十八日目(中編)
食堂にてご主人様と私はラミアを迎えます。いつも食事の際に利用していたテーブルで向かい合って座る私達。彼女は以前とは所々変わっている屋敷の内装に戸惑いを見せながらも、懐かしさを覚えているようです。もちろんこれは私の勝手な予想ですが。
「しばらく顔を見てなかったから寂しかったよ。調子はどうかな?」
普段通りの温厚そうな口調で話すご主人様。付き合いの長い私は分かりますが、きっと内面では色々な考えを巡らせている事でしょう。
「私も旦那様の事はいつも考えておりました。こちらの迷宮についてはまったく問題ありません」
幸せそうに答えるラミアですが、残念ながらご主人様は大変な失敗をしてしまったようです。本題に入らずに迷宮の事を聞くべきでは無かったのです。悪気があって喋っている訳では無いのでしょうが、これからは延々と彼女と龍族とのノロケ話が続く事になります。
ちなみにミランダは冒険者の侵入の有無を監視しており、ラミアの連れてきた龍族は屋敷の外に待機しているのでした。龍族達は屋敷に背を向ける形で、門の場所に並んでいます。おそらくいつ敵が来ても良いように門番の代わりをしているつもりなのでしょう。見た目からは想像出来ませんが、中々賢い上に忠誠心も高そうな魔物ですね。
こんな時でも人員を割いてまで迷宮の入り口を開けておく事には意味があります。迷宮の存続には魔力が欠かせません。罠等の施設の維持に非生物型の魔物の餌として魔力が最低限必要になります。そして魔物を呼び出す場合は更に魔力を使います。
魔力を得る為にはなるべく迷宮の入り口を開けておき、冒険者を呼び込む必要があるのでした。このことについてご主人様は、商売繁盛の秘訣は休業をしない事だと仰っておられましたが、まったくその通りといえるでしょう。立地的に頻繁な冒険者の来訪に期待出来ないこの迷宮は、今のところ入り口を開けておく事で対応しているのでした。
もっとも今まで魔力的に赤字になったことはありませんし、魔力の蓄えが十分にあるうえ奴隷も確保していますから、慌てる必要も無いのです。ですがご主人様はこの状況をあまり良く思われていないようでした。私としては、常に十分な魔力を蓄えておく事で不測の事態にも柔軟に対応出来ると思っているのですが。
ご主人様は、現時点で使うあても無い魔力をわざわざ貯めていた所で、あまり価値は無いと仰られます。もちろんこれは不測の事態を考慮せずに言っているわけではないでしょう。現時点において使う予定の無い物は、存在しない物と変わらないとも仰っていました。
いまいちご主人様の意図が掴めませんが、貯めておくよりも消費しておいたほうが有意義という考えを持っておられるようです。浪費でない分、消費しただけの何かを得られて、それを利用出来るからでしょう。ここにきて、ご主人様と私の間には何か微妙な溝のようなものが出来てきたような気がします。我々の関係に影響を及ぼすようなものではありませんが、私としては少し複雑な気分です。
ひょっとしたらこれが、男女間の意見の相違なのでしょうか?今まで以上に私達の距離が縮まった為にこのような事態を招いたのであれば、これも悪い事では無いのかもしれません。こんな事を考えているうちにも、ご主人様とラミアの話は進んでいくのでした。
「申し訳ありませんが、例のオーブについてはもう少しお時間を頂きたく」
「焦る必要は無いよ。ゆっくりとやってもらって構わない。そうそう、新しい魔物を使って絹を作ったんだ」
「ああ、例の蜘蛛の魔物ですね」
ラミアの迷宮のオーブはご主人様の物ですから、扱える魔物等の情報は共有されています。彼女はオーブ開発について忙しい中でも、新しく使える魔物が増えた事を確認しているのでしょう。
「旦那様、差し出がましいとは思いますが、社会性がある上に知能を持たせた虫系の魔物は扱いが面倒だと聞きます。ご注意ください」
「問題は無いよ。個体数の増加についてはいつも注意しているし、能力自体も大したことも無い。それよりも絹の素材を持たせよう、服とかに利用してはどうかな」
大分前にノートに落書きしておられた服の絵を見せるご主人様。
「これは、今まで見たことの無い服装ですね。機能性よりも見た目を重視されておられるようで、とても素晴らしいと思います」
ノートを食い入るように見つめるラミア。この世界に存在しない服の情報は彼女の興味を引き付けるには十分に効果があるようです。言うまでもなく私もとても興味があります。
「冒険をするわけでないから、機能の必要性は皆無と言っていいだろう。迷宮内で過ごすのだし、見た目重視の服を作っていきたいところだ。手作業なのが嫌だけど」
また変わったことを仰るご主人様。手作業以外に一体どのような選択肢が存在するのでしょうか?
