十九日目(後編)
早速移動用に、迷宮管理センターから二頭曳きの中型馬車を購入する私。ご主人様は今日にでも出発されるおつもりのようです。馬車を使えば道中比較的快適に、多くの荷物を運ぶ事が出来ます。馬で移動する場合と比べて、馬車内で休む事が出来るので長い旅も苦にはならないでしょう。
実際の所は馬にそれぞれが乗って移動したほうが速いのですが、ご主人様は馬に乗ることが出来ない為馬車を使うより他ありません。目的地付近に知り合いの管理者がいれば、その迷宮にワープして大幅に距離を縮める事が出来るのですが、そんなうまい話はありませんでした。
南方にも幾つか魔族の迷宮はありますが、知らない相手に借りを作って後で何か要求されるのは避けたほうが良いでしょう。それにたまには、ゆっくりと馬車での旅というのも面白いかもしれません。双子に御者兼露払いを押し付けて私は室内で羽根を伸ばす予定です。
「必要な荷物はここに揃えてあるので、馬車に積み込むように」
私は奴隷達に命じるのでした。とりあえずオーブを安置する場所さえ決まればワープで奴隷達や荷物を運ぶ事が出来るので、馬車に乗せる荷物は最低限の物で構わないでしょう。
新しい迷宮に連れて行く者の選定ですが、ミランダは迷宮の引継ぎとミントの補佐の役目があります。双子はその能力の高さから護衛に最適と言えます。迷宮防衛での切り札としても使えるでしょう。悩みのタネとなるのは、エミリヤとシャハルラムでした。
どちらも召喚魔法を扱えるので、両方の迷宮に1人ずつは欲しい人材です。召喚魔法で迷宮内の魔物を水増し出来るのは大きな利点ですから。能力的にはどちらでも構いませんが、予想ではエミリヤを連れて行くと思っていました。彼女のあの容姿はご主人様も気に入っておられるようですから。
ですが意外な事に、ご主人様はシャハルラムを選ぶのでした。美しい容姿と豊満な身体を持ち、温厚な性格の若いダークエルフよりも、不死者と成り下がった男性の老人を傍に置く事を選択されたのです。理由は定かではありませんが、おそらく何か考えあっての事なのでしょう。
奴隷達が荷物を積み終えると馬車を迷宮の外に出し、これから出発という時にご主人様は魔物を数体つれて現れるのでした。
「5体の黒豹を馬車の周囲を守らせ、ハーピーとグリフォン3体ずつに索敵と空からの迎撃をさせよう」
そう仰れて馬車に乗り込まれるご主人様。今回はオーブもありますから慎重に行動されるようです。
「御者は交代で行いなさい。空からの目がありますが、油断はしないように。特に妹のほうは何時でも結界を使えるようにしておきなさい」
魔物を連れての移動は目立ちそうですが、飛びながら索敵を行うのであれば奇襲を受ける心配は無いでしょう。先にこちらが見つけてしまえば、何とでもできますから。
私達の旅立ちを手を振って見送るミント達。何か困った事があれば、ミランダとエミリヤがすぐにこちらに連絡してくる手筈となっていますから、問題は無いでしょう。それにたとえ彼女らが殲滅させられたとしても、ご主人様とこちらのオーブさえ無事なら、いくらでも再出発は出来ますし。
澄み切った空に風を受けて揺れる草、私達は草原地帯を進み南を目指します。前方には緑色の草で覆われた大地が地平線へと続いており、しばらくはこの景色が続くでしょう。魔物を連れていなくとも、村等に立ち寄る予定はありませんでしたので、食料や水は豊富に積まれています。もっともオーブ以外に運ぶ必要のあるものといえば、その二つだけなのですが。
「ご主人様、順調に進んでいるようです」
「今日は天気も良くて助かったよ。ところで例の吸血鬼は?」
ご主人様はそう仰られますが、今日雨が振っていたら出発はしなかったでしょう。
「準備が整ったら彼女らも出発すると思います。これで彼女らが独自にオーブを手に入れてくれれば、四つの迷宮を支配する事になりますね」
吸血鬼にもオーブを手に入れるように言ってあるのでした。
彼女としても、眷属の数が十分に揃わなければ人間の集落を落とすことは出来ないでしょう。オーブと集落どちらが先に手に入るかは分かりませんが、安全の確保の為には欠かせないものです。
