十八日目(前編)
早速、パーウクについての使用感を迷宮管理センターへと報告している私です。相手は魔物の為この場合は使役感といったほうがいいのかもしれません。もっとも迷宮での仕事は、魔物を物として考えていなければやっていけませんが。下手に感情を注いで失敗した管理者もいることですし。
以前聞いた話では、ご主人様の方針は末端の魔物は使い捨てだそうです。能力や知能や働きによって上下を決め、上に行くに従って大切に扱うと仰っておられました。我々使い魔に対しては多少の失敗も目を瞑って頂けるのでありがたい事です。世界には、何か気に入らない事があれば周りにあたるような管理者もおられるようなので、私達は良いご主人様に恵まれているのかもしれません。
報告内容については、これは報告というよりもクレームといったほうが正しい内容ですが。提示されていた能力と実際の能力の違い。今の所、問題はこれだけですね。魔物の存在意義は、迷宮の防衛なのでこれは重要な事です。糸を加工してのくだりは伏せておきましょう。この利用方法を他者に知られると、ご主人様にとって不利益になるかもしれませんから。
正直な所、この魔物の能力が改善されたとしてもこの迷宮に無償で反映されるかどうかは分かりません。あくまでパーウクは試供品の有償提供ですから。ご主人様もそれを見越しておられ「報告したところでメリットも無さそうだから、ほっとけば」等と仰ってました。
ですがここは正しく報告を行っておきましょう。他の管理者が被害にあわれたりしないように。細かい事ですが、こういった事の積み重ねが品質の改善に繋がるのだと私は思っています。報告についての返信に重要な内容が書かれているかもしれませんし。
「オーブを探しに行ったミント達は元気でやっているかな?」
ご主人様が監視室にやってこられました。そのすぐ後ろにはミランダがいます。
ミランダは迷宮にやってきてから殆どの時間をご主人様の傍で過ごしています。懐いているというよりは、商品をお勧めする機会を窺っているのでしょう。小柄で幼い容姿をしている為、うしろに付きまとわれてもご主人様も嫌な感じはしないでしょう。実際にご主人様がどう思われているのかは分かりませんが。
「会話用の端末で、呼びかけてみます」
私は小さな長方形の箱の形をした端末を口元へ近づけ、ミントへと呼びかけを行うのでした。こんな物で遠く離れた相手と会話が出来る等、疑心暗鬼に陥らずを得ません。そして何度か会話を試みてみましたが、いっこうに相手からの返事はありません。やがて現在の自分の姿を他人の視点で想像してしまい、自分の顔が赤くなっていく感じがするのでした。
俯いて床を見る私。ご主人様はどのように私を見ているのでしょうか。箱に何度も話しかけている愚かな使い魔だと思っているかもしれません。そんな事を考えていると、次第に言葉が出なくなってしまうのでした。
「応答が無いようだね」
残念そうに仰るご主人様。
非常に滑稽な状況に見えると思っていましたが、ご主人様は特に何も思われなかったのでしょうか。それとも私を気遣って、あえて何も言わないでいてくれるのでしょうか。どちらかは分かりませんが、一ついえることがあります。これからは、この端末の使用はミランダに行わせましょう。
「遠いと使えないのでしょうか?」
「いえ、そんな事はありません。たとえどれほど離れていようと、相手が地下深くにいようと、会話に問題は無いはずです」
私の言葉を遮るようにミランダが言うのでした。このアイテムに問題があるわけでは無さそうです。
「申し訳ありません。私の使用に問題があったのかもしれません」
「いえ。見たところ、使用方法に問題はありませんでした。おそらく、ミントさんのほうに問題があるのでしょう」
「なんにせよ、皆に何かなければいいんだけど」
ミント達の身を案じておられる、ご主人様。
同時に私の頭にもある不安がよぎるのでした。出発時にミントに使用方法の説明を行いましたが、彼女は上下逆さまに持っていました。見慣れないアイテムを渡されて仕方の無い事かもしれません。使い方を忘れたとかそういった事態に陥っている様子が容易に想像できます。なんにせよ、端末を壊したり無くしたりしないでいてくれれば良いのですが。