「服装の種類もそうですが、描かれている髪形にも様々な趣向が見え隠れします。これは大変貴重な情報です」
天井を眺めうっとりとした表情を浮かべるラミア。おそらく新しい服を身にまとい、髪型を変えた自分の姿を想像しているのでしょう。ですが話がどんどん余計な方向に向かっているように感じているのは私だけでしょうか?
「ところで、あの魔物達はどのような意図があって連れてきたのですか?新しい使い魔が警戒していた為、はやくその不安を取り除いてあげたいのですが」
これ以上話していても、無駄に時間が過ぎると感じた私は、つい堪えきれずに聞いてしまうのでした。
「是非、旦那様に使って頂こうと思いまして。あの魔物は能力自体もそれなりに高いのですが、付近の魔物に指示を与える事が出来ます。いつもの魔物達の指揮官としてあの魔物を加える事でより優位に戦闘を行う事が出来るでしょう」
「細かな命令も実行できるのかな?」
「勿論です。複雑な命令の場合は訓練が必要ですが、少なくとも人間種に匹敵する知能はあります」
得意げになるラミア。ここでの人間種というのは、とても大雑把な意味合いで人間そのものを指しているのではなく、人間界における人型の種族全般を指す言葉でした。
こと知能に関してはこの世界では人間が一番高いはずです。それに続きエルフやら獣人やらと様々な種族がいます。昔はエルフがもっとも知能が高いと言われておりましたが、それは魔法関連を考慮しての事であり、様々な戦術や魔法を用いない道具を生み出す知能を考慮すれば人間が一番でしょう。
そして人間と獣人にはかなりの知能の差があると私は考えています。知能と繁栄について差があるにも関わらずお互いに大きく争っていないのは、両者には圧倒的に身体能力に違いがある為、それでようやく現在の人間界の勢力関係を中立に保っているのでしょう。世界は今のところそれぞれの種族間に結束力は無く、特定の種族同士がなんとか友好関係を保っているといった感じに見えます。
ラミアの連れてきた魔物の知能を疑うわけではありませんが、ひとえに人間種と言ってもその能力に大きな違いがある為、実際に魔物を扱ってその能力を測る必要が出てきました。
「旦那様は豊富な知識を持っておられる為、我々以上にあの魔物を使いこなす事が出来ると思って連れてきました」
「確かに一般的な魔物にも戦術を持たす事が出来れば非常に強力な存在になるだろう」
ご主人様にも何か考えが浮かんだようです。
こうしてラミアの突然の来訪は終わりを告げるのでした。ご主人様とラミアはお互いに得るものがありとても満足している様子です。
「手土産持参ということはオーブはまだまだ時間がかかりそうだね」
帰って行くラミアの後ろ姿を見つめながら呟くご主人様。
ご主人様と私は、ラミアを見送った後監視室へと向かうのでした。それは龍族を使った戦い方に相応しい魔物を選ぶ為です。しばらく悩んだご主人様は様々な種類の魔物に目星をつけたようですが、もう夕刻ということもあり、何も呼び出さずに監視室を後にされます。
「リリ、後は色々な服の型紙を作ろうと思っている。適当な奴隷達を広間に集めてくれ」
いつも行動の読めないご主人様ですが、突然そのような事を仰るのでした。




