを操作して、密林の魔物に移動の指示をだすのでした。
人間の一団は、パーティをいくつか分けて迷宮を進んでいるようです。一箇所に固まっていては、罠等によって一網打尽にされてしまいますから。彼らも、ここが敵の領域であることは理解しているようです。必然的に先に進んでいる人間ほど被害が大きくなってしまいますが、それは覚悟の上なのでしょう。
命令を受けた魔物は、密林内に留まっている冒険者目掛けて移動を始めるのでした。残念ながら命令を出すのが遅かったため、既に人間の2パーティーは密林の出口付近のワープポイントへとたどり着いています。彼らは、鎧にこれといった汚れが見当たりませんから、おそらく魔物に遭遇することなく密林を進む事が出来たのでしょう。
「この戦いが終わったら、迷宮を移動させようかしら。もうこの地では大規模な戦闘は期待出来ませんわね」
椅子にふんぞり返った姿勢で座るミントが言います。私は移動先が人間の街の牢屋で無いことを祈るしかありません。
第二階層へと移動した人間の一行。彼らは2つのパーティーを組み合わせる形態で迷宮を進んでいるようです。迷宮管理センターの情報では、通常は1パーティーの限度は6人までとされています。狭い通路であってもその人数ならお互いの欠点を補う形で戦闘が行えるという考えの元、人間はそのような編成を取ることが多いのですが、今回は違うようです。
彼らは常に最良の策を考えて行動する生き物ですから、情報の誤りについては仕方のない事です。おそらく迷宮の規模から最適な人数を考えて、その都度編成を変える作戦を取っているのでしょう。基本的に迷宮は通路や各部屋の大きさは、全階層を通じて同じ大きさにされている事が多いですから。
もちろんこれにも理由があります。同じ通路や部屋の大きさにしておくことで、下層の魔物を上層に移動させたりすることが出来ますから。所謂、ボスといった位置づけの魔物はこのような使い方は出来ませんが、それ以外の魔物であれば階層を変えたりして戦闘を有利に進めたり、繁殖を行い易くすることが出来ますから。また、一旦撤退した冒険者が再度迷宮を訪れた際に意表をつくことも出来ます。
ご主人様のように階層ごとに専用の魔物を用意する必要が無く、汎用性の高い魔物の運用が出来る事が強みだったのですが、もう対策されてしまっているようです。迷宮の大きさに合わせて、最大限の人員でパーティーを作るつもりなのでしょう。
第二階層にて、侵入者達を待ち構える大量の人型の魔物達。人間よりひと回り程大きく筋肉質な体をした魔物です。手には簡素な石斧を持っており、防具といえるものは動物の毛皮を腰に巻いているだけという、見るからに粗暴な雰囲気を持つ、知性の欠片も無い魔物達です。
「数の多さは良いのですが、もっとまともな魔物はいなかったのですか?」
「二階はあいつらしか置いてませんわ」
見るからに蛮族といった出で立ちの魔物に相対する、綺麗な装備に身を包み統率された人間達。よくある対照的な図案ですが、歴史を紐解いてみても蛮族が勝ったためしはありません。せめて少しでも人間の数を減らしてくれれば良いのですが。
一斉に雄叫びを挙げ、石斧を振り回しながら襲いかかる魔物達。対する人間は、重装備の者が一列に並び蛮族を迎え撃とうと構えているのでした。次第に両陣営の距離が縮まり、激しい金属音を立てながら両者はぶつかります。
重厚な金属盾に石斧を振り下ろす蛮族、前衛の隙間から槍で突く人間。更に人間の後方からは、弧を描く軌道で矢や魔法が蛮族に降り注ぐのでした。雄叫びとも悲鳴ともつかない声を上げて倒れる蛮族達。直接戦闘を行っていない蛮族も、矢をうけて全身を赤く染めていきます。
戦場となった二階層は夥しい数の蛮族の死体で埋め尽くされていきます。対する人間はというと、傷を負った者には即座に後方から癒しの光が降りかかり、戦線を維持しているようです。人間側に一人の死傷者も出させる事なく、用意された数を三分の二に減らす蛮族。このような光景を見せられては、私も天を仰がずにはいられません。
一方的な虐殺がしばらく続き蛮族の数が残り僅かとなった時、奇跡は起こるのでした。優勢だった人間側からの矢や魔法の数がみるからに減り、威勢良く蛮族を迎撃していた前衛達はその場に膝を付きます。猛り狂う蛮族は勢いの衰えを感じさせず、戦意を失った人間に容赦無く石斧を振り下ろすのでした。
人間達は逃げることも出来ずに次々と蛮族の手にかかって数を減らしていきます。ようやくご主人様の罠が効果を発揮してきたといったところでしょうか。多大な犠牲を払ってこの戦果は、正直期待はずれですが。
人間達がすべて駆逐された時、再びありえない光景が広がります。攻撃を受けて死んだと思われていた蛮族が、次々と立ち上がるのでした。そして立ち上がった蛮族は、おもむろに毛皮の腰巻に手をつっこみ、回復薬を取り出します。
回復薬によって致命傷と思われる傷がみるみるふさがっていく蛮族。完全な勝利を収めた彼らは、お互いを褒め称えるかのように満足げに雄叫びを上げるのでした。いつまでも。
「どうなっているんですか?あいつらも不死者なんですか?」
「連中には、危なくなったら死んだふりをするように言ってありますわ。頑丈さだけが取り柄の魔物だし、仲間に踏まれたところでどうって事ないでしょうし。あいつらの知能だと、その程度の命令ぐらいしか理解できませんけどね」
「ご主人様の罠が効かないみたいですけど、どうして?」
「あんな小さななりだけど、連中はれっきとした巨人族ですわ。昔人間達に山岳部に追いやられて体を適応させていった巨人族の末裔。あの手の魔物は腕力と耐久力だけが自慢だと考えられているけど、回復力もなかなかのものですわ。魔法使いよりも回復薬の効果も高いのよ」
誇らしげに語るミント。流石、似たような存在です。蛮族の特徴を知り尽くしているようです。
「ご主人様のお造りになった空気の罠について、私はまったくわからないけど、似たような環境で暮らしている魔物なら適応出来るはずですわ。たとえ適応できなくて全滅しても、他の部屋に待機させている連中を向かわせれば良いだけよ」
「そういえばあの巨人族は、二階層の置かれている場所の近くに生息している魔物でしたね」
ミントの言葉に納得するエミリヤ。こちらに来てまだ日の浅い私にはわかりませんが、人間界の住人にとっては常識だったのかもしれません。
「ですが連中は凶暴な性格をしていて、とても命令を聞くような魔物ではないはずですが」
「それについては問題ありませんわ。連中の掟に従い、殴って言う事を聞かせればいいだけですわ。連中は一番強い存在に従うだけの単純な思考だから、その長を殴り倒せば言う事を聞くようになるの」
エミリヤの疑問にもっともらしく答えるミント。なんとも蛮族らしい方法です。
「他にも下の階層には、雪原に生息している魔物を配置してますし、守りは磐石ですわ」
どうやらご主人様の造った仕掛けを理解できないミントは、似たような環境に住む魔物を配置することで罠を使いこなす事を考えたようです。良くも悪くも、直情的な思考の彼女らしい考えでした。