ちなみにご主人様の仰るように何かあったとは思えません。お供をしているエミリヤとシャハルラムは腕が立つ上に頭脳も明晰ですから。それに、ミント自身は頭脳においては心配はありますが強さは相当なものです。並みの迷宮なんか簡単に攻略してしまうでしょう。
魔王クラスの管理者が治めている迷宮であれば、攻略は難しいかもしれませんが、誤って使い魔の派遣されている迷宮に入ってしまう心配は無いはずです。同業者と争う事は禁じられていますし、ミントも迷宮の作りや配置されている魔物の種類で分かるでしょう。相手方から迷宮管理センターを通じて連絡もあるはずですし。
ちなみに使い魔が派遣されている迷宮と派遣されていない迷宮は見分ける事ができます。まず、迷宮の造りや魔物の配置が陳腐なものになっているはずです。野生の魔物であれば迷宮を住処にしか使わないはずですから、敵の侵入を阻むというよりも繁殖に適した造りにして、一種類の魔物しかいないからです。
ある程度知能を持った者がオーブを手に入れると、派遣された使い魔を受け入れるはずです。派遣を拒否する場合もありますが、その場合はやはり陳腐な迷宮になってしまうでしょう。ご主人様のように異なった世界の知識を持っていれば別かもしれませんが、何の知識も無いまま迷宮を造り成功を収められる存在は限られているはずです。
「申し訳ありません。出発時、私に説明不足な点があったかもしれません。ミントの不手際は私にも責任があります」
素直に謝っておきましょう。部下の失態は上司にも責任がありますから。
「いや、無事だったらそれでいいんだ。見知らぬ物を持たされて困惑していることもあるだろう」
ご主人様はミント達を大切に思っているようです。特に責任の所在については何も仰られないのでした。
「そうだ、パーウクの糸から色々な物を作らせたんだが意見を聞きたい」
ご主人様が様々な物を机に並べていくのでした。白い色の布地に縄に蜘蛛の巣に似た網等、まだ完成品とは思えない物ばかりですが艶やかで高級感のあるその品々には目を奪われます。一番に興味を引かれるのは何といっても、光沢のある滑らかな触り心地の絹でしょう。
「これで皆の服とかを作ってみようと思う。薄い生地だから寝巻きにでもしようかと思っているんだけど。」
長い反物を丸めた形状をした絹を手に取り仰るご主人様。
ご主人様が昔着ておられた異世界の材質によって作られた未知の服程ではありませんが、絹製品は高級品です。寝具に使うとさぞや良い夢が見れる事でしょう。居住区の内装や温泉といい、ご主人様は結構生活環境に気を使われるお方でしたね。
他にも大きな蜘蛛の巣にも興味がわいてきました。小指程の太さの縄によって作られた蜘蛛の巣で、その端には砂を詰めた袋が幾つも付いています。まるで漁に使う投網のようですが、長い縄が繋がっていない為にこれでは投げっぱなしになってしまいます。
「これは練習を必要とするが、冒険者に投げつけて使ってみようと思う」
「敵の自由を奪うのですね」
「抵抗を続けるのであれば、長い棒とかで叩いたり突いたりすればおとなしくなるだろう。捕獲を目的とした戦いでも役に立つはずだ」
武器と呼べるのかは分かりませんが、戦いに使う道具との事でした。
「ご主人様、龍族がやってきました」
突然慌てるミランダ。急いでモニターに目をやると、そこにはラミアの姿が映っていたのでした。
そういえばミランダはラミアを知らないのでしたね。そんな事よりも、異世界に行く事の出来るオーブがついに完成したのでしょうか。私は食い入るようにモニターを見つめます。ですがラミアは何も持っておらず、何故か彼女の後ろには見たことの無い龍族が多数控えているのでした。リザードマンに角と翼を付け、やや凶暴そうな顔つきをした龍族が20体程武器や鎧を身に着けて彼女の後ろで整然と並んでいます。
「大変です。龍族が襲って来ました」
ミランダが相変わらず慌てています。
確かにこの状況では驚くのも無理はありませんが、彼女に限ってそのような事はしないでしょう。ご主人様の迷宮があの程度の数で落とせるとは到底思えませんし。それに龍族を従えているラミア自身が普段着ていそうな服しか身に着けておらず、武器も持っていませんから。
「旦那様、お久しぶりです。ご報告に窺いました」
モニター越しに私と目の会うラミアの懐かしい声が聞こえてくるのでした。