「それにしても今回はずいぶんと慎重ですが、何か心配事でもおありでしょうか?」
「前商業都市に行った時は思わなかったけど、改めてシャハルラムや双子の強さを見たら怖くなって。それに馬車の車輪とかが壊れても、黒豹かグリフォンを使って移動出来るかと思って」
護衛の為以外にも、非常時に移動用として魔物を使う予定のようでした。
「背中に乗るのが難しかったら咥えて走って貰えれば、馬よりも速そうだ」
「その後、適当な村でも襲えば代わりの馬車も物資も手に入りますね。ついでに村人を奴隷として連れて行けば金銭的にも得です」
中々いい考えかもしれません。魔物に空と陸から襲わせれば、簡単に制圧できるでしょう。魔物を使えばご主人様自身が危険を犯さずに戦えます。
「流石にそこまでは考えなかったけど」
苦笑されるご主人様。馬車の中で寝転んでいたシャハルラムも突然起き上がり、その意見に賛同するのでした。
「南方には獣人達の国がありますからな。連中は遊牧を行っている者が多く、連中を襲えば労働力も食料も豊富に手に入りますぞ。個人的には猫人種がお勧めですな」
「集落を襲うのは最後の手段だ。魅力的な案だけど、迷宮を確保してからにしたい」
ご主人様は流石は迷宮の管理者と言えるでしょう。守りを重視されるのは私としても助かります。地上で争うよりも、迷宮の中にいるほうが遥かに安全ですから。
「ところで、南の海にも変わった連中はいるの?ヤドカリ人間とか」
ご主人様の住んでおられた世界では、人間以外に文明を持った生物はいなかったようですから、興味がおありのようです。
「人魚に魚人に蛸人間といった連中になりますが、殆どが海の中で暮らしています」
「人魚もいいですな。魚の部分が鮮やかな赤い色をしており、人間の部分も魅力的ですぞ」
随分と楽しそうなシャハルラムですが、彼は自分が奴隷だという事を忘れてしまったのでしょうか。
「何故、目立ちそうな赤い色をしているのか不思議です。文明的な生活をしているとはいえ、海の中にも危険はありそうなものですが」
兼ねてからの疑問を私は口にするのでした。
「多分、そいつらは結構深い所で生活してるんだろう。ある程度海に潜ったら、赤い色は目立たなくなるからね」
当然のように答えるご主人様。何故そんな事を知っているのかいつも疑問に思います。じつは、ご主人様も水生生物だったりするのでしょうか?
「そういえば人魚達は水中では普通の魚のような色をしておりましたな。ワシでも流石に水中では機動力が違いすぎて、捕える事は出来ませんでしたが」
懐かしむように言うシャハルラム。彼は命ある存在ではありませんから、呼吸の出来ない水中でも活動は可能なのでしょう。
「とりあえず、海に住む連中も対象にした迷宮を造って捕えてみよう。元の世界に帰る方法を知っているかもしれない。少なくとも地上の連中からはそれらしいことは聞けなかったからね」
今回海側に迷宮を作ることを承諾されたのにも、目的があったのですね。確かに、海に住む生物の中でも人魚は優れた魔法の素質を持っています。しかも容易に人間達が手を出せない海中で暮らしていますから、変わった効果を持つアイテムが手付かずのままあるかもしれません。
馬車の中でそれぞれが自由に過ごしていると、やがて日が傾き緑一色だった草原はその色を黄色に変えていきます。夜間の移動は危険ですから、ここらで泊まる必要があります。馬にも休息は必要でしょう。
夜間は空からの警戒は行えませんが、黒豹がいる為それほど不安はありません。あの手の魔物は音に対して敏感で夜目もききますから、周囲においておけば効果的でしょう。草原地帯では狼等の猛獣が群れで襲ってくる危険があると聞きますが、黒豹がいるのであればその心配は無いでしょう。いくら数に勝っているとはいえ、自分よりも大きな肉食獣を餌にしようとは考えないはずです。
窮屈な馬車の中で眠る事に慣れていないご主人様と私は不満でしたが、他の人間達はそうは思っていないようです。流石は元冒険者といったところでしょうか。私は時折聞こえて来る狼の遠吠えに不安を抱きながらも眠りにつくのでした。




